
インドネシア、日本への労働者派遣を22万人から60万人へ──外国人材の獲得競争は「選ばれる国」の勝負に
インドネシアの労働副大臣が7月、日本経済新聞のインタビューに応じ、日本への労働者派遣を現在の約22万人から60万人に増やす方針を明らかにしました。インドネシアは若者の雇用が不足し海外への労働者派遣を強化している一方、日本は外国人材への需要が高まる中、最大の送り出し国であるベトナムからの派遣が頭打ちになっています。インドネシア政府は2027年に始まる育成就労制度も見据え、来日前の日本語教育や職業訓練を強化する考えです。
私はこの構想を、ぜひ実現してほしいと考えています。送り出し国の構図を整理すると、日本の現在地がよく見えます。ベトナムは伸び悩み、本当に優秀な人材は日本以外の国にも向かい始めています。フィリピンは世界的な争奪戦の的です。英語ができる上に、政府が国民一人ひとりのスキル、つまり料理、介護、保育などの資格や技能をデータベース化して海外に紹介する仕組みまで整えており、米国、カナダ、中東と、世界中がフィリピン人材を求めています。ネパールからの来日も増えていますが、インドネシアは人口2億8000万人の大国でありながら、日本への派遣はまだ少ない。日本にとっても、インドネシアにとっても、今がちょうど「相思相愛」になれるタイミングなのです。
実務面の論点は二つあります。第一に、介護分野です。在留資格「介護」ではベトナムが最多ですが、特定技能の介護分野ではインドネシアがすでに首位です。ただし、その先の国家資格試験は日本語での受験となるため合格のハードルが高い。受け入れ機関が「実務は十分」と評価していても資格が壁になる構図は、制度設計の見直しに値します。第二に、生活面の受け入れ体制です。インドネシアはイスラム教徒が多数を占めますから、食事や礼拝への配慮は、企業・自治体の側が準備すべき課題です。人件費が上がった国からは人が来なくなる。これは各国が経験してきた法則です。日本が「選ばれる国」でいられる時間は無限ではありません。60万人構想を、受け入れ体制の整備とセットで前に進めるべきです。
三菱重工のガスタービン契約価格2割上昇、日立エナジーは米国に800億円の変圧器新工場──「電力=国力」時代の日本の得意技
三菱重工業は日本経済新聞のインタビューで、発電用ガスタービンの契約価格が前年同期比で約2割上昇していることを明らかにしました。電力需要が伸びる北米を中心に、天然ガスを燃やしてタービンを回すガスタービン・コンバインドサイクル(GTCC)発電の需要が拡大していることが背景で、同社は今期のフリーキャッシュフローの見通しを従来比2倍の6000億円の黒字に引き上げました。また日立製作所の子会社、日立エナジーは9月15日、米ミシシッピ州におよそ800億円を投じて電力用変圧器の新工場を建設すると発表しました。2029年に生産を開始し、既存工場と合わせて変圧器の生産能力を2倍以上に引き上げる計画です。
ガスタービンというのは、要するに飛行機のジェットエンジンと同じ原理の機械です。超高速で回転する翼を精密に削り出し、高温・高圧に耐えて壊れない。この技術は一朝一夕には確立できず、三菱重工とIHI(旧・石川島播磨重工業)を擁する日本は、世界的にも定評のある得意分野です。価格が2割上がっても注文が来るというのは、供給できるメーカーが世界に限られていることの証明です。
日立の変圧器も同じ構図です。変圧器は油式・ガス式ともに日立が伝統的に強く、世界的な勢力を持つ領域です。AIデータセンターの建設ラッシュで米国の電力需要が急増し、発電(ガスタービン)から送配電(変圧器)まで、電力インフラの機器が軒並み逼迫している。私が注目するのは、これらがいずれも「地味だが参入障壁の高い」日本の伝統技術だということです。半導体やAIそのものでは米中に後れを取った日本ですが、AI時代の土台である電力インフラでは、確固たる地位を持っています。「電力=国力」の時代に、この強みを長期契約と価格決定力に変えていく。日本の重電各社にとって、数十年に一度の追い風が吹いています。
ウェスチングハウスが上場へ、企業価値7.8兆円──東芝が手放した資産が突きつける教訓
ブルームバーグが9月18日に報じたところによると、米原子力大手ウェスチングハウス(WH)が早ければ10月にも上場を申請する見通しです。同社は2006年に東芝がおよそ54億ドルで買収しましたが、米国での原発建設事業で巨額の損失を抱え、2017年に経営破綻。東芝は2018年に持ち株をほぼ無価値で手放しました。その後、カナダの投資会社ブルックフィールド(51%)とウラン生産大手カメコ(49%)が2023年に約79億ドルで取得し再建。AIの普及に伴う電力需要の拡大で原子力発電が再評価され、IPOでの想定企業価値は500億ドル、およそ7兆8000億円超とされます。主幹事はシティグループとゴールドマン・サックスで、7月には米証券取引委員会への秘密申請を済ませています。
技術的な整理をしておくと、WHは加圧水型軽水炉(PWR)の「生みの親」です。PWRは原子力潜水艦にも使われてきた方式で、日本では三菱重工がWHの系譜を継いでPWRを手掛けてきました。一方の沸騰水型(BWR)はGEが本家で、日立と東芝が提携してきた方式です。いま注目されているのは、PWRを200〜300MW級に小型化し、複数基を束ねて100万kW級にしていく小型モジュール炉(SMR)の構想で、WHの技術は世界417基の原子炉の57%に採用されているとされます。福島第一の事故以降GEが原子力への関与を抑えてきた分、WHが「原子力復権の象徴」として脚光を浴びる構図です。
東芝にとって、これほど痛恨の物語はありません。買収後に傘下の建設会社の巨額損失が発覚し、経営陣の内部対立とガバナンス不全の中で対応が後手に回り、最後はほぼ無価値で手放した。その資産が8年後、7.8兆円の評価で上場しようとしています。ただし、変わったのはWHではなく環境です。東芝が手放した2010年代後半は、福島事故後の逆風で原子力の評価が最悪だった時期。AI革命による電力需要の爆発が、景色を一変させました。ここからの教訓は「安易に売るな」という単純な話ではなく、技術資産の価値は環境次第で桁が変わるからこそ、危機時にも中核技術を持ちこたえる財務とガバナンスが要る、ということです。キオクシアの成功と対をなす反面教師として、日本企業は胸に刻むべき事例です。そして、WH系のPWR技術をいまも国内で維持している三菱重工の存在価値は、この文脈で改めて高まっています。
日本製鉄、スロバキア・コシツェに電炉1600億円──USスチール買収が開いた「世界配置」の全体像
日本製鉄は9月16日、スロバキア東部のコシツェ製鉄所に電炉と酸素プラントを新設すると発表しました。投資額は計およそ1600億円。コシツェ製鉄所は買収した米USスチールの傘下にあった拠点で、従来の高炉に比べてCO2排出を大幅に抑えられる電炉を導入し、欧州で鉄鋼生産の脱炭素化を進めます。日本製鉄は米国内でもUSスチール傘下の電炉強化に大型投資を発表しており、日本、米国、ブラジル、インド・中東、そして欧州(スロバキア、英国、北欧)と、生産拠点の世界配置が出来上がりつつあります。
USスチール買収の価値は、米国市場だけではなかった。コシツェへの投資はそれを示しています。買収時にはあまり注目されませんでしたが、USスチールは欧州にこの大型拠点を持っていました。スロバキアは旧東欧圏の中でもチェコより東寄りに位置し、人件費と欧州市場へのアクセスのバランスが良い。ここに脱炭素対応の電炉を入れて1トンあたりのコスト競争力を確保できれば、環境規制の厳しい欧州市場でむしろ歓迎される存在になれます。
欧州の国別粗鋼生産能力を眺めて驚くのは、英国の小ささです。産業革命発祥の国の鉄鋼業は、競争力を失って撤退に次ぐ撤退を重ね、いまやスロバキア一国を下回る水準まで縮小しています。産業は、守る意思と投資を放棄すれば、発祥国からも消える。英国の鉄鋼業はその実例です。日本製鉄は逆に、円安と国内市場縮小の中で「世界で最適地に生産を配置し直す」道を選びました。高炉から電炉への転換という技術シフトと、地政学的な拠点配置を同時に進めるこの戦略は、日本の素材産業の生き残り方として、一つのモデルになると私は見ています。
三菱商事、フィリピン財閥アヤラに1200億円追加出資──「国民的能力」の高い国の潜在力を引き出せるか
三菱商事は9月21日、フィリピンの財閥大手アヤラ・コーポレーションにおよそ1200億円を追加出資すると発表しました。アヤラは不動産、銀行、通信、エネルギーなど幅広い事業を展開するフィリピン屈指の名門財閥で、三菱商事とは半世紀にわたる協力関係があります。出資比率を現在の4.7%から15%(議決権ベースでは20%)に引き上げて持分法適用会社とし、2026年度中の取引完了を見込みます。両社は合弁を通じてフィリピン最大の決済アプリ「GCash」の運営会社にも出資しており、人口増加と経済成長が続く同国で消費者向け事業の拡大を目指します。
フィリピンという国の資産を整理すると、人口は日本とほぼ同じ1億1200万人で、圧倒的に若い。英語人口が厚く、カトリックを中心とするキリスト教徒が9割を超えます。そして私が長年注目してきたのは「国民的能力」の高さです。東南アジアの企業会計を支える公認会計士は、実はフィリピン系が主流です。プログラミング人材も豊富で、セキュリティ分野で世界的に通用する技術者を輩出しています。最大の輸出品が「人」と言われるほど海外送金が経済を支えていますが、それは裏を返せば、国内に雇用の受け皿さえできれば大きく伸びる国だということです。
それなのに、対内直接投資ではタイ、インドネシア、ベトナムに大きく水をあけられてきました。ドゥテルテ政権期の強権的な麻薬取り締まりに象徴される政治の不安定さ、そしてガバナンス面の課題が、投資家を遠ざけてきたためです(なお対内直接投資では、今後インドネシアがタイを抜いていくと私は見ています)。アヤラ、サン・ミゲル、SMインベストメンツ、GTキャピタルといった財閥がさまざまな産業に食い込む構図は、明治期の日本の財閥とよく似ています。その筆頭格アヤラと組み、三菱商事のノウハウと世界のネットワークで国内産業の発展を後押しできれば、これは一企業の投資を超えて、フィリピンという国の潜在力を解き放つ仕事になります。伝統的にフィリピンに強かった丸紅など他商社の動きも含め、日本勢の関与拡大に期待したいところです。
韓国、発電公社5社を統合し「韓国発電」へ──仁川空港は世界首位に、国家インフラを動かす実行力
韓国政府は9月4日、韓国電力公社傘下の発電公社5社を統合し、2027年10月に新会社「韓国発電」を発足させると発表しました。5社に分散している燃料調達や設備投資を一本化してコストを削減するほか、再生可能エネルギーへの投資を効率化し、将来の電気料金の上昇を抑える狙いで、年内に特別法を制定して統合作業を進めます。また国際空港評議会の統計によると、2026年上半期の国際線旅客数で韓国・仁川(インチョン)国際空港が2001年の開港以来初めて世界首位となりました。中東情勢で中東の主要ハブ空港の乗り継ぎ機能が低下し、仁川での乗り継ぎ客が前年同期比18.1%増加したことなどが要因です。
発電公社の統合を見て、率直に「韓国は大したものだ」と思いました。私は1995年から一貫して、日本の9電力に分散した原子力部門と高圧送電網の一元化を提案してきました。地域の配電は各電力会社のままでよい。しかし原子力は、人材確保の難しさと安全運営の観点から、また基幹送電網は国土全体の効率の観点から、一元化しなければ立ち行かない。この持論を30年言い続けてきましたが、日本では実現していません。韓国は原子力が発電の主力級に育ち、石炭を着実に減らしてきた国です。その発電体制を思い切って一本化する。再エネの弱さや水力がほぼないという課題はあるにせよ、国家インフラの構造改革を決断し実行する力は、素直に評価すべきです。
仁川空港の世界首位も、同じ「実行力」の物語です。開港から四半世紀、ソウル市内から遠いと不評だった空港を、韓国政府はカジノ、医療特区、長期滞在型サービスを備えた一つの街として育て続けました。仁川と済州島は韓国では例外的な特別区で、外国人医師の診療など規制緩和の実験場でもあります。ドバイの機能低下という追い風があったとはいえ、ヒースローやチャンギを抜いての首位は、ハブ戦略を国家として30年やり抜いた成果です。私はかねて、新千歳空港をアジア〜北米のハブに育てるべきだと言い続けてきましたが、日本との違いは構想の有無ではなく、実行の持続力です。インフラは10年、30年の複利で差がつく。韓国の二つのニュースは、それを日本に突きつけています。
習近平氏が国賓訪米、米中首脳会談──「台湾独立反対」をめぐる言葉の攻防を読み解く
トランプ米大統領は9月24日、国賓として訪米した中国の習近平国家主席とホワイトハウスで会談しました。両首脳は11月に期限を迎える貿易上の休戦措置を来年1月まで延長することで合意したほか、AIの適切な管理についても協議しました。台湾問題では、習氏が「米国側が台湾独立に反対するという正しい立場を堅持することを望む」と述べ、従来「独立を支持しない」としてきた米国に対し、より中国側に立った表現を求めました。これに先立つ9月22日には、高市首相がニューヨークでトランプ大統領とおよそ35分間会談し、米中首脳会談を念頭に中国をめぐる諸課題で日米が緊密に連携すること、AI・半導体・重要鉱物など経済安全保障分野での協力強化、北朝鮮の完全な非核化に向けた取り組みを確認しました。
台湾をめぐる言葉の攻防は、正確に整理する必要があります。米国は従来から「台湾独立を支持しない(not support)」という立場です。習氏が求めたのは、これを「独立に反対する(oppose)」に強めることですが、ここには巧妙な論点のすり替えがあります。本当の問題は「中国が武力で台湾を統一しようとしたとき、米国はどうするのか」であり、米国はその場合の台湾防衛関与という選択肢を放棄していません。習氏はその核心を問わず、独立反対の言質だけを取りに来た。会談後、在中国の米国大使が「米国の従来の立場に変更はない」とわざわざ補足したのは、この言葉のゲームの決着を示しています。
もう一つ注意すべきは、習氏の「80年前、米中は同盟国としてファシズムと戦った」という歴史の語り方です。第二次大戦で日本と戦い、米国と連合国を組んだ「中国」は中華民国は蒋介石の国民党であり、その系譜は現在の台湾にあります。中国共産党は当時、内陸に拠点を移していた側です。「われわれは共に戦った」と語るためには台湾の併合が歴史的に必要になる。ここに、統一への執着の一端があると私は見ています。この文脈で、中国が日本の高市政権を「新軍国主義」と呼び、対日批判を強めていることも軽視できません。香港方式での統一を望む習氏に対し、米国の制度的な立場は実は一貫しています。日本としては、首脳間の言葉の応酬に一喜一憂せず、歴史的事実の整理と、日米の制度的な合意の積み上げで対抗する。高市・トランプ会談で確認された経済安保協力は、その実務的な一歩として評価できます。
—この記事は2026年9月27日にBBTchで放映された大前研一ライブの内容を一部抜粋し編集しています。






