
セブン&アイ名誉顧問・鈴木敏文氏死去──「コンビニの父」が遺した功績と組織の課題
セブン&アイ・ホールディングス名誉顧問の鈴木敏文(すずき・としふみ)氏が5月18日、心不全のため死去しました。93歳。長野県出身、1956年に中央大学経済学部を卒業後、出版取次大手の東京出版販売(現トーハン)を経て、1963年にイトーヨーカ堂に入社しました。1973年、米サウスランド社からセブン-イレブンの運営ライセンスを取得し、ヨークセブン(現セブン-イレブン・ジャパン)を設立。1974年に東京・豊洲に国内コンビニ1号店を出店しました。1992年にイトーヨーカ堂の社長に就任、2005年にはセブン&アイ・ホールディングスを発足させ会長兼CEOに。2016年5月、後継人事案の否決を受けて会長兼CEOを退任し、名誉顧問に就いていました。
鈴木氏は、ある意味で経営の天才と言える方です。日経新聞などは追悼記事で彼の功績を全面的に取り上げていますが、私の評価はそれを100とすればおおむね90にとどめておきたい。残る10は、創業家の伊藤雅俊氏との関係にあります。セブン-イレブンの仕組みをアメリカから日本に導入したのは鈴木氏ですが、それを経営者として決断し、鈴木氏を後押ししたのは伊藤雅俊氏であり、伊藤氏の判断がなければ、今日のセブン-イレブンの成功はなかったでしょう。伊藤氏の信任の下、野村総研と組んで本部のシステムを構築し、棚割り・発注・物流のすべてを数値で管理する経営手法を確立し、おにぎりやおでんといった日本独自の商品開発も含めて、日本のコンビニ文化を作ったのは間違いなく鈴木氏です。「セブンを冷蔵庫代わりに使う」という独身者のライフスタイルまで生み出した。生活インフラとしての貢献は極めて大きい。
しかし、最後の数年で創業家との関係が決定的にこじれてしまった。鈴木氏が次男の鈴木康弘氏をオムニチャネル戦略の責任者に据えるなど要職に登用したことが「世襲」との見方を呼び、それに反発した伊藤家側との力学が、2016年の人事案否決と退任劇につながりました。私が残念に思うのは、もっと素晴らしい経営を続けられたはずの方が、創業家との折り合いの問題でその晩節を難しいものにしてしまったことです。なお、本社のあるセブン&アイ本社は弊社から目と鼻の先で、伊藤さんとも鈴木さんとも何度かお会いしてきました。だからこそ、両氏の対立とその後の混乱は本当に惜しまれます。ご冥福をお祈り申し上げますとともに、鈴木氏の貢献の大きさを改めて記録しておきたいと思います。
国家情報会議設置法成立──インテリジェンス強化への第一歩、課題は「情報規律」
高市政権の看板政策である国家情報会議設置法が5月27日に成立し、政府は7月にも新組織を発足させる見通しとなりました。各省庁が担う情報を一元的に集約し、安全保障や外交などに関する重要情報を首相官邸へ迅速に届ける機能を担うもので、首相を議長とする「国家情報会議」と、内閣情報調査室を格上げした「国家情報局」の2つを新設します。AI時代に対応するため技術系の専門人材の確保を進めるほか、将来的には海外で情報収集を行う「対外情報庁(仮称)」の設立や、機密漏えい行為の厳罰化、外国代理人登録法の制定も検討されています。
インテリジェンスはどこの国にもある仕組みで、ようやく日本もこういう時代になったという思いがあります。私自身もアメリカ留学中の論文が米海軍関連の仕事で、原子力潜水艦ノーチラス号の事故原因の研究に携わり、その際に機密区分(クリアランス)を取得した経験があります。各国はこのような情報取扱いの規律を当たり前のように体系化している。インテリジェンスは大きく5分野に分かれます。ヒューミント(HUMINT、人的情報)、シギント(SIGINT、信号情報)、イミント(IMINT、画像情報)、マシント(MASINT、計測・痕跡情報)、そしてオシント(OSINT、公開情報)です。今回の法律ではこれらの定義や運用ルールに踏み込んでおらず、これからの課題として残ります。
もう一つ気になるのは、日本の情報規律の弱さです。これでは「ファイブ・アイズ」(米英加豪NZの情報共有枠組み)に日本を加える話が進まないのも当然です。今回の組織も内閣府、各省庁を本当にまたいで動けるのか、運用次第です。さらに、ハニートラップ対策、内部の異常行動のモニタリングなど、合法と違法の境目をどう設計するかも欠かせません。仕組みを作っただけで満足せず、運用と文化、そして法律の隙間を埋める作業が「第2弾」「第3弾」として続いていく必要があります。
日比首脳会談──「包括的・戦略的パートナーシップ」格上げと武器輸出
高市首相は5月28日、国賓として来日したフィリピンのマルコス大統領と会談しました。両首脳は両国関係をフィリピンにとって初となる「包括的・戦略的パートナーシップ」に格上げすることで一致したほか、外務・防衛担当閣僚協議(2プラス2)の早期開催やアメリカを交えた3カ国連携の推進でも合意しました。安全保障分野では、秘密軍事情報保護協定(GSOMIA)の正式交渉開始や、「あぶくま」型護衛艦の移転に向けた防衛当局間協議の加速でも一致しました。実現すれば、日本として殺傷能力のある武器輸出の第1号案件となる可能性があります。
現在のマルコス大統領は、フィリピンの長期独裁で知られた故マルコス元大統領のご子息で、副大統領を務めてきたサラ・ドゥテルテ氏との関係が冷え込んでいると報じられています。父・マルコス元大統領の時代には公共事業をめぐる腐敗が深刻な問題となり、私自身も当時、関係する企業がフィリピンで公共工事に入札した際、別のグループから「イメルダ夫人にプラス25%渡してほしい」と要求された経験があります。腐敗の根深さは並大抵ではない。現大統領自身に同じ問題があるわけではありませんが、フィリピン政界の構造に根を張った「ギブミーマネー」の文化は、今も残っていると私は見ています。
中国に対するフィリピンの懸念は日本と共通しています。南シナ海で激しく対立するフィリピンとの安全保障連携を、高市政権が加速させたい狙いは理解できます。日本の防衛装備品の輸出ルールが先月撤廃されたタイミングと重なり、「お宅が最初のお客様」という形になります。ただ、フィリピンの政情はマルコス、ドゥテルテ両家の対立を含めて流動的で、政権交代があれば前政権の方針を否定する政治文化もある。武器を含む長期的な安全保障パートナーシップを築くにあたっては、相手国の政治構造を冷静に理解した上で、息の長い設計が必要です。フィリピンへの直接投資が他の東南アジア諸国(タイ、インドネシア、ベトナム、マレーシア)と比べて少ない理由には、こうした構造的な不透明さもあるという点を、忘れてはいけません。
オーストラリアのLNG国内流通義務化──「20%確保」は当然の国策
オーストラリア政府は5月25日、ガス国内流通制度の詳細を公表しました。国内のガス不足対策として、LNG輸出業者に対し輸出量の20%を国内市場に供給することを義務付けるものです。同国のエネルギー業界団体は「新規ガス開発への投資を損なう」と指摘し、日本を含むガス輸入国に懸念を抱かせるシグナルになると批判しました。
これは、国家の政策として当たり前のことだと私は考えています。国内向けに20%を確保し、残る80%を輸出に回す。嫌なら輸出パイプを閉めるしかない、というのが資源国の論理として通る話です。むしろ私が注目したいのは、日本のエネルギー調達先の多様化です。オーストラリアが最大の調達先で、マレーシア、米国、ロシア(サハリン2)、パプアニューギニア、ブルネイ、カタール、UAEへと分散しています。
原油についてはまだ中東依存度が高いものの、LNGに関しては日本はしっかりと分散調達に成功しました。だから今回オーストラリアが20%を国内向けに確保しても、日本にとっての影響は限定的です。20%を引いた残りでも調達は十分に成り立つ。むしろ、こうした義務化はオーストラリアの政治・社会の安定にも資する話で、長期的な供給国としての信頼性を高める効果すらあります。神経質になっている関係者もいますが、日本のLNG戦略はおおむね合格点と評価していい段階だと、私は見ています。
国勢調査と「スマートシュリンク」──人口減少を前提にした行政の統合
総務省が5月29日発表した2025年国勢調査の速報値によると、外国人を含む日本の総人口は昨年10月1日時点で1億2304万9524人で、前回調査に比べて309万6575人、2.5%減少しました。3回連続の人口減少で、増えたのは東京都と沖縄県のみ。これまで増加が続いていた横浜市、相模原市、京都市、岡山市などの政令指定都市も今回は減少に転じました。7月に開かれる全国知事会議では「人口減少下における賢い縮小戦略」をテーマに分科会が開かれる見通しで、人口が2070年に2020年比でおよそ3割減少するとの推計を踏まえ、行政運営の転換を模索します。高知県では県内15の消防本部を一つに統合し、通信指令や総務などの機能を集約する構想に着手しているといいます。
スマートシュリンク(賢い縮小)は当たり前の方向です。問題は、その当たり前のことが日本の地方ではなされていないことです。上下水道、ごみ収集、消防──こうしたインフラは本来、市町村単位で統合し、効率化・専門化を進めるべきです。東京都は早めにこれをやり、東京都水道局は巨大な組織になりました。一方、能登半島地震の後で明らかになったように、石川県では各市町村で水道事業を運営し、事業規模が小さく、復旧する力もありません。
なぜスマートシュリンクが進まないのか。理由は利権です。ごみ収集にしても水道にしても、地元の事業者と行政が結びつき、統合に強い抵抗が生まれる。農協、漁協、林業組合、商店街組合──組合という形態は、最後の一人が反対すれば前に進めない仕組みになっており、意思決定ができません。だからこそ、これからは法律の整備を通じて統廃合を促し、株式会社化なども含めて「51%で動ける」体制を作る必要があります。先週開催されたAoba-BBTのプレジデントセミナーでも医療がテーマになりましたが、国公立病院の7割が赤字で、それでも補填されてしまうから経営努力が働かない。地方自治体の中には、こうした構造的な無駄がまだあちこちに残されています。人口減少時代こそ、長年の利権構造に手を入れる絶好の機会です。
日本ペイントHDが世界2位アクゾノーベル買収提案──国際舞台で動ける経営の力
日本ペイントホールディングスと米塗料世界首位のシャーウィン・ウィリアムズが共同で、オランダの塗料大手アクゾノーベルに買収提案していたことが分かりました。提案価格は1株当たり現金73ユーロ、企業価値ベースで約124.9億ユーロ(約2兆3200億円)の規模です。アクゾノーベルの取締役会は5月27日、「企業価値を過小評価している」「米アクサルタとの合併計画を推奨する」として提案を拒否しました。提案では、日本ペイントがアクゾノーベルを買収し、装飾用塗料事業と工業用コーティング事業を保持する一方、自動車用・船舶用・粉体コーティング部門をシャーウィン・ウィリアムズに売却する内容でした。
日本ペイントHDは、シンガポール塗料大手ウットラム・グループ(華僑系、創業者の故ゴー・チェンリャン氏、現会長のゴー・ハップジン氏)が筆頭株主として支える体制を組んでおり、共同社長制を敷いてシンガポール出身のウィー・シューキム氏と若月雄一郎氏の2人体制で経営しています。ウィー氏は航空工学からスタンフォードMBAという経歴を持ち、M&Aを積極的に重ねてきました。同社はかつて関西ペイントと並ぶ国内二大グループの一角でしたが、グローバル化の徹底度で大きな差を付け、今や塗料の世界舞台で堂々と動ける数少ない日本発企業となっています。
今回の買収提案自体は拒否されました。ただ、それでも私が注目したいのは、日本ペイントHDが米シャーウィン・ウィリアムズと組んで世界2位級のアクゾノーベルに2兆円超で挑むという、その「国際舞台で勝負する経営」が機能している事実です。アクゾノーベルはすでにアクサルタとの統合に動いているため、今回は実現しなかったが、日本企業が共同提案者として世界最大手と並んで動ける──こうしたケースは多くありません。国際舞台で活躍できる経営者がトップにいれば、企業はどこまでも動ける。日本ペイントの事例は、日本企業のグローバル化のひとつの到達点を示しています。
三菱パジェロ復活と中国版「マイバッハ」マエストロS800──ドイツ高級車の牙城が揺らぐ
三菱自動車は5月29日、SUV「パジェロ」の新型車を年内に発売すると発表しました。2019年に国内向け生産を終了して以来およそ7年ぶりの復活で、往年のファンを中心とする復活希望に応える形です。通常のパジェロに加え、小型モデル2車種を追加してシリーズ化する方針も明らかにしました。一方、中国市場では、ファーウェイとJAC(江淮汽車)が共同開発した超高級セダン「マエストロS800(享界S800)」の販売台数が昨年末時点で4376台となり、中国の超高級車市場で首位となりました。BMW 7シリーズは1429台で2位、4月時点では5位に後退。背景には、中国の富裕層が伝統的なブランドよりも自動運転などの先進機能を重視する傾向があるとみられます。
私はパジェロを長年愛用してきた一人です。オーストラリアでは、ぬかるんだ沼地のような悪路でも、4WDのロックがかかれば、車輪一つでも噛んでさえいれば前に進んでくれる。ランドローバーが廃車として打ち捨てられているような場所でも、パジェロなら抜けられる。新車は当時5万豪ドル、10万キロ走った中古でも3万5000豪ドルで取引される。中古市場でこれだけ強い車種を、なぜ国内向け生産を辞めたのか、私には不思議でなりませんでした。三菱自動車の経営判断としては、パリ・ダカール・ラリーで何度も優勝した名車を国内で復活させるのは、ある意味で「ようやく当たり前のことが起こった」と言えます。
もう一方の中国・マエストロS800の躍進は、ドイツ高級車にとって構造的な脅威です。「中国版マイバッハ」と呼ばれるこのクルマは、メルセデス・ベンツやBMWが長年独占してきた超高級セグメントに直接食い込み、しかも自動運転やAIなどの先進機能で差別化しています。BMWはドイツ国内では伸びているが中国では激減、メルセデスも中国生産分が縮小傾向にある。中国で起こりつつあるこの「置き換え」は、いずれグローバルにも広がる可能性があります。BYDが日本で軽自動車セグメントに参入する話も含めて、自動車産業の地殻変動は加速しています。日本にとっても、対岸の火事では済みません。
ウクライナ戦争の局面転換とトマホーク日本納入遅延──米国の在庫不足が同盟国を直撃
ロシア外務省は5月25日、ウクライナの首都キーウに攻撃を実施するとして、外交官など外国人に対し市外に退避するよう警告しました。その後ロシア軍は100機を超えるドローンなどで攻撃を実施し、キーウ周辺で被害が発生しました。一方、米ヘグセス国防長官は小泉防衛大臣に対し、日本が取得予定の米国製巡航ミサイル「トマホーク」の納入が大幅に遅れる見通しを伝えました。対イラン軍事作戦で備蓄が著しく減少したためで、日本への納入は最大2年遅れる可能性があります。さらに米海軍のフェラン長官代行は5月21日、台湾への武器売却についても「対イラン軍事作戦に必要な弾薬を確保するため一時停止している」と語りました。
ウクライナ戦争は、明確に別のフェーズに入ってきたと私は見ています。ウクライナ側のドローン製造能力が急速に向上し、モスクワ近郊まで攻撃が届くようになった。これに対しロシアは、全面侵攻以来度々ミサイル攻撃も行ってきましたが、キーウ周辺にもドローン100機規模の攻撃を仕掛けている。ただし、ドローンの飛来は事前に把握できるため、住民が地下に退避することで人的被害は最小化されています。一方、ルガンスクやドネツクなどロシア実効支配地域ではウクライナ側の攻撃が深まり、ロシア軍は劣勢に立たされつつあるとの観測もあります。報道によればロシア側の累計死者は数十万人規模ともされており、戦況の重みは確実に変わってきています。
日本にとって深刻なのは、米国の武器供給能力の限界が同盟国に直接影響を及ぼしてきたことです。トマホークの納入遅延、台湾への武器売却の一時停止──いずれも「米国の在庫が足りない」が理由です。これは日本の防衛装備品の国産化を加速させる重要な契機です。米国の製造能力に依存しないライセンス生産・国産化を本格化させなければ、有事において米国頼みの体制は機能しません。ここを乗り越えなければ「同盟頼みの防衛」は成立しないと、私は考えています。米国が中国の圧力に屈する形で台湾への武器供給を遅らせるという展開になれば、米国の信頼性そのものが揺らぎます。安全保障の柱としての日米同盟をどこまで頼れるのか──この問いを正面から考える時期に来ています。
トランプ大統領の株式取引総額1200億円──現職大統領としては異例の利益相反懸念
米国政府倫理局が開示した資料によると、トランプ大統領に関連する信託口座の取引件数は過去3か月で3700件を超え、取引総額は最大およそ1200億円に上ることが分かりました。売買の中心は半導体やIT関連企業の株式ですが、大統領の政策が企業業績や株価に影響を及ぼす可能性があることから、利益相反への懸念が浮上しています。これと並行して、米司法省は5月18日、「政府による司法の武器化の被害者」を救済するためおよそ2800億円の基金を設立すると発表。バイデン前政権下などで不当な捜査・訴追を受けたと主張する人々の救済を目的としていますが、カリフォルニア州のニューサム知事は27日、同基金から給付金を受け取る場合には100%課税する方針を示しました。
本来、米国の大統領就任時には、自分の資産から一切距離を置き、第三者に供託(ブラインドトラスト)するのが慣例です。歴代大統領はみなそうしてきました。ところが現政権では、こうした原則が大きく後退しているとの指摘が出ています。3か月で1200億円規模の取引、しかも対象は半導体やIT関連という、大統領の政策が直接影響する分野です。これは利益相反の典型例として、米国議会や倫理局からも懸念が示されています。
政治と経済の境界が曖昧になることのコストは、米国だけの問題ではありません。半導体産業に対する政策、関税、輸出規制──こうした重要な経済政策が大統領の個人的・家族的利害と絡む可能性が指摘されれば、市場の信頼性そのものが損なわれます。同盟国の経営者にとっても、米国の政策判断が「国益」によるものか「私益」によるものかを見分けることが、戦略策定の前提条件になりつつある。これは健全な状態ではありません。米国の制度的信頼性を保つために、米国議会と司法、そしてメディアがどこまで踏み込めるか。同盟国の立場からも注視していく必要があると、私は考えています。
—この記事は2026年5月31日にBBTchで放映された大前研一ライブの内容を一部抜粋し編集しています。






