
熱海市長選で斉藤氏が6選──追い風の観光都市に残る「災害」と「空き家」という宿題
静岡県熱海市長選は9月6日に投票が行われ、現職の斉藤栄氏(63)が8845票を獲得し、新人候補を大差で破って6回目の当選を果たしました。警報級の大雨が予想されたため投票締め切りは2時間繰り上げられ、開票は翌7日に延期。投票率は33.86%と前回を10.47ポイント下回り、過去最低を更新しました。そしてその直後の9月10日には、長雨の影響とみられる斜面崩壊が市内で発生。幅約15メートル・高さ約7メートルにわたって崩れた土砂が民泊施設の敷地に流れ込み、けが人はなかったものの、周辺の住宅と事業所に避難指示が出されました。
斉藤市長は私の東工大の後輩にあたります。約20年前の就任以来、長く低迷していた熱海は「東京から新幹線で最短40分弱」という立地の強みを追い風に観光客が急回復し、今や混雑が悩みになるほどです。従来の温泉観光地から「温泉リゾート」へ、さらに「住まうまち」へという打ち出しが支持された形でしょう。ただ私は本人にも直言しているのですが、次の課題ははっきりしています。市内に大量に残るバブル期のリゾートマンションの空き部屋を、居住・ワーケーション・二拠点生活の受け皿として再生させることです。越後湯沢の回でお話しした通り、この種のストックは磨けば化けます。構想を語る人材が市役所に足りないなら、言うだけでなく我々の側も手を動かして支えるべきだと思っており、実は今回の放送も熱海のスタジオからお届けしました。当選祝いを兼ねて、観光協会や地元の神社、ホテル経営者の方々と「熱海を盛り上げる会」を続けています。
一方で、災害への備えは終わっていません。この1週間の熱海の雨量は尋常ではなく、今回の斜面崩壊は「この程度で済んでよかった」というのが率直な感想です。2021年の伊豆山土石流では、不適切な盛り土が起点となって28人もの方が亡くなり、私も友人を失いました。熱海の地形は火山性の急斜面に住宅が張り付く構造で、雨が続けば同種のリスクは常にあります。観光の追い風に乗る今こそ、斜面の総点検と危険地の住み替え誘導に税収を振り向ける。攻めの観光戦略と守りの防災投資を車の両輪にすることが、6期目の市政に私が最も期待することです。
日銀、31年ぶり水準への利上げ観測──日米の金利は「連立方程式」になった
日銀が今週の金融政策決定会合で追加利上げに踏み切り、政策金利が1995年4月以来およそ31年ぶりの高水準となるとの観測が強まっています。実現すれば6月の会合以来3カ月ぶりの利上げです。背景には食料品を中心とする根強いインフレと円安があります。一方、米国では10年債利回りが一時4.99%と約3年ぶりの5%に急接近しました。8月の消費者物価の高い伸びと中東情勢による原油高でインフレ警戒が強まり、FRBが追加利上げに動くとの観測から国債が売られています。
私はかねて、日銀は小刻みな利上げにとどまらず、もっと思い切って正常化を進めるべきだと考えています。多くの人が「利上げは家計に打撃」と反射的に考えますが、これは借金で消費する米国型の経済を前提にした教科書の発想です。日本は個人金融資産が2000兆円を超える世界有数の「貯蓄国」であり、金利が付けば家計の利子所得はまとめて増えます。住宅ローンへの配慮は必要ですが、マクロで見れば、日本は金利が上がった方が家計部門は潤う構造なのです。ここを誤解したまま「利上げ=悪」で思考停止していることが、正常化をここまで遅らせました。
そして今、日米の金利はもはや別々には動かせない「連立方程式」になっています。米金利が5%に向かえば、日本の長期金利も引きずられて上がる。すると国債を最も多く抱える日銀の含み損が膨らみ、政府の利払いも急増する。逆に日本が資金繰りに窮して保有する米国債を売れば、世界最大の米国債保有国だけに米市場が動揺する。ベッセント財務長官が最も恐れているのはこの連鎖だと私は見ています。だからこそ先の協調介入以来、日米は通貨・金利政策を事実上すり合わせながら進めている。大規模緩和の時代に積み上がったツケの後始末を、市場に驚きを与えずに進められるか。日本の金融政策は、単独の判断ではなく日米共同の綱渡りの局面に入ったと理解すべきです。
視聴者の方から、金利上昇は政府の利払い負担に最も表れるのではというご質問をいただきました。その通りです。その上で、万一財政が行き詰まった場合に何が起こるかも、思考実験として直視しておくべきでしょう。日本には前例があります。敗戦直後の1946年、政府は預金封鎖と新円切替を実施し、最高税率90%の財産税を課して国民の資産で戦時債務を処理しました。国債の9割近くを国内で保有する日本では、最後の帳尻は外国ではなく日本国民の資産で合わせられる。これが歴史の教訓です。平均的な日本人は相当の金融資産を残して亡くなるとされます。そこに至る前に、税制の作り直しを含め、秩序立った出口を設計するのが政治の仕事だと私は考えます。
中道改革連合が分裂へ──対立軸なき野党再編と、「ストック課税」という選択肢
中道改革連合は9月9日の常任幹事会で、党を当面存続させた上で、立憲民主党系と公明党系の議員がそれぞれ離党する方針を決めました。立憲系の20人は新党の結成を目指し、公明系の28人は月内にも公明党に復党する方向で、秋の臨時国会では新党・公明・中道の3党で衆議院の統一会派を組み、連携を続けるとしています。公明党の連立離脱後の政界流動化の中で生まれた合流の枠組みが、1年足らずで元の鞘に戻る形です。
率直に言って、今の野党には「何のために集まるのか」がありません。自民党と維新の連立が閣内で固まる中、残る各党をつなぐものは「自民党ではない」という一点だけで、これは政策ではありません。国民民主党も、各党に連携を呼びかけて旗を振るのではなく「政策が一致すれば来てください」と受け身の構えで、再編の核になれていない。離合集散を繰り返すだけでは、有権者の失望が深まるだけです。
では対立軸は何か。移民・難民への排外的な訴えのような軸は、私は日本の取るべき道ではないと考えます。本物の対立軸は税制にあります。私が30年近く前から提案してきたのは、所得や利益といった「フロー」への課税から、資産という「ストック」への課税に軸足を移すことです。日本は個人金融資産と不動産を合わせた国民のストックが世界有数に厚い国です。ここに広く薄く、例えば1%の資産課税を敷けば、法人税・所得税・相続税といったフロー課税は大幅に整理でき、働くこと・稼ぐことへの罰則的な税がなくなって経済は活性化します。消費税は10%のまま安定財源として残せばよい。ストックを持つ層には負担増ですが、持たない若い世代には圧倒的に有利な組み替えであり、世代間の公平という点でも筋が通ります。金利のある世界への移行で財政の持続性が問われる今こそ、この税制大転換を正面から掲げる政党が現れれば、それが本物の対立軸になる。私はそう確信しています。
島根原発3号機、審査が実質終了──福島後初の「新設稼働」と世界の原発地図
原子力規制委員会は9月10日、中国電力島根原発3号機について、新規制基準への適合性を確認する安全審査を実質的に終了しました。出力137万3000キロワットの改良型沸騰水型軽水炉(ABWR)で、今後正式に合格して稼働すれば、福島第一原発事故後、国内で初めて新たに営業運転を開始する原発となります。一方、米国ではミシガン州のパリセイズ原発で原子炉への核燃料装填が始まりました。2022年に採算難で廃炉作業に入った同原発を取得したホルテック・インターナショナルが方針を転換したもので、再稼働すれば廃炉に入った商用炉が復活する米国初の事例です。
島根3号機の意味は、単に1基増えること以上に大きいと私は見ています。BWR(沸騰水型)は福島第一と同系統の炉型であるがゆえに、事故後の再稼働はPWR(加圧水型)勢に大きく遅れてきました。その最新型ABWRが新設としての審査を通ったことは、柏崎刈羽を抱える東京電力や北陸電力など、BWR陣営全体にとっての転機になります。もっとも、世界を見渡せば日本の歩みの遅さは歴然です。建設中の原発は中国が39基と桁違いで、ロシア11基、インド8基と続きます。日本で建設中の大間(電源開発)と東通(東京電力)は事実上工事が止まったままです。米国はAIデータセンターの電力需要を背景に、運転開始から55年のパリセイズまで呼び戻す局面に入りましたが、私はこれには慎重です。40年を超える炉は米国に64基もあり、圧力容器以外の周辺設備がどこで音を上げるか分からない。古い炉の延命より、新しい炉を最新の安全思想で建てる方が筋が良い。島根3号機は、まさにその「筋の良い1基」です。
NVIDIAがハギングフェイスを約2兆円で買収──「AIの見本市」を手に入れた意味
米NVIDIAは9月3日、AIモデル共有サイトを運営する米新興ハギングフェイスを129億3000万ドル(約2兆円)で買収すると発表しました。ハギングフェイスは300万種以上のAIモデルやデータセットを開発者が公開・共有できる世界最大級のプラットフォームで、1300万人超の開発者が集う「AI版GitHub」とも呼ばれる存在。NVIDIAの買収案件として過去最大級で、フアンCEOはプラットフォームの開放性を維持しながら拡張すると明言しています。買収は2027年前半の完了見込みです。
先日「ファンド化するNVIDIA」の話をしましたが、今回はその次の一手です。GPUというハードの独占に加え、世界中のオープン型AIモデルが集まる「土場」そのものを押さえた。ここを握れば、どのモデルが伸びているかが誰よりも早く分かり、開発者はNVIDIAの環境に最適化されたモデルを使い続けることになります。チップ屋からAI提供企業への脱皮であり、資金の次はエコシステムの中核を買ったということです。
ユーザーの立場から、私は一つ注文があります。今やAIモデルは米国系・中国系を含めて群雄割拠で、評価調査ではアンソロピック勢が上位を占める一方、ディープシークのように安価で使いやすい中国系もある。そして得意分野はモデルごとに違います。私は最近、五島列島を訪ねた際に、あの海から唐に渡った最澄と空海のことをAIに尋ねました。4隻の遣唐使船のうち2隻が難破する中で海を渡り、彼らが唐で何をどう学び、どんな認可を得て、帰国後に日本仏教の礎を築いたのか。この種の日中交流史は、もしかすると中国の文献を深く読み込んだモデルの方が強いかもしれません。であれば、一つのモデルが答えに詰まった時に「この問いならこちらのモデルはどうですか」と橋渡ししてくれる仕組みがあってよい。世界中のモデルを一手に集めたプラットフォームの新しい主には、それくらいのサービスをぜひ期待したいと思います。
SHEIN、香港上場で時価総額4.2兆円──ピークの4分の1が映す「安さの限界」
中国発のネット通販大手SHEIN(シーイン)が9月1日、香港取引所に上場しました。初値は公開価格と同じ48.56香港ドルでしたが、株価は一時10%下落。時価総額は約4兆2000億円と、ピークだった2022年の企業評価額(約1000億ドル)に比べ4分の1程度に縮みました。米国で少額輸入品を免税してきた「デミニミス」制度が中国発の貨物について終了し、低価格を武器とするビジネスモデルへの懸念が強まったことが響いています。本社機能は米欧の圧力をかわす過程でシンガポールに移りましたが、生産の実態は広東省の縫製集積にあります。
SHEINの強さの本質は、私は「スピード」だと思っています。広州周辺の無数の小規模工場と需要データを直結し、小ロットで作って売れたら即増産、売れなければ打ち切る。デザインから店頭(画面)までのリードタイムを極限まで縮めたこの仕組みで、売上高は6兆円を超え、ファーストリテイリングをしのぐ規模に達しました。しかし利益率では、同じファストファッションでもZARAのインディテックス(時価総額約32兆円)やファーストリテイリング(約21兆円)に遠く及びません。加えて、サプライチェーンの労働環境を巡る指摘や製品安全の問題も繰り返し報じられてきました。「安くて速い」だけの評価額が、関税と規制の現実、そして収益の質を織り込んで4分の1に修正された。これが今回の上場の意味です。
興味深いのは、この業界の勝者たちの出自です。インディテックス創業者のアマンシオ・オルテガ氏はスペイン北西部ガリシアの地方都市から世界一のアパレル企業を作り、世界有数の資産家になりました。ファーストリテイリングの柳井正氏も山口県の商店街から出発した人で、私は昔、山口時代の柳井さんを訪ねたことがあります。田舎の一店舗から、無借金で世界に届く企業を作り上げた。SHEINの創業者・許仰天(クリス・シュー)氏も、評価額の乱高下はあれど、この系譜に連なる存在ではあります。4分の1になってもなお4兆円。日本のアパレルとECは、この巨人がコスト構造の逆風の中でどう変態するかを、油断なく見続けるべきです。
アルゼンチンのシェールガスをチリ経由で太平洋へ──日本のLNG調達に現れた新しい選択肢
アルゼンチンとチリの地方政府当局者が8月27日、アルゼンチン産の天然ガスなどをチリ経由で海外に輸出する構想について協議しました。世界有数のシェール資源を持つアルゼンチンのバカ・ムエルタ鉱区で生産した天然ガスや原油をアンデスを越えてチリ側に運び、ビオビオ州の港湾から太平洋経由でアジア市場へ輸出する構想です。アルゼンチンにはアジアへのアクセス改善、チリには港湾・LNGインフラの活用というメリットがあります。
私はこれを、日本にとって極めて重要なニュースだと考えています。理由は三つ。第一に地政学です。この後お話しするように、ホルムズ海峡に続いて紅海のバベルマンデブ海峡まで危うくなった今、中東に依存しないLNGの供給源とルートの価値は急騰しています。南米の太平洋岸から日本への航路には、紛争地帯が一つもありません。第二に相手国です。チリは歴史的に親日的な資源国であり、アルゼンチンもミレイ政権の下で経済の立て直しと開放を進めています。第三にタイミングです。バカ・ムエルタは開発の離陸期にあり、液化設備や港湾、パイプラインへの投資パートナーを今まさに探している。放っておけば、この座は中国企業が取りに来るでしょう。かつて日本はLNGの大半を特定地域に頼り、その後、豪州や米国など太平洋圏に調達を分散してきました。その分散網に「南米の太平洋岸」という新しい結節点を加えられるかどうか。商社とエネルギー各社には、構想段階の今こそ食い込んでほしいと思います。
フーシ派が紅海の喉元を制圧──ホルムズに続く「第二の関門」封鎖と、中東の地殻変動
イエメンの親イラン武装組織フーシ派が、紅海沿岸の要衝を相次いで押さえました。9月10日に暫定政府側の重要港湾都市モカを制圧し、11日には紅海とアデン湾を結ぶバベルマンデブ海峡の中央に位置する戦略上の要地マユン島(ペリム島)も占領。ホルムズ海峡が封鎖状態にある中、その迂回路とされてきた紅海ルートまで影響下に置いた形で、原油価格は再び上昇しています。並行して米国防総省は、イランとの衝突で200以上が損傷・破壊された中東の基地網について、従来通りの再建はせず、ヨルダンやサウジアラビアなどイランから距離のある地域へ分散させる検討に入ったと報じられました。
地図を見れば事態の深刻さは一目瞭然です。ペルシャ湾の出口(ホルムズ)と紅海の出口(バベルマンデブ)という、中東の原油とガスがアジア・欧州へ出ていく二つの関門の両方に、イランとその同盟勢力の手が掛かった。サウジアラビアは湾岸で積んだ原油を紅海側へ送るパイプラインを持っていますが、その出口の海まで危うくなれば、「では、どこから運ぶのか」という問いに答えがなくなります。米軍の基地分散は軍事的には合理的でも、地域の同盟国から見れば「米国は下がっていく」というシグナルにほかなりません。先に見たサウジ・トルコ・パキスタンの共同防衛協定も、この文脈で読むべきでしょう。
もう一つ、重い報道に触れておきます。イスラエル紙ハアレツは9月8日、2023年10月のハマスによる奇襲攻撃の10日前に、UAEのムハンマド大統領がネタニヤフ首相に対し、電話会談で「ハマスのシンワル氏が大規模攻撃を計画している」と警告していたと報じました。ネタニヤフ氏は「完全な嘘だ」と報道を全面否定し、電話会談自体がなかったと主張しています。真偽は今後の検証に委ねるほかありませんが、仮に事実であれば、1200人が犠牲になった攻撃を防げなかった政治責任は計り知れず、その後の徹底的な軍事作戦の背景の理解も変わってきます。イスラエル国内では首相への退陣圧力と対抗馬の台頭が続いており、この報道は政権の行方を左右しかねません。エネルギーの九割超を海上輸送に頼る日本にとって、中東はもはや「対岸」ではなく、調達ルートの多様化(前トピックの南米はその一例です)と、シーレーンの安全への関与を、国家戦略として組み直すべき局面だと私は考えます。
—この記事は2026年9月13日にBBTchで放映された大前研一ライブの内容を一部抜粋し編集しています。





