
インド航空機事故──テクノロジー神話の崩壊と航空市場の過熱
2025年6月、インド・アーメダバードで発生した航空機事故は、乗員乗客241名が犠牲となる惨事でした。墜落したのはボーイング787型機で、同型機では初の致命的事故です。インド航空事故調査局が原因究明に着手しており、電源喪失と操縦ミスの2つの可能性が指摘されています。私は飛行機の販売経験を持ち、技術的観点からも、電源喪失による出力不足、またはコーパイロットの判断ミス(V1速度とVR速度の誤認)が有力だと考えます。
一方で、インド航空市場は年7%成長と急拡大しており、500機超の発注が進行中です。鉄道・道路インフラの未整備が背景にあり、空の需要が一極集中しています。主流はLCC(ローコストキャリア)で、サービス品質より価格重視の風潮が安全文化に影響しているのは否めません。今後の安全確保には、機材整備だけでなく人材育成と運航判断能力の強化が必要です。航空市場の拡大と安全の両立は、発展途上国における喫緊の課題です。
老朽インフラと「強靱化」の現実──4兆円では足りない
政府は2026年度からの防災・減災・国土強靱化計画において、5年間で20兆円の予算(年4兆円)を計上しました。しかし、私はこの金額では到底足りないと考えます。2030年までに建設後50年以上を経過する社会資本は、道路橋で54%、港湾で44%、トンネルで35%、河川施設で42%、水道で21%、下水道で16%に達します。これは日本の社会資本が老朽化の臨界点にあることを意味しています。
米国のインフラ崩壊と同様の道をたどらぬためには、数兆円単位の追加支出が不可欠です。財政制約を口実に後回しにすれば、将来世代に致命的なコストを残すことになります。社会資本は国民生活の基盤であり、安全と信頼の象徴です。国の体力があるうちに、計画的かつ機動的な再投資が求められます。
海外建設受注の増加──また同じ過ちを繰り返すのか
2024年度、国内建設大手の海外工事受注額は2兆5808億円と前年比13%増となりました。国内市場の縮小と中国経済の不透明感を背景に、ゼネコン各社が海外へ進出を加速しています。しかし私は、これは30年前と同じ失敗の繰り返しではないかと危惧しています。
当時、多くの建設会社が海外で赤字を抱え撤退しました。その原因は、甘い原価見積もりと、現地特有のリスク管理の欠如にあります。日本のゼネコンは安値受注で案件を取り、コスト超過を下請けに押しつける構造に慣れていますが、海外ではこのやり方が通用しません。
海外案件の採算確保には、高度な契約交渉力、プロジェクトマネジメント、法務・会計の知見が不可欠です。安易な外需依存ではなく、確実に収益を上げる戦略的進出こそが求められます。
日本郵便への行政処分──物流業界の体質と限界
日本郵便が、貨物運送事業の許可取り消しという極めて重い行政処分を受ける見通しです。点呼(飲酒確認等)の不備が全国的に確認されたためで、対象となるトラックは約2500台。これは業界第3位の郵便事業者にとって深刻な打撃です。
私は、この問題を単なる規律違反ではなく、過剰需要と人手不足がもたらす「体質劣化」と捉えています。宅配便取扱個数は年々増加し、大和・佐川との競争も激化。多くの企業が”明日届く”を前提に物流を組んでおり、現場には過剰なプレッシャーがかかっています。
本来、配送には時間的ゆとりを設けるべきです。生活必需品以外は、即日配達である必要はありません。業界全体として、効率と安全を両立させる「遅くていい物流」の文化を醸成すべき時です。
次世代地熱発電──日本の眠れるポテンシャルを掘り起こせ
三菱商事や東洋エンジニアリングが、次世代地熱発電の商用化に向けた開発を始めました。これは、高温帯まで掘削し、水を注入して人工的に蒸気を発生させる手法であり、従来の地熱発電が困難だった地域でも展開可能です。
日本は世界第3位の地熱資源国でありながら、温泉組合の反対や国立公園法の制約により、地熱発電の導入が極端に遅れてきました。現状、日本の設備容量はフィリピンやトルコよりも少ない状況です。
今回の技術が確立されれば、既存の温泉資源を傷つけずに、エネルギー自給率の向上が図れます。再生可能エネルギーとしての地熱は、原発に頼らない日本の未来を切り拓く鍵の一つです。行政と地元の合意形成を含め、国を挙げた取り組みが必要です。
—この記事は2025年6月15日にBBTchで放映された大前研一ライブの内容を一部抜粋し編集しています。