
長期金利が30年ぶり3%台、円は155円台へ急伸──「金利ある世界」の危険水域に入った日本
長期金利の指標となる新発10年物国債の利回りが9月2日、一時3.015%まで上昇し、1996年9月以来およそ30年ぶりの高水準となりました。前日1日にも約30年ぶりに3%の大台を突破しています。中東情勢による原油高を背景に米国の長期金利が上昇したことに加え、日銀が17日からの金融政策決定会合で追加利上げに踏み切るとの観測、過去最大の概算要求など財政悪化への懸念が重なった形です。為替市場では3日のニューヨーク市場で円が一時1ドル155円30銭をつけ、1日夜の160円台前半から2日間でおよそ5円の円高が進みました。日米の金利差縮小観測に加え、低金利の円で資金を調達して海外資産で運用する「円キャリー取引」を手仕舞い、円を買い戻す動きが始まったとの観測が浮上しています。
今回の円高が8月の協調介入と質的に違うのは、「リアルマネー」が動いている点です。介入は外貨準備を使った当局の行動ですから、効果は一時的で、実際に8月末には再び160円台に戻っていました。今起きているのは、実際に円を借りて海外資産に投じていた投資家たちが、円金利の上昇を前に手仕舞いを迫られるという、市場参加者自身の巻き戻しです。リーマン・ショックの際にも円キャリーの巻き戻しが急激な円高を引き起こしました。この動きは介入と違って持続力があります。
一方で、長期金利の3%台は深刻な警告です。日本国債の買い手が細り、利回りを上げなければ売れない局面に入りつつある。ここから先は米国金利の動きに引っ張られ、日本側でコントロールできない領域に入ります。米国の著名投資家スタンレー・ドラッケンミラー氏は8月24日付のウォールストリート・ジャーナルへの寄稿で「政府は国債市場への介入を控え、市場に委ねるべきだ」と主張しました。同氏は1992年にジョージ・ソロス氏とともに英ポンド危機で市場の力を見せつけた人物で、ソロス・ファンド出身のベッセント米財務長官にとっては先輩格にあたります。市場を知り尽くした人々が「市場には勝てない」と警告している。日銀が国債を大量に抱え込んだままこの金利上昇局面を迎えることのリスクを、私はかねてから「インプロージョン(内部爆発)」と呼んで警鐘を鳴らしてきました。財政規律の再建を先送りする時間は、もう残されていません。
政府が備蓄米21万トンを買い戻し──民間在庫283万トンの中で続く「売って買う」の迷走
鈴木憲和農林水産大臣は9月1日、米価格の高騰を受けて放出した政府備蓄米のうち21万トンを9月中に買い戻す方針を明らかにしました。政府は昨年、米不足への対応として備蓄米およそ59万トンを市場に放出し、備蓄量が適正水準の100万トンに対し32万トンまで減少していました。一方、農林水産省は2日、2027年6月末時点の米の民間在庫量が最大283万トンに上る見通しを発表。買い戻し分を差し引いても在庫量は過去最多を更新する見通しで、生産地からは追加の買い戻しを求める声が強まっています。26年産の集荷価格は、最大産地の新潟県などで前年比4割安の水準です。
私自身、小規模ながら農業をやっている立場から実感を申し上げると、現在の実勢価格は「おととし(一昨年)の水準よりまだ1割ほど高い」ところにあります。おととしの価格水準で農家が総崩れになったという事実はありません。新米が5kg3000円前後、ブランド米はもう少し高い。この水準は、騒動前の相場に戻りつつある過程と見るのが正確です。「この価格では農業を続けられない」という声だけを切り取って報じると、実態を見誤ります。
問題の本質は、政府が「高騰したから放出し、下落したから買い戻す」という市場介入を繰り返していることです。振り返れば、備蓄米の大量放出という異例の判断から、今回の買い戻しまで、政府自身が価格変動の増幅装置になってしまっています。しかも農家側は、農協経由の出荷を減らして道の駅や直販に切り替えるなど、政府の介入が及ばない流通へシフトしている。介入すればするほど、統計と実勢が乖離していく構図です。前回も申し上げた通り、必要なのは価格が動くたびの応急処置ではなく、競争力ある専業農家への集約と、産業として自立できる農業の構造改革です。買い戻し21万トンは備蓄の回復として理解できますが、これで農政の迷走が終わるわけではありません。
福島第一の廃炉に「フィジカルAI」コンソーシアム──880トンのデブリを前に、まず正直な説明を
政府と東京電力ホールディングスが、2026年度内にも福島第一原発の廃炉に向けてフィジカルAIの活用法を検討する産官学のコンソーシアムを設立する見通しとなりました。人が長時間作業できない場所でAIが周囲の状況を認識し、ロボットを自律的に動かす技術の実用化を目指すもので、政府は2026年度からロボットの実証を進め、将来的に燃料デブリの取り出しや作業員の被曝低減につなげる考えです。
方向性としてのロボット活用は否定しませんが、私はこの計画の技術的な実現可能性に強い疑問を持っています。1〜3号機の燃料デブリは合計880トン前後と推定されていますが、これまでの試験的取り出しで回収できたのは数グラム単位です。そして世界を見渡しても、チェルノブイリも米スリーマイル島も、溶融燃料を全量取り出した事例はありません。いずれも安定化させた上で閉じ込め、長期管理する道を選んでいます。「AIとロボットで取り出せる」という前提そのものを、冷静に検証すべきです。
視聴者の方から、福島県大熊町のご出身で故郷を失われた当事者としてのご質問をいただきました。私が申し上げたいのは、原点にある「約束」の問題です。原子炉は、廃炉後に放射性物質を除去し、更地にして地元へ返すという条件で大熊町・双葉町に設置されました。しかし880トンのデブリを前に、その約束をそのまま履行できる技術的見通しは立っていません。ならば誠実な道は一つです。事故原因(想定を超える津波による非常用電源の喪失、空冷式ディーゼルを屋上に置いていた5・6号機だけが冷温停止できたという紙一重の現実)を含めて経緯を正直に説明し、果たせない約束は金銭補償と生活再建支援という形で償い直すことです。実現可能性の低い計画に巨費を投じ続けることは、地元の方々への誠実さとは別のものだと私は考えます。まず説明責任、そして約束の再定義。廃炉政策はそこから立て直すべきです。
キオクシアが北上に第3製造棟、1.8兆円投資──サンディスクと組む国内5兆円計画の中核
キオクシアホールディングスは8月27日、岩手県北上市の工場に新たな製造棟(第3製造棟)を建設すると発表しました。太田裕雄社長が高市首相と面会して明らかにしたもので、AI向けデータセンターなどの需要拡大を受け、3次元のNAND型フラッシュメモリを増産する計画です。投資額は協業する米サンディスクと合わせて約1兆8000億円で、約3分の1を政府補助金で賄う想定。2029年度中の稼働を目指します。両社は2032年までに国内で総額約5兆円を投資する方針も示しています。
キオクシアの3次元フラッシュ技術「BiCS FLASH」は、東芝時代のエンジニアが世界に先駆けて開発した、メモリセルを垂直方向に積み上げる技術です。この「世界初」の技術資産が、AIの推論需要でNAND市場が急拡大する今、まさに花開こうとしています。時価総額が一時60兆円まで駆け上がった同社が、その市場の期待に生産能力で応える投資であり、方向性は正しいと私は評価しています。
注目すべきは、サンディスクとの共同投資という形です。両社は四日市工場以来25年以上にわたり合弁で前工程を運営してきた間柄で、累計の国内投資は9兆円規模に達します。この協業体制のまま北上を「最先端デバイスの主力拠点」に育てる構想です。もっとも、メモリ市況は好不況の波が激しい産業です。政府補助金を前提とした巨額投資である以上、市況悪化局面でも投資を完遂できる財務体質と、AI需要を的確に捉える製品戦略の両方が問われます。従業員へのストックオプションで注目を集めた同社が、次は設備投資の実行力で日本半導体の再興を証明できるか。北上はその試金石になります。
伊藤忠が電通総研を2500億円で共同非公開化、台湾システックスとは福岡に合弁──IT×半導体の生態系づくり
伊藤忠商事は8月28日、電通総研の株式38.2%を取得し、電通グループと共同で非公開化すると発表しました。取得額は2500億円規模の見通しで、伊藤忠が設立した会社を通じてTOBを実施し、電通総研を両グループの合弁会社とする方針です。傘下の伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)と連携させ、企業向けデジタル事業を強化します。またCTCは8月25日、台湾のITサービス大手システックス(SYSTEX)と、ITサービスを手掛ける合弁会社を福岡市に設立したと発表しました。TSMCの熊本進出をきっかけに九州へ拠点を構える台湾の半導体関連企業が増えているのを受け、IT機器の調達やシステムの設計構築・保守運用を一括支援します。
この2つの発表を並べると、伊藤忠のIT戦略の輪郭が見えてきます。電通総研は、コンピューター黎明期にタイムシェアリングをいち早く手掛けた歴史を持ち、製造業向け・官公庁向けで着実な収益を上げている堅実な会社です。CTCとの組み合わせで企業向けITの厚みが増すのは間違いありません。買収価格はやや高めに見えますが、日本のIT産業が世界に遅れをとった現状では、規模と顧客基盤を束ねて戦う判断は合理的です。
もう一方の台湾システックスとの合弁は、私は「商売上手」と評される伊藤忠らしい、当たり筋の一手だと見ています。TSMC熊本の第2工場建設が進む中、九州進出を検討する台湾企業は多いものの、言葉と商習慣の壁でパートナーを探しあぐねています。台湾側のシステム事情を知るシステックスと組めば、進出企業の一括受け入れが可能になり、後続の企業を連鎖的に取り込めます。課題はグループ内の整理です。CTC、電通総研、システックス合弁と役者が揃った今、これらを束ねて戦略を描く「司令塔」の人材を得られるかどうか。コングロマリットの寄せ集めで終わるか、生態系として機能するか、分かれ目はそこにあります。
USJが開業以来初の敷地拡張へ、2000〜3000億円投資──単一パークとして世界最大級を狙う
ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)が大規模な拡張に乗り出すことが8月27日、明らかになりました。2000億円から3000億円を投じ、敷地の北側に隣接する日本製鉄の工場跡地およそ6万平方メートルを活用して新たなアトラクションなどを整備する計画で、実現すれば2001年の開業以来初の敷地拡張となります。
USJはこの拡張により、単一所在地のテーマパークとして世界最大級の規模に踊り出ることになります。東京ディズニーリゾートはランドとシーの2パーク構成、米オーランドのディズニー・ワールドも複数パークの集合体ですから、一つのパークとしての集客力・規模でUSJが世界の頂点を狙える位置に来たわけです。
ただし、成否を分けるのは土地ではなく「上物」です。今回の2000〜3000億円は土地の活用を含めた枠ですから、世界の観光客を呼べる目玉コンテンツに仕上げるには、さらなる投資判断が必要になるでしょう。そしてもう一つの課題がインフラです。年間入場者数がさらに数百万人規模で増えるとすれば、大阪の交通アクセスとホテル供給が追いつくのか。IR(統合型リゾート)計画の不確実性も含めて、大阪湾岸エリア全体の受け入れ能力を一体で設計する必要があります。関西経済にとっては、万博後の需要を支える本命プロジェクトであり、ぜひ大きく構えてやっていただきたいと思います。
三菱自動車が新型パジェロを初公開──「やめてから戻す」ではなく、ブランドを守り続ける経営を
三菱自動車は9月2日、フルモデルチェンジした新型パジェロを初公開しました。路面状況に合わせて各車輪の回転数や駆動力を電子制御するシステムを導入したほか、足回りや車両の耐久性はオフロード対応としつつ、遮音性を高めたガラスの採用などで静かにくつろげる車内空間を実現したとしています。日本では10月1日に予約受付を開始し、12月17日に発売する予定です。
私はパジェロの長年の愛用者として、この復活自体は心から歓迎します。オーストラリアでは3台乗り継ぎましたが、ぬかるみでも砂地でも、4WDのロックが効けば必ず前に進んでくれる「頼れる相棒」でした。パリ・ダカール・ラリーでの実績を含め、パジェロは三菱自動車が世界で最も広く認知されるブランド資産です。実際、同社の販売は日本よりも海外、とりわけ中東・アフリカ・オセアニアが主力で、そこはまさに「パジェロ・カントリー」。オーストラリアでは古いパジェロが高値で取引され続けてきました。
だからこそ、あえて苦言も申し上げたい。これほどのブランドを2019年に国内向け、2021年に海外向けと生産終了させ、7年ぶりに復活させるという経緯は、ブランド資産の価値を軽視した判断だったと言わざるを得ません。メルセデス・ベンツがGクラスをやめる、ポルシェが911をやめる。そういう選択を彼らがしないのは、ブランドの中核を守り抜くことが長期の企業価値そのものだからです。日産のフェアレディZの休止と復活にも同じ構図がありました。新体制の三菱自動車には、パジェロを二度と手放さず、世界で売り続ける覚悟を持っていただきたい。新型がかつての信頼性をどこまで受け継いでいるか、一人のユーザーとして楽しみにしています。
人型ロボット出荷3.7倍、中国シェア97%──「10億台」時代は本当に来るのか
米調査会社が8月10日公表した統計によると、2026年1〜6月の世界の人型ロボット出荷台数はおよそ1万9100台で前年同期比3.7倍となり、このうち中国メーカーが全体の97%を占めました。メーカー別では中国のアジボット(AgiBot、智元機器人)がシェア44%で首位、ユニツリー(Unitree、宇樹科技)が31%で2位です。また北京では8月22日から5日間、「世界人型ロボット運動会」が開かれ、中国、日本、米国、ドイツなど16カ国から2000台超の人型ロボットが参加。陸上3種目で昨年の記録を更新し、人間の世界記録を上回る種目も出た一方、周囲の状況を判断しながら安全に行動する能力では課題も露呈しました。
この統計で衝撃的なのは、出荷の伸びそのものより「中国97%」という寡占度です。世界の他の国々を合わせても3%しかない。しかも中国国内には100社を超えるメーカーがひしめき、その頂点にアジボットとユニツリーがいるという、競争による淘汰と進化がすでに回り始めています。運動会という「人に見える形」で性能を競わせ、課題を洗い出す仕組みも、産業育成の装置としてよくできています。昨年は100m走で転倒が続出したロボットが、今年は人間の世界記録を超える──この改善速度こそが中国の強さです。
イーロン・マスク氏は「人型ロボットは10年後に10億台になる」と述べています。ホラ話と受け取る向きもありますが、私はむしろ逆だと考えています。ロボットの価格が下がり、ブルーカラーの作業でもホワイトカラーの業務でも人間より生産性が高いとなれば、「そんな優秀な労働者がいるなら任せたい」と企業は当然考えます。その局面では10億台はむしろ控えめな数字かもしれません。米国は「中国製ロボットは安全保障上のリスクだ」と輸入規制の議論ばかりしていますが、では自国で作るのかという問いへの答えがない。そして日本も、この市場で存在感を示せていません。産業用ロボットで世界を制した日本が、人型でこれほど劣後している現実を、国家戦略として直視すべき時です。
CIA長官が異例のモスクワ訪問、独空港ではロシア関与のドローン──和平圧力と瀬戸際戦略の同時進行
米CIA(中央情報局)のラトクリフ長官が8月25日、モスクワを訪問し、ロシア連邦保安庁(FSB)のボルトニコフ長官と会談したことが分かりました。ラトクリフ氏は、ウクライナによる長距離ドローン攻撃などでロシアの軍事・経済状況は今後さらに悪化すると指摘し、ウクライナとの和平交渉に応じるよう求めたとされます。背景には、プーチン大統領が核使用やNATO加盟国への攻撃をちらつかせて国際社会を動かそうとする「瀬戸際戦略」を強めていることがあります。一方、ドイツ政府は9月1日、東部ザクセン州のライプツィヒ・ハレ空港で爆発物を搭載したドローンが見つかった事件について、ロシアが関与していたと発表しました。ドローンはウクライナの貨物機の近くで発見され、爆発前に処理されました。EUのフォンデアライエン欧州委員長は2日、「ロシアの無謀な行動に迅速かつ効果的に対処できるよう対応を強化しなければならない」と述べています。
CIA長官がモスクワでFSB長官と直接会うというのは、冷戦期を含めても極めて異例の外交です。情報機関同士のチャネルが動いているということは、表の外交では進まない和平の下交渉が、水面下で本格化しているサインと読めます。ウクライナのドローン攻撃でロシアの製油能力と財政は着実に消耗しており、「これ以上続けても状況は悪化するだけだ」という説得材料をアメリカ側が積み上げている構図です。
他方で、ライプツィヒの事件は、ロシアがウクライナの外側──NATO域内へとハイブリッド攻撃の範囲を広げている証拠です。皮肉なことに、こうした揺さぶりは「一枚岩になれない」と言われてきた欧州を、かえって結束させる方向に働きつつあります。プーチン氏の瀬戸際戦略と、トランプ政権の軍事的威嚇への傾斜──大国のトップが「力による圧力」に依存し合う現状は、世界にとって極めて危うい局面です。日本にとっても他人事ではありません。危機の瀬戸際にあるからこそ、仲介と対話の窓を閉ざさないことが、国際社会全体の利益だと私は考えます。
—この記事は2026年9月6日にBBTchで放映された大前研一ライブの内容を一部抜粋し編集しています。






