
米イラン14項目暫定合意──トランプ外交の本質的限界が露呈、ホルムズ海峡封鎖を再宣言したイラン
米国とイランは6月17日、戦闘終結に向けた14項目の覚書(MOU)に署名しました。トランプ大統領は仏ヴェルサイユ宮殿で開催されたG7サミット後の夕食会で署名し、イランのマスード・ペゼシュキアン大統領も別途、署名しました。覚書には、米国による海上封鎖の解除、イランによるホルムズ海峡開放と航路正常化、最大60日以内に最終合意を目指すこと、互いの主権と領土保全の尊重などが盛り込まれています。しかし20日、イランはイスラエルがレバノン南部への攻撃を続けるなど暫定合意に違反したとし、ホルムズ海峡を封鎖すると発表しました。
率直に言って、トランプ氏の外交としては芳しくない結果に終わったと私は見ています。「14項目」と言っていますが、よく中身を読むと、核問題、地域安全保障、制裁解除の最終形、国連による承認といった本質的な課題はいずれも今後の交渉に先送りされている。短期で履行されるのはホルムズ海峡の開放、石油輸出再開、などの一時的な措置です。要するに、最も難しい問題を「60日後に交渉する」と書き換えただけで、核問題の構造的な解決にはなっていません。
特に高濃縮ウランの扱いには注目しています。当初米国は「国外へ搬出する」ことを求めていましたが、イランがこれに合意せず、最終的に「国内で薄める」という形に落ち着きました。ウラン濃縮の技術も人材もイラン国内に残ったままです。仮にトランプ政権が変われば、ふたたび濃縮活動が始まる可能性は十分にあります。イスラエルが核を保有している以上、イランがそれと拮抗しようとする動機が消えるわけではない。当事者だけが「大成功」と言い、世界の評価は別物だという構図は、米中首脳会談のときと同じです。J.D.バンス副大統領が交渉のためにスイスに向かっていますが、ここから60日で抜本的な解決が出てくる可能性は乏しいというのが、私の見立てです。
日銀が31年ぶり政策金利1.0%へ──植田総裁不在の異例会合、円安対応で利上げ路線が定着
日銀は6月15-16日の金融政策決定会合で、政策金利を0.75%から1.0%に引き上げました。利上げは4会合ぶり半年ぶりで、政策金利1.0%は1995年以来31年ぶりの高水準です。中東情勢に伴う原油高を背景としたインフレ加速に対応する狙いです。今回の会合は感染症治療のため入院していた植田和男総裁が欠席する異例の展開となり、議長は氷見野良三副総裁が務め、会合後の記者会見は内田真一副総裁が代理で実施しました。植田総裁は書面で意見を提出し、議決には参加しませんでした。植田総裁は退院し23日から復帰、7月会合は出席見通しです。
植田総裁の顔には「次に上げる時はもっと上げる」と書いてあると、私はかねてから読んでいました。0.25%上げて1.0%にするというのはほぼ規定路線で、市場へのサプライズはありません。実は私自身は、0.5%程度の利上げを一気に打ち出してもよかったのではないかと考えています。中東情勢の不透明感は当面続きますし、日米金利差を縮める動きを明確に打ち出さなければ、円安圧力は弱まりません。
もう一つ重要な点として、米国のFRBもこれから利上げ方向に動く可能性が出てきました。米国のインフレが収まらない局面で、FRBが利下げではなく利上げに転じれば、日銀がここでさらに上げないと円安が一段と加速します。経常収支は海外投資の見返りで黒字を保っていますが、貿易収支は化石燃料や中国からの雑貨輸入で実質ゼロ近辺に張り付いている。新NISA導入以降、家計が海外資産にシフトする動きも続いており、「金利のある世界」が定着する局面に日本も入りつつあります。「31年ぶりの1.0%」という見出しは派手ですが、グローバル基準ではまだ低水準であり、構造的な転換の本番はこれからです。
日本製鉄、USスチール「モンバレー製鉄所」に追加4000億円──「黄金株」の重みが顕在化
日本製鉄は、2025年6月に買収した米USスチールの東部ペンシルベニア州モンバレー製鉄所に、今後3年間で最大25億ドル(約4000億円)を投資する見通しが明らかになりました。当初は10億ドル以上を確約していましたが、約2倍の規模に膨らんだ計算です。USスチールが6月8日に公表した経済効果分析で明らかになりました。投資の中心となるエドガー・トムソン工場では、稼働から約90年が経過した熱延設備を最新設備に置き換え、自動車向けなど付加価値の高い鋼材生産能力を向上させる計画です。日鉄は買収時に2028年までに総額110億ドル(約1.7兆円)の対米投資を約束しており、29年以降を含めれば140億ドル(約2兆円)以上の成長投資を計画しています。
日本製鉄は、米政府が保有する「黄金株(ゴールデンシェア)」の影響を、買収後に最初に実感する局面に入りました。黄金株は、合併・拠点閉鎖・本社移転・重要資産売却などに対して米政府が拒否権を行使できる仕組みです。本来であれば、買収側として収益性の高い投資から進めていくのが筋ですが、「老朽工場の存続と地元雇用の維持」を米政府側が強く求めれば、当初想定していなかった追加投資にも応じざるを得ません。
モンバレー製鉄所はUSスチール最古の生産拠点で、設備が90年経過しているわけですから、4000億円程度の投資で本当に近代化が完結するのか、関係者の間でも疑念が広がっています。USスチールの2025年7月-26年3月の事業利益は56億円の赤字となっており、シナジーが本格的に発揮される前に、追加投資という形での負担が先に出ている構図です。日本製鉄はかつて新日鉄住金、新日鉄、富士製鉄・八幡製鉄の対等合併など、組織統合の経験を豊富に積んできた会社です。それでも国境を越えた買収における政治リスクは別格で、黄金株のような非経済的な縛りが収益にどう影響するかは、今後5年から10年かけて見えてくるでしょう。日本企業の対米投資全般に共通する論点として、注視すべき事例だと私は考えています。
オリエンタルランドの業績鈍化──「来て当たり前、並んで当たり前」を見直す時期
オリエンタルランドの2026年3月期の営業利益見通しが市場予想を大きく下回り、人件費、設備維持費、商品・飲食の原価上昇などが収益を圧迫しています。入園者数の伸びが鈍化する中、「量より質」を掲げる同社の戦略の真価がこれまで以上に問われる局面です。東京ディズニーランド(約1500万人)と東京ディズニーシー(約1200万人)を合わせた入園者数は約2700万人で、米フロリダ州オーランドのウォルト・ディズニー・ワールド・リゾート内のマジック・キングダムを上回り、単一所在地としては世界最大級のテーマパーク事業者です。
オリエンタルランドの最大の課題は、顧客志向の希薄さにあると私は見ています。「来てくれて当たり前、長時間並んでくれて当たり前」という空気が、入園者の体験価値を着実に下げてきました。コロナで一度ドボンと落ちた後の業績回復は、海外旅行制限が解けて以降の反動需要に支えられた面が大きい。インバウンド需要が一巡し、円安の効果も逓減してくる中で、顧客の選別眼は徐々に厳しくなっていきます。
比較対象として参考になるのは、ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)の年間パスの仕組みや、米フロリダ州オーランドのウォルト・ディズニー・ワールド・リゾートの多パーク戦略です。オーランドにはマジック・キングダム、エプコット、ハリウッド・スタジオ、アニマル・キングダムなど複数のテーマパークがあり、滞在型観光地として顧客の多様な楽しみ方を支えています。オリエンタルランドの株主構成は京成電鉄、三井不動産、千葉県などで、必ずしも経営方針が一枚岩ではない。だからこそ、株主構成を超えて顧客志向の経営に舵を切る決断が、今こそ求められています。
食料品消費税1%案──「2年だけ0%」の公約を骨抜きにする、技術的誤解の典型
超党派の社会保障国民会議は6月17日、実務者会議を開き、自民党の小野寺五典政務調査会長は食料品の消費税率を2027年4月から2年間1%とする案を示しました。あわせて税収の1%分を給付する新たな制度を2027年秋に開始するとし、これにより食料品の消費税を実質ゼロとし、衆院選公約との整合性を取る構想です。
率直に言って、私はこの議論には合点がいきません。維新の会との合意でも、国民民主党との交渉でも、約束は「2年間ゼロ%」だったはずです。それがいつの間にか「1%」になり、税収の1%分を別途給付して実質ゼロにする、という複雑なスキームに変わっている。発端は、システム改修を担う事業者から「ゼロ%入力にはシステム改修に2年程度かかる」「1%なら来年4月から対応できる」と説明されたところのようですが、ここに技術的な誤解があると私は考えています。
税率欄に整数しか入らないシステムは、ほとんどないはずです。仮にゼロが入力できないとしても、「0.01%」と入力すれば誤差の範囲で実質的にゼロになります。これなら所得制限を伴う給付制度を別立てで作る必要もなく、低所得者の判定や事務処理の手間も発生しません。約束通り「ゼロにする」という目的を技術的に達成できる方法は、いくらでもあります。
そもそも論として、税の専門家の意見として、消費税は安定財源だから下げずに低所得者向けの給付で対応すべきという考えにも、私は一理あると思います。ただし、選挙公約として明示的に「2年間ゼロ」と約束したのなら、何らかの形で実行するのが筋です。「1%にすると約束した通りに進めた」とも言えない、「0%にすると約束したのに守らなかった」とも言える。この曖昧さこそ、政治への不信を生む構造的な原因だと、私は考えています。
GE Vernova-日立SMRに約6.4兆円拠出──対米投資の中では数少ない「日本にも残るお金の使い方」
米GE Vernova(旧GEのエネルギー部門)と日立製作所が共同で進める小型モジュール炉(SMR)の建設計画に、日本政府が最大約400億ドル(約6兆4000億円)を拠出する方向で最終協議に入ったことが明らかになりました。日米両政府が2026年3月の首脳会談で合意した対米投融資第2弾の一環で、テネシー州やアラバマ州などでの建設が想定されています。GE Vernova Hitachi Nuclear Energy(GEベルノバ60%、日立40%出資の合弁会社)が開発した「BWRX-300」(30万kWeの小型沸騰水型軽水炉)が採用予定です。ハワード・ラトニック商務長官は「小型炉事業で世界を主導したい」と表明しており、米国はスリーマイル島事故以来の原子力政策の本格的な転換を進める考えです。
対米投資の使い方としては、これは数少ない「日本にもメリットが残る」事例だと私は見ています。日本国内ではSMRを建設しようとしても住民合意の壁が高く、なかなか前に進みません。一方、米国側はAIデータセンターの電力需要急増を背景に、原子力新設に強い意欲を見せている。米国でBWRX-300を実際に建設すれば、日立をはじめとする日本企業に設計・調達・製造の経験とノウハウが蓄積され、後にそれを国内や東南アジアへの展開に活用できる可能性があります。
懸念点は、対米投融資の枠組みに「資金の使途を米国内に限定する」明文の縛りが必ずしも入っていないとされる点です。たとえばトランプ大統領が言及している中東地域の戦後復興、グリーンランドのインフラ、ベネズエラの建て直しなど、日本企業のノウハウが残らない用途に流れる可能性は、ゼロではありません。今回のGE Vernova-日立SMRは、SMR建設という具体的なプロジェクトに紐づいており、日本側にもノウハウが還元される設計です。対米投融資5500億ドル枠の今後の使われ方を、こうした視点で点検していくことが、日本経済界として重要だと、私は考えています。
AIと数学に関する来電宣言──「シンギュラリティはすでに到来している」と数学者が警鐘
世界15カ国の大学や研究機関の研究者らは6月2日、人工知能(AI)と数学に関する共同宣言(通称「来電宣言」)を発表しました。近年の数学研究でAIが安易に使われ、長年培ってきた数学の信頼性や自律性が損なわれているとして警鐘を鳴らし、明確なルールの確立を求めるものです。AIが近年、未解決だった数学の難問を相次いで解決している一方、研究者や査読者はその成果を評価する前に誤った論証を取り除く作業に追われるなど、検証が追いつかない現状があると指摘されています。
この宣言は、数学者の世界で「シンギュラリティ(技術的特異点)はすでに到来している」という現実認識を示したものとして注目されます。最先端のAIモデルを使うと、数学の難問が次から次へと解決されていく。さらにそれを別な見方で展開し、新たな難問を生成することもできる。数学者にとっては、超優秀な数学者が人生かけて取り組む一問が、AIによって短期間で次々と解かれてしまう局面に入ったということです。
宣言は5つの危機を指摘しています。第一に「信頼性の低下」、AIのハルシネーション(誤情報生成)と人間による検証作業の限界。第二に「帰属・著作権の問題」、誰がこの問題を解いたのかが曖昧になる。第三に「技術依存と格差」、商用AIモデルや高性能計算資源へのアクセスの有無が、研究者の競争力を決めてしまう。第四に「商業的な発信競争」、学術的な検証を経る前に「AIが解いた」と発表される風潮。第五に「自律性の喪失」、証明されやすい問題から先に解かれ、本当に難しい問題だけが後回しになる構造。これらはいずれも、研究の質と社会的信頼を支えてきた仕組みそのものへの問題提起です。日本のビジネスパーソンにとっても、AIを使った仕事の評価基準や、人間の検証プロセスをどう組み込むかを、改めて設計し直す契機となる議論だと、私は受け止めています。
台湾・韓国の時価総額がカナダ・英国を上回る──AI半導体で世界の力関係が動いている
台湾と韓国の上場企業の時価総額が拡大し、6月5日時点で英国とカナダを上回ったことが分かりました。台湾積体電路製造(TSMC)や韓国サムスン電子、SKハイニックスなどのAI半導体企業が牽引役となっています。台湾の株式時価総額は約4.3兆ドル(約685兆円)規模に達し、4月時点ですでに英国を上回りました。各社は旺盛なAI需要に対応するため工場の拡張を急いでおり、ベトナムやマレーシアなど東南アジアの周辺国にも投資を拡大しています。並行して韓国SKグループのチェ・テウォン会長が日本経済新聞のインタビューに応じ、AI市場はまだ発展の初期段階にあるとの見方を示しつつ、2029年頃に日本で次世代データセンター「AIファクトリー」を稼働させる考えを示しました。
時価総額で言えば、台湾・韓国はもはや「アジアの新興地域」ではなく、欧州の主要国を上回る規模の経済圏です。台湾の人口は約2400万、韓国は約5100万。両者を合わせても日本の半分強の人口にすぎませんが、上場企業の時価総額で見れば、英国・カナダを超える経済的影響力を持つに至りました。台湾は中国の立場では「国ではない」とされていますが、市場経済の現実は、その政治的位置付けと別の動きを見せています。
日本にとっても、これは他人事ではありません。TSMCは熊本に第1工場を立ち上げ、ソニーとも本格的な合弁を進める方針です。SKグループが日本に「AIファクトリー」を作るというのも、半導体やデータセンターという最先端領域で、日本が「使ってもらう側」に位置付けられている現実を示しています。日本の対応策は明確で、こうした台韓のAI半導体エコシステムと連携することで、日本企業の素材・装置・部材産業の競争力を最大化していくことです。守りに入るのではなく、AI半導体の世界的供給網の中で、日本がどの位置を取るかを戦略的に組み立てる時期に入っています。
スイス連邦議会が原発新設禁止を撤廃──福島事故後に脱原発に進んだ国の方向転換
スイス連邦議会は6月18日までに、原子力発電所の新設を解禁する政府案を可決しました。スイスは2017年の国民投票で東京電力福島第一原発事故を受けて既存原発の段階的廃止と新設・改修の禁止を決定。現在は4基の原発(ベツナウ1・2、ゲスゲン、ライプシュタット、合計310.5万kW)が稼働し、電力供給の約3割を担っています。今回の政府案は、ロシアによるウクライナ侵攻後にエネルギー安全保障への不安が高まり、直近の世論調査でも政府の解禁案への賛成が反対を上回ったことを受けたものです。アルベルト・ロスティ環境・交通・エネルギー・通信大臣は「国の長期的なエネルギー供給を確保するためには原子力発電の選択肢を維持する必要がある」と強調しました。原発反対派は国民投票を提起する考えを表明しており、議会の決定が覆る可能性も残されています。
スイスは直接民主制が徹底した国で、村の橋を架けるかどうかから国の総人口を1000万人で止めるかどうかまで、すべて投票で決めます。同じ6月14日には「2050年までに人口を1000万人に制限する」是非を問う国民投票が行われ、賛成約45%・反対約55%で否決されたばかりです。労働力確保とEUとの関係維持を優先する判断でした。
原発新設をめぐる動きで重要なのは、スイスとイギリスが「国民投票で原子力再稼働・新設を基本的にOK」と決めている事実です。福島事故という極めて重い経験を世界が共有した中で、各国が国民レベルで議論を尽くし、それでも原子力の選択肢を維持するという決断に至っている。日本でも原発再稼働や建て替えの議論が進んでいますが、私が前回も指摘した通り、最も重要なのは電力会社と監督官庁の信頼回復です。スイスやイギリスが原子力の選択肢を選び直せたのは、政府と国民の間に最低限の信頼関係があったから。日本の場合は、電力会社や経済産業省への不信が根強く残っており、ここに手をつけない限り、国民が「OK」とは言いにくい状況が続きます。AIデータセンターによる電力需要急増が現実の制約として迫る中、信頼回復のための具体的な仕組みづくりが、日本のエネルギー政策における最大の宿題だと私は考えます。
—この記事は2026年6月21日にBBTchで放映された大前研一ライブの内容を一部抜粋し編集しています。






