
イラン停戦決裂とトランプの「悪性ナルシシズム」── 21時間の交渉も実らず、心理学者まで警鐘を鳴らす大統領の精神状態
4月8日にパキスタンの仲介でようやく成立した米イラン2週間停戦は、わずか数日で崩壊の危機に瀕しています。イスラマバードで行われた21時間に及ぶ直接交渉も合意に至らず、JDバンス副大統領は「合意できなかったのはイランにとってアメリカ以上に悪いニュースだ」と捨て台詞を残して帰国しました。
私が一番気になるのは、トランプ大統領の言動が日に日に常軌を逸してきていることです。3日か4日のあいだに「文明全体を滅ぼしてやる」と口走ったかと思えば、レバノン攻撃を止めると約束しながらネタニヤフ首相との電話一本で立場を翻す。アメリカのジョンズ・ホプキンス大学元教授で著名な心理学者のジョン・ガートナー博士までもが、トランプ氏の精神状態の急速な悪化を指摘し、「悪性のナルシシズム」と分析しているほどです。
問題の根は、政権中枢に巣食うユダヤロビーの存在です。娘婿のクシュナー、そして中東特使のウィットコフ、この二人がネタニヤフの言い分をそのままトランプに吹き込んでいる。仲介役として送り込まれたバンス副大統領も、私から見れば1×1や3引く2しか分からないような人物で、こうした微妙なニュアンスを読み取れる器ではありません。
ただ、私はあまり悲観していません。この戦争が長引けば長引くほど、原油価格は高騰し、アメリカのガソリンも1ガロン4ドルを超えてくる。中間選挙で共和党は惨敗するでしょう。トランプの命脈もあと半年です。あと半年さえ持ちこたえれば、レイムダック化したトランプは何もできなくなる。日本もイランも、半年の我慢と腹をくくることが大事だと私は考えています。
パキスタンが見せた「仲介力」の限界── シャリフ首相とムニール陸軍元帥が果たした役割と、その先にある壁
今回の米イラン停戦交渉で世界の注目を集めたのが、パキスタンのシャバズ・シャリフ首相と、ムニール陸軍元帥という二人です。シャリフ首相は、かつて首相を務めたナワズ・シャリフ氏の弟であり、政治家一家の出身。ムニール元帥はトランプ大統領のお気に入りで、ホワイトハウスにも単独で招かれたことがある人物です。
パキスタンが仲介役として浮上したのには理由があります。米軍基地を国内に持たず、イスラム圏で唯一の核保有国であり、イランとも長い国境を接している。湾岸諸国とも中国とも良好な関係を維持している。これだけの条件が揃う国は他にありません。
実際、私もこの両首脳の動きを評価していました。トランプ大統領が「全面破壊」を宣言する直前のギリギリのタイミングで2週間停戦を引き出した手腕は見事でした。しかし、結果としては会談を成立させるところまでで、合意までは漕ぎ着けられなかった。これまでもオマーンやエジプトなどさまざまな仲介国が出てきましたが、いずれも「両者の言い分を行ったり来たり伝える」だけで、本当の意味でのシャトル外交、丁々発止のやり取りを設計する技術までは持ち合わせていなかったように見えます。
イスラマバードの会談を21時間続けたといっても、両者を同じテーブルに座らせて折衝した時間がどこまであったのか、私には疑問です。仲介国の「善意」だけでは、構造的な不信感を埋めることはできません。仲介者として真に信頼を築くには、相手の本音を引き出す対話設計の力量こそが問われるのです。
ローマ教皇レオ14世がトランプを公然と拒絶── 250周年記念の招待を断り、ランペドゥーザ島で移民とともに過ごす意味
ローマ教皇レオ14世が、アメリカ建国250周年記念式典へのトランプ大統領からの招待を正式に断りました。教皇はトランプ氏が「イランの文明を滅ぼす」と投稿したことに対し、「真に受け入れがたい」との声明を出しています。バチカン関係者は、レオ14世がトランプ政権の在任中はアメリカを訪問しない可能性が高いとまで語っています。
私はこれを当然のことだと受け止めています。レオ14世は史上初のアメリカ人教皇で、シカゴ出身、ペルーで30年近く宣教師として過ごした方です。移民問題、戦争に対する立場が、トランプ政権とは根本的に相容れません。教皇は7月4日のアメリカ独立250周年の日に、ヨーロッパ最大級の移民流入地点であるイタリア領ランペドゥーザ島で過ごすと発表しました。これは強烈なメッセージです。
問題はトランプ陣営の本質にあります。スティーブ・バノンに代表されるトランプ周辺のイデオローグは、もともとローマ教皇庁を権威主義の象徴として敵視してきた。前教皇フランシスコの「引きずり下ろし」を画策した人物さえいます。エプスタイン文書の問題もそうですが、伝統的な権威――イギリス王室、ローマ教皇庁、こうした「歴史を持つもの」を根こそぎ打ち倒したいという衝動が、政権の取り巻きを動かしているのです。
アメリカ建国わずか250年の国の大統領が、2000年の歴史を持つカトリック教会のトップに頭ごなしの態度を取れば、こういう結末になります。世界の道徳的指導者がトランプ政権と距離を置くという事実そのものが、アメリカの国際的孤立を象徴していると私は見ています。
ハンガリー政変:オルバン16年支配の終焉── ペーテル・マジャル率いるティサ党が地滑り的勝利、JDバンスのテコ入れも空振り
4月12日に行われたハンガリー総選挙で、ペーテル・マジャル氏率いる中道右派・ティサ党が199議席中138議席を獲得し、3分の2の絶対多数を確保しました。長年首相を務めてきたヴィクトル・オルバン氏のフィデス党は55議席に転落し、オルバン氏自身が敗北を認めました。
私はこの結果は当然だと思います。10数年続いたオルバン政権は、近年すっかり人気を失っていました。経済の停滞、生活費の高騰、政権周辺のオリガルヒ化――どれをとっても国民の不満は限界に達していたのです。
投票直前にはJDバンス副大統領がブダペストに乗り込んでオルバンの応援に入り、「ブリュッセルの官僚」を批判してみせ、トランプ大統領も「経済力でハンガリーを支援する」と援護射撃しました。しかし、これは完全に裏目に出ました。今ヨーロッパでトランプ政権ほど嫌われている存在はないのです。バンス氏はそのことを理解せずに乗り込み、結果としてオルバン陣営にとってマイナスにしか働かなかった。
オルバン政権の退場は、EUにとって極めて重要な意味を持ちます。これまでオルバンの拒否権によってブロックされていたウクライナへの900億ユーロ規模の支援が動き出す可能性が出てきたからです。プーチン氏にとってEU内最大の盟友を失うことになり、欧州の右派ポピュリズムの旗手も一人退場する。マジャル新政権が反汚職改革と司法独立の回復をどこまで実行できるか、今後の焦点になっていくでしょう。
ベトナム、トーラム氏が国家主席を兼任、権力集中の懸念── 集団指導体制から「一人体制」へ、油の乗った経済を失速させないために
ベトナム国会は4月7日、共産党書記長のトーラム氏を国家主席に選出しました。68歳のトーラム氏は党のトップと国家元首を兼任することになり、これは建国の父ホー・チ・ミン以来という極めて異例の人事です。
ベトナムは今、まさに油の乗った時期に差しかかっています。あらゆる産業が前向きに動き出し、中部のダナンやホイアンを中心に観光業も賑わいを取り戻している。新政権は今後5年間、年率10%以上の経済成長を目標に掲げ、低コスト製造業中心のモデルから高付加価値産業への転換を急ぐとしています。
ただ私が心配しているのは、集団指導体制から一人への権力集中という点です。トーラム氏個人について悪い噂は今のところ聞きませんが、権力の集中はいずれ問題を引き起こすものです。中国の習近平国家主席の3期目、トルコのエルドアン大統領、いずれも当初は「やり手」と評価されていた人物が、長期化するにつれて統治が暴走していった例です。
ベトナムは今後3年、4年、5年と経つうちに、トーラム体制の弊害が出てくる可能性があります。特にタイのように観光業に大きく依存する国は、ちょっとした政情不安ですぐ観光客が逃げ出します。せっかく勢いに乗ってきたベトナム経済を、トーラム書記長の独走で失速させないでほしい。これが今の私の率直な願いです。
Anthropic「Cowork」がSaaS業界を直撃── クロードの新ツールで米IT大手の株価が軒並み下落、AI時代の業務再定義
アメリカのAnthropic社は4月9日、事務作業を自動化する新ツール「Claude Cowork」を有料プラン全般で一般提供開始しました。これは資料作成やデータ分析を対話形式でAIに指示できるサービスで、エンジニア以外の知識労働者、つまりマーケティング、財務、法務、オペレーションなどの「コアではないが時間を奪う仕事」を肩代わりするのが狙いです。
発表を受けて、ニューヨーク市場ではセールスフォースやインテュイット、米国にとどまらずインフォシスやTCSといったインドのITサービス大手まで、いわゆるSaaS銘柄の株価が軒並み下落しました。中には昨年末比で半値近くまで売り込まれた銘柄もあります。日本のNECなど主要IT企業の株価も2割から3割下落しました。中東情勢を受けたエネルギー価格高騰でIT投資自体が縮んでいることも背景にあります。
私が注目しているのは、ホワイトカラーの「ブレイン業務」がついに直接的にAIに代替されつつあるという事実です。これまで「人にしかできない」とされてきた専門業務が、対話一つで相当のレベルまでこなされてしまう。SaaSというビジネスモデル、つまりサブスクリプションでソフトウェアを売り続けるという発想そのものが、根本から問われ始めています。
Anthropicはもともと、OpenAIから主義主張の違いで分かれた会社です。両社の企業価値はOpenAIが倍ほど大きいのですが、Anthropicも急速に伸びています。日本のIT業界、特にSIerと呼ばれる業務委託型のソフト開発会社にとって、これは他人事ではありません。AIを使う側に回れる人材を急いで育てなければ、日本のIT産業はあっという間に存在意義を失う恐れがあります。
鄭麗文KMT主席の「やりすぎ訪中」── 習近平との10年ぶり会談、孫文陵参拝と日本批判が招いた台湾世論の警戒
台湾の最大野党・国民党(KMT)の鄭麗文主席が中国を訪問し、4月10日に北京の人民大会堂で習近平国家主席と会談しました。中国共産党と国民党のトップ同士の会談は実に10年ぶりです。鄭氏は会談に先立って南京の孫文陵を参拝し、その後の演説で日本の植民地支配を強く非難しました。習氏は「両岸は一つの中国に属する」と強調し、両党は「祖国統一と民族復興」を目指すべきだと述べました。
私から見ると、習近平にとって台湾を香港のように「戦争ではなく取り込む」唯一の希望が国民党です。これまでも連戦氏や馬英九氏が訪中するたびに大歓迎してきました。今回も同じパターンで、現在の民進党政権を揺さぶるカードとして鄭主席を活用したわけです。
ただ、鄭主席は今回少しやりすぎました。習近平が好む言葉である「中華民族の偉大な復興」「両岸一家」をそのまま並べて見せたうえ、日本を80年前の戦争を引き合いに執拗に批判した。これは台湾世論にとって逆効果です。台湾の世論調査では、自分を「台湾人」と認識する層が年々増え続けており、「中国人でもあり台湾人でもある」と答える層は減り続けています。
つまり今の台湾の有権者の多くは、鄭主席の中国寄り発言に対して「やりすぎだ」と感じるはずです。今回の訪中は、習近平との蜜月を演出することには成功しましたが、政治的には国民党にとってマイナスだったと私は判断しています。むしろ次の選挙で警戒されることになるでしょう。
ビル・アックマンによるユニバーサルミュージック10兆円買収提案── 寝ていたと思われた著名投資家が動き出した音楽業界の地殻変動
アメリカのヘッジファンド、パーシング・スクエア・キャピタル・マネジメントは4月7日、ユニバーサル・ミュージック・グループ(UMG)に対して総額約644億ドル(およそ9兆〜10兆円)規模の買収を提案したと発表しました。著名投資家ビル・アックマン氏率いるパーシング・スクエアは2021年からUMG株を保有しており、今回の提案では既存株主に1株あたり30.40ユーロ、これは直近終値に対して78%のプレミアムが乗った金額です。
アックマン氏といえば、しばらく目立った動きがなく、私も「ああ、寝てるのかな」と思っていたところでした。それがいきなり10兆円規模の買収提案に出てきた。「やっぱり起きていたのか」というのが正直な感想です。
UMGの株価は本業の音楽事業の業績とは無関係な要因で低迷していました。フランスのボロレ・グループが18%の株を保有していること、米国上場が延期されていることなど、株価を抑え込んでいた要因があり、アックマン氏は「これらはすべて今回の取引で解決できる」と語っています。買収後はオランダのアムステルダム上場をニューヨーク証券取引所に移す計画です。
メディア・音楽業界全体を見ると、ネットフリックスの強さが突出しており、ウォルト・ディズニー、ワーナー・ブラザース・ディスカバリー、パラマウント・スカイダンス(ラリー・エリソンの息子デイビッド・エリスンが買収)など、業界再編が一気に進んでいます。その中でUMGという巨大な音楽資産を10兆円で取りに行くというのは、なかなかの賭けです。アックマン氏自身もこの一手で改めて存在感を示せるでしょう。
—この記事は2025年4月12日にBBTchで放映された大前研一ライブの内容を一部抜粋し編集しています。






