
横浜市長選、弁護士の原沢敦美氏が当選──新市長が向き合うべきは花博より「みなとみらいの仕上げ」と子育て格差
10月18日に投開票された横浜市長選で、弁護士の原沢敦美(はらさわ・あつみ)氏が有効投票のおよそ4割を獲得して初当選しました。パワハラ認定を受けて辞職し出直し選挙に臨んだ山中竹春前市長は3位で落選。原沢氏は当選後、支援者に感謝するとともに、来年3月に開幕する国際園芸博覧会(GREEN×EXPO 2027)を成功させる決意を示しました。
横浜で育った人間として、私はこの選挙を特別な思いで見ていました。まず、パワハラ認定を受けて辞職した前職の再出馬という異例の構図に、有権者がはっきりとした審判を下したこと。組織や肩書きではなく、市政の信頼回復を選んだ市民の判断は健全だったと思います。原沢氏は航空整備士から弁護士に転じた経歴の持ち主と紹介されており、基礎体力のある方だと期待していますが、市政の経験はこれからです。歴代の市長が代わるたびに、私は横浜の都市戦略について説明を求められてきました。もう6〜7人になるでしょうか。その経験から、新市長に引き継がれる「宿題」を整理しておきたいと思います。
第一の宿題は、みなとみらい21の最後の仕上げです。構想から40年近くを経てなお、この都心臨海部の開発は完結していません。花博のような祭典は一過性のもので、終われば人々の記憶から薄れていきます。都市の価値を決めるのは恒常的な集積であり、残された街区の用途と投資をどう決着させるかこそ、市長が自ら指揮すべきテーマです。第二の宿題は、市民生活の「対東京格差」の解消です。子育て支援や教育の無償化で、東京都は先行して矢継ぎ早に手を打ってきました。隣接する横浜がこの差を放置すれば、子育て世代は通勤圏内で住む場所を選び直すだけです。人口370万の日本最大の基礎自治体が、祭典の成功だけでなく、定住都市としての競争力で東京と伍していけるか。新市長の手腕に注目し、応援したいと思います。
岩井コスモ証券とGMOに不正アクセス──「能動的サイバー防御」の適用を民間が国に求める事態に
岩井コスモ証券は10月21日、インターネット取引システムの委託先が不正アクセスを受け、顧客の意図しない売買取引が行われたと発表しました。売買管理システムの脆弱性を突いた総当たり攻撃によるもので、同社は被害口座を取引前の状態に戻し、顧客に金銭的負担は生じないとしています。またGMOインターネットは24日、FX(外国為替証拠金取引)サービスへの不正アクセスを受け、サイバー攻撃に先手を打って被害を防ぐ「能動的サイバー防御」の適用を政府に緊急要請したと発表しました。攻撃に使われる基盤の追跡・遮断・無力化を国主導で行うよう求めたもので、同社は攻撃者とみられる者から金銭を要求され、応じなければ情報を公開すると脅されているとしています。同社は顧客への補償と1口座あたり5000円の見舞金支払いも表明しました。
この二つの事案が示すのは、金融サービスへの攻撃が「情報が漏れる」段階から「口座が勝手に動かされる」段階へ進んだという現実です。自分の口座で、身に覚えのない売買が成立している。これは金融システムへの信頼の根幹を揺るがす事態です。しかも攻撃者は身代金型の脅迫まで組み合わせており、手口は組織化・産業化しています。証券・FX各社は本人認証の多要素化や取引監視を強化してきましたが、委託先システムの脆弱性まで含めると、守るべき面はあまりに広い。
注目すべきは、GMOが「能動的サイバー防御」の発動を国に求めたことです。この制度は本来、重要インフラへの攻撃を念頭に今年整備されたもので、専門家の間では今回のような個別企業への金銭目的の攻撃は対象外とする見方が示されています。しかし私は、制度の設計時の想定にこだわるべきではないと考えます。攻撃の規模と自動化の水準は、すでに一企業の対応能力を明確に超えています。攻撃インフラの追跡・無力化は国家にしかできない領域であり、「法律の目的と違う」と言っている間に被害は広がる。対象範囲の柔軟な運用か、速やかな制度改正か。民間からの今回の要請は、サイバー防御の官民の役割分担を再定義する試金石になります。企業側も、委託先を含めたシステム全体の点検と、顧客資産を隔離する設計を急ぐべきです。
世界の官民債務5.7京円、フランス国債には売りの動き──「借金の時代」の借り換えリスク
国際金融協会(IIF)の統計によると、世界の官民の債務額は2026年におよそ5.7京円(5京7000兆円)に達し、コロナ禍前の2019年と比べて1.4倍に増加しました。今年の借り換え需要は先進国で約3160兆円、新興国では過去最大の約1400兆円に達する見通しで、コロナ禍の低金利で調達した資金が満期を迎える中、金利上昇による利払い負担の増加が懸念されています。この文脈で象徴的な動きが、三井住友DSアセットマネジメントが10月6日に明らかにした、フランス国債の一部売却とドイツ国債・日本国債への資金移動です。フランスでは財政赤字と来年の大統領選をめぐる懸念から10年債利回りが5%手前で高止まりしており、波乱に備えて同国債から資金を移す動きが広がっています。
「京(けい)」という単位が報道に登場する時代になりました。兆の1万倍です。世界経済はコロナ対応で財政・金融を総動員し、その請求書が金利上昇局面でまとめて回ってきている。これが現在地です。とりわけ危ういのは二つの層です。一つは新興国で、ドル金利の上昇と自国通貨安が重なり、借り換えのたびに利払いが膨らむ。もう一つは先進国の中の「政治が不安定な国」で、フランスはその筆頭になってしまいました。かつて欧州債務危機の主役だったイタリアやギリシャより高い利回りを払う側に回り、運用の現場では粛々と資金の組み替えが進んでいます。
日本の投資家・企業への示唆は三つあります。第一に、国債は「先進国なら安全」という時代が終わり、政治の安定性まで含めた選別の対象になったこと。日本の機関投資家がフランス国債を減らしてドイツと日本に移すという判断は、その象徴です。第二に、世界的な借り換えラッシュは信用市場の目詰まりを起こしやすく、どこかの大型デフォルトが連鎖の引き金になり得ること。リーマン・ショックの教訓は「債務の所在が見えなくなった時が最も危ない」でした。ファンド経由の与信が膨張した現在は、当時より所在が見えにくくなっています。第三に、日本自身も例外ではないこと。長期金利3%台の世界では、国も企業も家計も、借金の「量」ではなく「借り換え計画」で評価されます。自社の有利子負債の満期構成を金利上昇前提で引き直す。財務部門の基本動作が、いま一番の防御です。
高市首相「リフレ政策が必要な局面ではない」──言葉の転換を、政策の転換にできるか
高市首相は10月8日の国会答弁で、金融緩和と財政出動を通じてデフレ脱却を目指すリフレ政策について「必要な局面ではない」と述べ、日銀の自主性を尊重する考えを強調しました。片山財務大臣も先月「首相はリフレ論者ではない」と指摘しています。一方、市場では、日銀の利上げペースが欧米より遅く、政府の財政運営も拡張的であることから、「広い意味でのリフレ政策は続いている」との見方が根強く残っています。
この答弁を、私は一応の前進と受け止めています。振り返れば、2013年から10年以上続いた異次元緩和。大規模な国債買い入れとゼロ金利・マイナス金利は、デフレ脱却という目標に対して、円安と資産価格の押し上げ以上の成果を上げたとは言えません。その間に日銀のバランスシートには国債が積み上がり、金利を正常化しようとすれば日銀自身と金融システムに評価損が跳ね返るという、身動きの取りにくい構造ができてしまった。私が「インプロージョン(内部爆発)」と呼んで警告してきた構造です。米国のベッセント財務長官が日本の金融政策運営に神経を尖らせるのも、日本が追い込まれて米国債を売る事態を警戒しているからで、これは市場出身者ならではの着眼です。
問題は、「リフレではない」と言った後に何をするかです。リフレの反対は、金利を正当な水準に戻し、その金利で経済が回るようにすることに他なりません。借りた人は正当な金利で返す。資本主義の背骨であるこの原則を、日本は10年以上「温室」の中に置いてきました。金利正常化には痛みが伴います。低金利に慣れた企業の淘汰が進み、地方や中小企業からは金利引き下げの大合唱が起きるでしょう。そこで言葉を翻せば、市場は「やはり広義のリフレだ」と見抜き、円と国債に審判を下します。所信表明の「責任ある積極財政」と、今回の「脱リフレ」答弁。二つの言葉の整合性を取れるのは、歳出改革と財源の具体的な数字だけです。言葉の転換を政策の転換として完成させられるか。高市政権の経済運営は、ここからが本番です。
奨学金の金利が上限3%に到達──「借金からのスタート」を人材投資に変える制度設計を
金利上昇の波は、学生の奨学金にも及んでいます。日本学生支援機構の貸与型奨学金では、利率が2021年10月の0.3%から3.4%(変動方式)まで上昇し、固定方式も2021年4月の0.268%から上限の3%に達しました。利払い費の増大は国や自治体の財政も圧迫しており、科学技術振興やインフラ整備の余地が狭まる懸念も指摘されています。
ゼロ金利の時代、奨学金は「ほぼ無利子で借りられる当たり前の制度」でした。しかし金利3%の世界では話がまったく違います。数百万円を借りて卒業すれば、若手の給料から月数万円の返済が10年以上続く。「借金からスタートする人生」の重みが、金利の分だけ増したのです。問題は、いまの制度がその重みに見合う設計になっていないことです。貸与のハードルが低いため、何のために借り、何を身につけて返すのかという緊張感がないまま、広く薄く借金だけが積み上がる。これは学生にとっても国にとっても不幸な構造です。
私はかねて、奨学金は「メリハリ」で設計し直すべきだと主張してきました。第一の柱は、成果に連動した給付化です。一定の成績を修めた学生は返済を免除する。国が人材に投資し、成果で回収する仕組みです。優秀な人材が借金を恐れて進学や挑戦を諦めることこそ、国家の損失です。第二の柱は、それ以外は民間の教育ローンとして明確に「借金」と位置づけることです。この大学でこの分野を学べば必ず返せる。その見通しと覚悟を持って借りる。私自身、親に頼らず自分で稼ぎながら大学院まで通いましたが、自分の投資だと思えば学びの密度は変わります。中途半端に借りやすく、後から重くのしかかる現行制度は、金利ある世界では持続しません。教育費の無償化論と奨学金改革を別々に議論するのではなく、「誰に、何を条件に、国が人材投資をするのか」という一つの設計図にまとめ直す時期です。
美容医療に流れる医師・看護師──診療報酬の「外側」に人材が吸い出される構造
日本経済新聞は10月11日、診療分野の偏りに関する記事を掲載しました。コロナ禍以降、美容医療の需要が高まり、同分野の医師・看護師の求人数は4月時点でコロナ前の6.2倍に拡大。美容分野の医師の平均月給は約141万円と、他分野の医師より40万円以上高く、この待遇差を背景に若手医師や地方の勤務医が美容医療に流れていると紹介されています。
この現象の根っこには、日本の医療制度の構造があります。保険診療は、治療や検査ごとに国が点数(価格)を決める公定価格の世界です。どれほど腕を磨いても、保険の枠内では収入に上限がある。一方、美容医療と歯科インプラントに代表される自由診療は、この点数制度の「外側」にあり、価格を自分で決められます。需要が伸び、価格も自由となれば、収益性に大きな差がつくのは必然で、利潤動機に従って人材が移動するのは市場の論理そのものです。勤務医を長く続けても開業資金が貯まらないと言われる時代に、若い医師が高待遇の分野を選ぶことを、個人の責任として非難しても何も解決しません。なお、費用の高さから美容医療やインプラントを価格の安い韓国で受ける日本人が増えているという逆転現象も起きており、価格差は国境さえ越え始めています。
問われているのは制度の設計です。放置すれば、救急、産科、地域医療といった「保険の内側」の担い手が細り、国民皆保険の土台が痩せていきます。考えるべき方向は二つ。一つは、保険診療の中で技能と労働負荷が正当に報われるよう、診療報酬の配分を思い切って傾斜させることです。一律の点数を守ることが、結果として過酷な分野から人を遠ざけているなら本末転倒です。もう一つは、自由診療の側に質と広告の規律を求めることです。価格の自由は認めつつ、施術の安全性データの開示や誇大広告の規制で、市場の質を担保する。人材の流れを嘆くのではなく、流れを生む「価格の二重構造」そのものに手を入れる。医療人材政策は、もはや厚生行政だけでなく、国の人的資源配分の問題として議論すべき段階にあります。
オムロンが米オンロジックを1046億円で買収、ワールドとTSIは経営統合へ──再編の巧拙を分けるもの
オムロンは10月13日、米国の産業用パソコンメーカー、オンロジックをおよそ1046億円で買収すると発表しました。オンロジックは工場などの過酷な環境でも安定稼働する産業用PCを開発・製造しており、オムロンは自社の高精度な制御技術と組み合わせ、AIがロボットや機械を自律的に動かす「フィジカルAI」分野を強化します。一方、アパレル大手のワールドとTSIホールディングスは10月14日、2027年3月1日付での経営統合を発表しました。ワールドは「アンタイトル」「タケオキクチ」、TSIは「ナノ・ユニバース」「マーガレット・ハウエル」などを展開し、顧客層や価格帯、販売経路の重複が少なく補完できると判断、物流や情報システムの共通化で国内競争力を強化するとしています。
オムロンの買収は、文脈の通った一手です。同社は制御機器が収益の柱で、祖業のスイッチ・リレーなどの電子部品事業はすでにファンドへ売却し、事業の新陳代謝を進めてきました。先週取り上げたシュナイダーエレクトリックによるPTC買収(3兆5600億円)と比べれば規模は数十分の一ですが、方向は同じ「物理世界のAI化」です。制御技術という自社の強みに、現場で動く情報処理のハードを足す。1000億円はオムロンにとって大型投資ですが、何のための買収かが明確で、統合後にやるべきことも見えています。
対照的に、ワールドとTSIの統合は、私にはまだ「何のための一緒か」が見えません。重複が少ないことは補完の根拠にも、シナジーが薄いことの証拠にもなります。物流や情報システムの共通化だけなら、資本統合をせずとも共同配送や外部委託で足ります。アパレルは「尖ったブランド」が支持される時代であり、統合で管理を共通化するほど、ブランドの輪郭が丸くなるリスクさえある。さらに、両社それぞれが多数のブランドと組織文化を抱えたまま一緒になれば、主導権をめぐる内向きのエネルギーが生まれ、1+1が2を下回ることも起こり得ます。小売の買収では、ローソンによる成城石井のように、買った後も相乗効果を出し切れていない例が少なくありません。統合そのものは戦略ではなく手段です。発表資料の「共通化」「補完」という言葉の先に、顧客に何が良くなるのかを語れるか。2027年3月までの統合準備で、その答えが示されることを期待します。
中国で「出国禁止」の新規定、富裕層マネーはシンガポールでも逆風──人もカネも国家管理の時代へ
中国で9月15日、出入国管理に関する新たな規定が施行されました。技術の輸出入管理規定に違反し国家の産業・技術の安全を損なう恐れがある国民の出国を禁止できると定めたほか、出入国申請の理由に虚偽があれば証明書の発給や出入国を認めない権限を当局に与えるもので、10月1日施行の改正国防動員法と合わせ、人とモノを国家が管理する姿勢が鮮明になりました。また日本経済新聞は10月18日、シンガポールの富裕層マネー獲得に逆風が吹いていると報道。中国が5月に違法な越境取引の取り締まりを強化し、7月に海外信託の税制を見直したことで、中国の資産家一族によるシンガポールでのファミリーオフィス設立を見送る動きが広がり、当局の監視が及びやすい香港に人気が移っているとしています。
二つの動きを重ねると、構図がはっきり見えます。優秀な人材が国を出ることも、富裕層が資産を国外に移すことも、国家が握る。中国は、人とカネの流出経路を法制度で塞ぎにかかっています。かつての中国では、体制に不満を持つ人や機会を求める人は華僑として海外に出ていくという「安全弁」がありました。監視技術が行き渡り、出国自体を裁量で止められる今、その弁が閉じられつつあります。富裕層にとっても、香港が実質的に本土の管理下に入り、シンガポールへの迂回路も細った。以前、中国有数の資産家から「資産を国外に持ち出せなければ、海外に出ても自由はない」という嘆きを聞いたことがありますが、その閉塞感は確実に深まっています。
日本にとって、これは二つの意味を持ちます。一つはリスクです。中国事業に関わる人材の出入国が当局の裁量に左右され得る以上、駐在体制や現地の重要人材の配置は、その前提で設計し直す必要があります。もう一つは、歴史的な機会です。前回紹介した通り、中国の優秀な若者が日本の難関大学を目指す流れは太くなっており、留学生予備校から東大に55人が合格する時代です。将来に閉塞感を抱く優秀な層ほど、日本で学び、日本で働くことを真剣に考えている。ただし新規定の下では、「日本で将来を築きたい」という発信すら出国審査の壁になりかねません。来られる人がいるうちに、奨学金、就労資格、採用の受け皿を整えて迎え入れる。人材獲得競争の観点から、日本は静かに、しかし本気で動くべきです。
—この記事は2026年10月25日にBBTchで放映された大前研一ライブの内容を一部抜粋し編集しています。






