
日産自動車・6500億円赤字の本質──ゴーン後の「商品力枯渇」と日本市場軽視のツケ
── コストダウンに偏重した結果、車を作る会社の魂が抜けた
日産自動車が2026年3月期の連結最終損益として6500億円の赤字見通しを発表しました(その後4月27日には為替や固定費削減の効果で5500億円の赤字に上方修正)。最終赤字は2期連続で、過去最大級の規模です。世界で2万人の人員削減と7工場の削減という構造改革を打ち出していますが、私はこの数字の背後にある本質的な問題を語らなければならないと考えます。
日産再建の歴史を振り返ると、ルノーから派遣されたカルロス・ゴーンが断行した「日産リバイバルプラン」は確かに最初は成功しました。しかしその後、ゴーンは二つの致命的な誤りを犯しています。一つはコストダウン一辺倒で、車を生み出す力という日産の生命線をないがしろにしたこと。もう一つは、自分が得意なアメリカ市場に偏重し、日本市場をないがしろにしたことです。ゴーン氏は月に1〜2日しか日本に来ず、来てもマスコミを連れてディーラーで写真を撮って帰るだけでした。その結果、国内シェアは2位から4位に転落しました。
日産はもともと、神奈川・厚木の研究所が生み出す車の魅力で勝負してきた会社です。フェアレディZ、スカイライン、GT-R──ドライバーの心をつかむ走りの良さ、形やデザインの美しさ。これが日産のDNAです。私自身、日産の車を何十台も買ってきましたが、その魅力が基本的に失われてしまいました。今、国内で売れているのはノートとセレナくらい。スカイラインやシルビアといった旧プリンス系の名車を生んだ系譜は、もう細々としか残っていません。
自動車産業全体の構造も大きく変わりました。販売台数で見るランキングと、時価総額で見るランキングが逆転しつつあるのです。フェラーリは販売台数では入ってこないが時価総額では世界6位前後。BMWやメルセデスも時価総額が高い。一方で台数だけ多いフォルクスワーゲンや日産系は時価総額で評価されない。「規模から質へ」という地殻変動が起きており、日産はその逆方向にいるのが現状です。
私が日産再建の方向性として提案したいのは三つ。第一にアライアンスの見直し──ルノーから全株を買い戻し、提携を実質的に解消する。第二に拡大路線の見直し──日本・北中米・中国・欧州・アジア太平洋の5極体制に縮める。第三に段階的なEVシフト──当面はHV人気を取り込みつつ、電池はホンハイなどと組む。そして何より、厚木研究所の人をもう一度取締役に戻し、世界的なカーデザイナーを入れて、スカイライン・Z・GT-Rの新型を本気で開発することです。日産にとって売れる車とは「形がいい」「デザインが好き」と言われる車。原点に戻る以外に、再生の道はありません。
牧野フライス買収中止勧告──MBKを知らない日本政府の「恥」
── 外為法初の中止勧告、しかし相手は日本企業の最大級買い手
政府が、アジア系投資ファンドのMBKパートナーズによる工作機械大手・牧野フライス製作所の買収計画に対し、外為法第27条第5項に基づく中止勧告を出したことが報じられました。2026年4月22日付。財務相と経産相の連名で発出されたもので、2017年の外為法改正以降では初めて、Jパワー事案以来となる歴史的な事例です。牧野フライスの工作機械が日本の防衛装備品メーカーで広く使われていることから、安全保障上の懸念があると判断されたとされます。23日には日系ファンドのNSSK(日本産業推進機構)が買収提案を検討していることも明らかになりました。
私はこのニュースを見て、「これほど恥ずかしい話はない」というのが率直な感想です。財務省や経産省はMBKがどういうファンドかを本当に知らないのではないか。MBKは既に日本で大規模な買収実績を積んでいます。ユニバーサル・スタジオ・ジャパンの再建(ゴールドマン・サックスとの共同事業として5倍の値段で売却)、米ブラックストーンからのアリナミン製薬買収(約3500億円。同社のルーツは武田薬品工業の大衆薬事業)、TASAKI(旧田崎真珠)、コメダ珈琲店、アコーディア・ゴルフ、ゴディバ・ジャパン。皆さんが日常的に手にしている商品やサービスの背後に、MBKが関わっています。
しかも創業者のマイケル・キム氏(Michael ByungJu Kim)は、私自身、彼がハーバード・ビジネス・スクール時代から知っている超一流の人物です。ゴールドマン・サックスを経てカーライル・グループのアジア責任者を務め、2005年にMBKを立ち上げました。共同創業メンバーもカーライル出身の精鋭ばかりで、出資者の顔ぶれもピカピカ。世界で最も審査が厳しいといわれるカナダ・オンタリオ州の年金基金まで資金を入れています。これを「外国のファンドだから」という雑な理由で中止勧告するのは、日本の対外シグナルとして極めて恥ずかしい。
もう一点重要なのは、買収には日本政府だけでなく米国政府、中国政府の独占禁止法上の承認も必要だということです。MBKは既に米国・中国の承認を取得済みでした。これからNSSKが代わりに乗り出しても、米中のクリアランスを取り直すのは並大抵ではありません。本当に防衛産業上の懸念があるなら、その問題が顕在化したときに個別に対応すればいい。日本にもMBKのスタッフはいるのですから。「雰囲気で外資を排除する」のは、対日投資全体を萎縮させる愚策です。
東電会長に横尾敬介氏──「金融出身」でも解けない原発処理の構造問題
── 会社を二つに分けない限り、誰が来てもうまくいかない
東京電力ホールディングスが、小林喜光会長の後任に産業革新投資機構(JIC)の横尾敬介社長を招く方向で最終調整に入ったことが分かりました。日本興業銀行(現みずほ銀行)出身でみずほ証券社長を経てJIC社長を務めた横尾氏が就任すれば、東電会長として5代続けて外部招聘、初の金融出身者となります。M&Aや企業再編の経験を生かし、外部資本の受け入れを含む提携戦略を主導する見通しです。
東電は実態として何度も破綻しています。それでも生き残っているのは、原子力損害賠償・廃炉等支援機構が無限にお金を注ぎ込んでいるからです。M&Aの分かる横尾さんを連れてくるという方向は、外部資本を入れて立て直しを図るという文脈では理解できます。しかし私は、それでは根本問題は解けないと考えています。
私の主張は明確です。東電は二つに分けるべきです。一つは福島第一原発の廃炉・デブリ除去を担う会社で、これは国の参加で運営する。なぜなら、デブリ除去は40年以上かかる事業で、お金がいくらかかるか誰にも分からない。これに資本参加したい民間企業は出てこないし、出てくるとすれば期待を裏切る形になります。もう一つは、柏崎刈羽原発6号機の営業運転再開(4月16日)も含めて、他の電力会社と力を合わせて発電・売電を担う会社。こちらは株式会社として通常の経営マネジメントが効きます。
ところが現状はこの二つを一つの会社のままにし、足りない分を国からの補助で穴埋めする構造になっています。これがあるために世界最大の電力会社が「資本参加したい」という声を集めながらも、福島第一の費用が読めないという理由でディールが進まない。横尾さんは74歳で、40年規模のデブリ除去事業をマネジメントできるとは思えません。電力会社のマネジメントなら経営手腕で対応できるが、原子炉のデブリ除去は別物です。だからまず構造を組み直すこと──分離なくして再建なし。これを横尾さんが提案できるかどうかが、本人の真価を問う最大の論点になります。
長期金利2.49%急上昇──「責任ある積極財政」という言葉の矛盾
── 市場は高市政権の足元を見始めている
10年もの国債の利回りが2.49%まで急上昇しました。先週、市場が高市政権の財政運営に対する不安を一気に織り込んだ形です。同時に円安基調も継続しており、株式市場は成長投資への期待から上昇しているものの、金利上昇が株価の下押し要因となる可能性も指摘されています。
私はこの動きの根底にあるのは、「責任ある積極財政」という言葉そのものの矛盾だと考えています。高市首相は「責任ある」と「積極財政」を組み合わせて使っていますが、少子高齢化が進み、政府債務がGDPの2倍を超える日本で、積極財政をやって責任を取れるはずがない。一方で「責任ある緊縮財政」と「無責任な積極財政」という言葉の組み合わせなら筋が通ります。「責任」と「積極」は両立しない。にもかかわらず両方を看板にしているから、市場は「どちらが本気なのか」と足元を見始めたのです。
参考になるのはイタリアのメローニ首相の事例です。財政が厳しい中で緊縮財政を断行し、結果を出している。メローニ氏と高市首相は仲が良いと聞きますが、政策の方向は両極端です。さらに今後、ホルムズ海峡情勢で原油が高騰すればインフレが加速し、日銀は金利を上げざるを得なくなります。金利を上げなければ円安が進み、輸入物価がさらに跳ね上がる。どちらに転んでも舵取りは極めて難しい局面に入りました。
私はこの市場の警告を、政策の整合性を求めるシグナルだと受け取っています。「成長投資」と「財政健全化」のどちらを優先するのか、その順序を明確に示さない限り、長期金利の上昇は止まらないでしょう。
パナソニックが拓く「マイiPS細胞」革命──5000万円から100万円以下へ
── 再生医療の経済的ハードルを一気に下げる装置開発
パナソニックホールディングスが、患者自身の血液から作るiPS細胞を全自動で培養する装置を開発したと発表しました。京都大学iPS細胞研究財団と組んで2026年4月から実証実験を本格化させ、2028年度の製品化を目指すといいます。これまで手作業による培養では1人あたり約5000万円かかっていた費用を、新装置で50分の1の100万円以下に抑えられる可能性があるとしています。
私はこの開発を素直に評価したい。患者本人の細胞から作る「マイiPS」は、他人由来のiPS細胞に比べて拒絶反応が起きにくいという根本的な優位性があります。一方で、培養を熟練者の手作業に依存していたことが、コストとスケールの両面でボトルネックになっていました。装置内で衛生管理を完結できるようにし、人件費を大幅に削減できれば、再生医療の経済的ハードルが一気に下がります。
再生医療は、これまで「期待は大きいが現実には届かない」分野でした。50分の1のコストダウンが本当に実現すれば、移植医療や難病治療の選択肢が大きく広がります。私は2028年度の実用化に向けて、パナソニックの技術が単発で終わらず、産業として根付くかどうかをしっかり見ていきたい。日本発の医療イノベーションとして、注目に値する動きだと思います。
ノジマが日立家電事業を1100億円で買収──白物家電が量販店の手に渡る意味
── 「中立的なブランド」を量販店経営者が守れるか
家電量販店のノジマが、日立製作所の白物家電事業を1100億円で買収すると発表しました。日立グローバルライフソリューションズ(日立GLS)が新会社を設立し、その株式の80.1%をノジマが取得、残り19.9%を日立GLSが保有する形です。さらにトルコの家電大手アルチェリクと共同設立していた海外事業会社AHHAも傘下に取り込み、国内外の日立ブランド家電を一体運営する体制を構築します。
ノジマは過去に携帯代理店のITX、コネクシオを各約850億円で買収し、2025年1月にはVAIOも買収しています。今回は過去最大の案件です。野島廣司社長は「店舗で得られるお客様の声を製品開発からアフターサービスまで循環させる体制を構築する」と語っています。
ただ、私はこのディールには二つ気になる点があります。一つはノジマが家電量販店として他社にどう中立的な顔を見せられるかです。日立の白物家電はヨドバシ、ヤマダ、ビックカメラといった他の量販店でも売られています。ノジマが事実上の「メーカー」になった時点で、競合量販店が「ノジマ系の商品は扱いたくない」となれば、せっかく買った事業の販路が縮みます。「日立」ブランドを残し、他量販店でも売り続けるという方針はそのリスクを意識したものでしょうが、運営の中立性を実際に保てるかは別問題です。
もう一つは、白物家電というセグメントの将来性です。アメリカではGEもシアーズも白物事業から手を引き、別の所に売却しています。茶物(ブラウン)家電は中国勢にやられ、白物も中国・韓国勢に押されている。ソニーすらテレビ事業をTCLとの合弁にしました。日本の家電は「お客様の声」だけで再生できるほど甘くない構造変化の中にあります。それでもノジマが利益を出している会社であり、1100億円を出せる体力があるのは事実です。挑戦そのものは応援したいが、楽観論は禁物です。
ブルガリア親ロ派政権の誕生──しかし「ロシア寄り」は長続きしない
── EU補助金とのトレードオフが現実を縛る
東欧ブルガリアで議会選(一院制、定数240)が4月19日に投開票され、親ロシア派のラデフ前大統領が率いる中道左派連合「前進するブルガリア(PB)」が約130議席を獲得し、単独過半数を取る勢いとなりました。得票率は約44.6%。ボリソフ元首相が率いる親EU・中道右派の「欧州発展のためのブルガリア市民(GERB)」を大きく引き離しました。EU加盟国でNATOにも加盟するブルガリアにウクライナ支援に消極的な政権が誕生する可能性が出てきたわけです。
私はこのニュースを見て、ハンガリーのオルバン政権との比較で考えています。一見、欧州内の「親ロシア派ベルト」が拡大したように見えるが、ブルガリアの場合は事情が違うと見ています。私自身、トルコから車でブルガリアを通り、ポーランドを経てウクライナまで運転したことがありますが、ブルガリアは穏やかな農業国で、貿易構造もEU依存です。輸出はドイツ、ルーマニア、イタリア、トルコが中心。ロシアとの貿易はそれほど大きくありません。
もう一つ重要なのが、EUからの結束基金や復興基金です。ブルガリアは1人あたりGDPがEU平均より低く、EUからの補助金がインフラ整備や農業に欠かせません。EUから受け取る補助金とEUへの拠出金の差し引き額は受け取り超過の年間19億ユーロ規模で、この資金が来なくなれば、即座に生活水準に跳ね返ります。ロシアに寄り添うことで得られるメリットは、これら経済的便益と比べて極めて小さい。
したがって私の見立ては、ラデフ政権は当初こそ反EU・親ロのレトリックを掲げるが、最終的には実利の前で軌道修正を余儀なくされる、というものです。「ウクライナ支援は反対」と言ってみても、もともとブルガリアはあまり拠出していなかったのですから、実害は少ない。ロシアに振れたところで「経済的に何ももらえない」現実が、政策をEU側に引き戻す力学になります。ブルガリアはオルバン氏ほどには「親ロ路線」を貫けないでしょう。
フランス中銀、米国保管の金129トンを本国移送で2.3兆円利益
── 純度規格更新に名を借りた、地政学的な意思表示でもある
フランス中央銀行が米国に保管していた金129トンを本国へ移動させる過程で、約128億ユーロ(約2.3兆円)の利益を得たことが分かりました。ロンドン地金市場協会(LBMA)の最新の品質基準に合わない古い金を基準に合致する金に置き換えるため、米国でいったん売却し、欧州で同量を再取得した際の価格変動が利益につながった、というのが公式の説明です。仏中銀のビルロワドガロー総裁は「政治的な意図はない」と強調しています。
実利だけ見れば、これはフランス国民にとって朗報だと私は思います。約2.3兆円という金額は、フランスの国家予算の1.5%程度に過ぎないとはいえ、棚ぼたとしては相当な規模です。中央銀行の金保有量はアメリカ、ドイツ、IMF、イタリアが多い。今回の動きを見て、イタリアなどが「うちもやろう」と続く可能性は十分にあるでしょう。
ただし「政治的意図はない」というのは、私はやや額面通りには受け取れません。米国保管の金を本国に戻すという行為自体が、米欧間の信認に対する一つのシグナルです。トランプ政権下で関税や同盟関係が揺れる中、各国中銀がドル資産・米国保管資産の比率を見直す動きの一環として位置づけられます。日本は金保有量がまだ少なく、こうした駆け引きの主役にはなれませんが、外貨準備や金保有のあり方を改めて考える時期に来ているのは確かです。
—この記事は2026年4月26日にBBTchで放映された大前研一ライブの内容を一部抜粋し編集しています。






