
奥田碩氏と朱鎔基氏が相次いで逝去──「開くこと」で成長を生んだ二人の指導者
トヨタ自動車の元社長・会長で、経団連の初代会長を務めた奥田碩(おくだ・ひろし)氏が8月8日、老衰のため93歳で亡くなりました。三重県出身、一橋大学を卒業後1955年にトヨタ自動車販売に入社し、1995年に創業家以外からは28年ぶりとなる社長に就任。97年に発売したハイブリッド車プリウスは、トヨタの環境車戦略を象徴する存在となりました。
また中国では、江沢民政権下で「鉄腕宰相」と呼ばれた朱鎔基(しゅ・ようき)元首相が8月12日、97歳で亡くなりました。1998年から5年間首相を務め、国有企業・金融・行政の三大改革を断行、2001年のWTO加盟を実現して2000年代の高度成長の基礎を築いた人物です。
奥田さんの功績は極めて大きいものでした。トヨタは当時、GMとカリフォルニアで合弁生産をしていましたが、日米貿易摩擦への対応として初めて単独でケンタッキー州に工場を建設する。その用地選定から関わり、現地生産化の流れを主導したのが奥田さんです。後を継いだ張富士夫さんも、米国での部品現地調達比率を高めることでスーパー301条に象徴される通商圧力を回避することに大きく貢献しました。加えてプリウスに代表される環境車路線が、今日のトヨタのハイブリッドという看板につながっています。小泉政権期には経済財政諮問会議の民間議員として規制緩和を推し進めた人物でもありました。
朱鎔基さんは、鄧小平氏の改革開放路線を実務として徹底的に前に進めた人です。上海市長、中国人民銀行総裁、そして首相と要職を歴任し、国有企業の大胆なリストラを断行したため、当然ながら国内に多くの反発も抱えました。それでも彼は、自分が生きているうちの批判は甘んじて受けるが、死んで墓に入った後に掘り返すようなことはしないでほしいという趣旨のことを語っていたと伝えられています。腹の据わった人物でした。日本に対する偏見が薄く、来日して学生と対話するなど、率直で愛嬌のある人柄でも知られました。
この二人の訃報が同じ週に重なったことに、私はある種の符合を感じます。どちらも「外に開くこと」「市場に委ねること」によって自国の成長を作った人物であり、そしてどちらも、いま国内でその功績が十分に語られていない。トヨタでは創業家出身の経営体制が続く中で前任者たちの位置づけが語られにくくなり、中国では現指導部の路線が朱鎔基氏の市場重視路線とはかなり異なる方向に進んでいます。時代が内向きに振れると、開いた時代の功労者は忘れられていく。しかし、日本もトヨタも中国も、いま享受している果実の相当部分は、この世代が「開いた」ことの上に成り立っています。功績は功績として、正確に記録し継承すべきだと私は考えます。
秋田に総額2兆円のAIデータセンター構想、UAEが投資協議──「なぜ秋田なのか」を問い直す
UAE(アラブ首長国連邦)のシハブ・アルファヒム駐日大使が日本経済新聞のインタビューに応じ、秋田市に建設される日本最大級のAI向けデータセンターに、UAEの政府系ファンドが投資する方向で協議していることを明らかにしました。計画は米AIスタートアップのビットグリットと秋田市のIT企業エスツーが特別目的会社を通じて推進するもので、秋田県・秋田市も連携しています。総受電容量は最大500メガワット、整備費は2兆円規模、2030年代前半の稼働を目指し、県内の洋上風力など再生可能エネルギーと冷涼な気候・水資源の活用が前提です。報道では政府系ファンドのムバダラなどが数千億円から1兆円規模の出資を協議しているとされます。
率直に申し上げて、私にはこの計画の設計意図がよく見えません。500メガワットは原子炉1基分(100万キロワット級)のおよそ半分に相当する巨大な電力需要ですが、その根拠とされる秋田県沖の洋上風力については、事業採算の悪化を理由に大型案件の見直しが相次いでおり、電源としての確度は現時点で盤石とは言えません。データセンターはネットワークで結ばれる以上、立地は理屈の上ではどこでも構わない。「なぜ秋田でなければならないのか」という問いへの答えが、電力の見通しとセットで示される必要があります。
視聴者の方から、「事業主体は米国企業、資金はUAE、日本が出すのは土地と電力。データセンターは建設期を除けば雇用を生まず、上流のAIビジネスが秋田に集まる理由も生まれない。自分が知事なら何を交渉条件に取りに行くか」というご質問をいただきました。私の答えは、そもそもこの取引を優先しない、というものです。もちろん海外から資金が入ること自体は歓迎すべきですが、地域が差し出す土地と電力という希少資源の対価が、工事期間中の経済効果にとどまるのであれば、割に合いません。取りに行くとすれば、運営会社の本社機能や研究開発拠点の県内設置、地元人材の育成プログラム、そして電力インフラの共同投資といった、施設が動き出した後も地域に残る条件でしょう。箱を誘致するのではなく、産業を根付かせる交渉ができるかどうか。地方自治体の交渉力が問われる案件だと私は見ています。
日本人が「動かなくなった」──海水浴人口は40年で88%減、パスポート保有率は2割を切る
日経新聞は8月7日、「旅行しなくなった日本人」と題する記事を掲載しました。海外旅行・国内旅行の減少が長期化している背景には、円安や物価高だけでなく、観光を社会全体で支える仕組みの不足があると指摘し、欧州で広がる「ソーシャルツーリズム」。観光を個人の楽しみにとどめず、社会や地域、国際交流を活性化する営みと位置づける考え方を紹介。日本も長期休暇を取りやすくする「休み方改革」と併せ、観光の価値を学び実践できる環境づくりが必要だとしています。また海水浴については、日本生産性本部の『レジャー白書』で年1回以上海水浴をした人が2024年に440万人となり、ピークの1985年(3790万人)から88%減少したことが伝えられています。日本財団の調査では「海に行きたい」と答えた人が59%に上っており、海そのものの人気低下ではなく、荷物の準備や移動の時間・労力がコストとみなされるようになったことが要因と分析されています。
私は、これは観光政策の巧拙という話ではないと考えています。日本人が「動くこと」そのものに対して、極端に消極的になっている。生まれた場所から半径20キロほどの生活圏の外に出ない若者が珍しくなく、休日は近隣の大型商業施設で完結する。海外に至っては、かつて日本人のパスポート保有率は相当に高かったと言われますが、現在の有効旅券数はおよそ2000万件台で、保有率は2割を切る水準まで下がっています。出国日本人数はコロナ禍でほぼ消滅した後、いまだに戻り切っていません。訪日客が4000万人を超えて回復した一方で、出ていく側は1500万人にも届かない。かつて「憧れのハワイ航路」に象徴された時代とは、まったく違う社会になりました。
海水浴の凋落については、私は日本の海水浴場そのものが、施設として近代化されないまま取り残されてきたことも大きいと見ています。仮設の海の家、呼び込み式の駐車場、シャワーの行列。設備は数十年前とほとんど変わっていません。スキー場も同様で、来場者は激減しました。一方で、今年の和歌山・白良浜のように、日除けテントを軸にした過ごし方を提案した場所には人が戻っています。なお、この白良浜の白砂は、砂の流出を補う「養浜」事業として1989年からオーストラリア・パース産の砂が投入されてきたもので、日本の砂ではありません。海に浸かるより日焼けを避けて過ごす、という新しいスタイルが定着したのだとすれば、海水浴場の設計思想そのものを組み替える必要がある。経営の目で見れば、需要が消えたのではなく、提供している商品が時代に合わなくなっているということです。
ドナウ川とライン川の記録的渇水──欧州のエネルギーと物流が同時に止まる
ルーマニア政府は7月31日、記録的な熱波と干ばつでドナウ川の水位が大幅に低下したことを受け、8月いっぱいのエネルギー分野の非常事態を宣言しました。国営ヌクレアエレクトリカのチェルナボダ原発は7月下旬に1号機を停止し、川底の岩石の爆破や台船を沈めて水流を誘導するといった前例のない対策を実施しましたが、水位は回復せず、8月13日には唯一稼働していた2号機の停止作業に入りました。同原発は2基で計約1400メガワット、国内発電量のおよそ5分の1を担っています。また欧州の主要物流網であるライン川でも、ドイツからオランダに入る地点で7月15日の1日平均流量が毎秒771立方メートルとなり、7月として観測史上最低を記録。水深低下により一部の貨物船が通常の2割程度の積載量での運航を強いられるなど、輸送コストにも深刻な影響が出ています。
ここで浮かび上がるのは、欧州のインフラが持つ構造的な弱点です。日本の原発が海岸に立地するのに対し、欧州の原発は内陸の河川沿いに置かれ、冷却水を川から取る設計になっています。フランスもドイツもルーマニアも同じです。川が涸れるという事態は、これまで設計上ほとんど想定されてこなかった。同じ川が内陸水運の大動脈でもあるため、渇水は電力と物流を同時に直撃します。欧州はロシア産ガスからの脱却で一度エネルギー供給網を組み替えたばかりですが、今度は気候そのものが供給の前提を崩しにきている。
ルーマニアはやむなく褐炭火力を再稼働させ、電力輸入も検討する事態となりました。脱炭素の観点からは後戻りですが、電力が足りなければ選択の余地はありません。この事例が示しているのは、エネルギー政策における「多様性」の価値です。単一の水源、単一の燃料、単一の輸入元に依存した設計は、平時には効率的でも、想定外の事象一つで機能不全に陥ります。日本企業にとっても、欧州に生産拠点やサプライチェーンを持つ以上、電力途絶とライン川の輸送制約は現実的なリスクとして計画に織り込むべき局面に来ていると私は考えます。
フィンランド「オンカロ」が世界初の稼働へ前進──核のごみに答えを出した国と、出せない国
フィンランドの放射線・原子力安全庁は8月4日、使用済み核燃料(核のごみ)の最終処分場「オンカロ」について、運転許可に必要な安全要件を満たすとの評価書をまとめました。政府が今後、運転許可の是非を判断し、認められれば商業用の最終処分場としては世界初の稼働となります。オンカロは南西部オルキルオト島にあり、2016年に世界で初めて最終処分施設の建設を開始。使用済み核燃料を専用のキャニスターに封入し、地下約430メートルの硬い岩盤に埋設して10万年隔離する設計です。運営するポシバ社は年内の準備完了を目指しています。
立地を見ると、フィンランドがなぜここを選べたのかがよく分かります。オルキルオト島はボスニア湾に面したスウェーデン側の海域にあり、ロシア国境からは遠い。そして、この一帯は氷河に削られ残った極めて安定した硬い岩盤です。私も坑道の映像を見たことがありますが、あれを掘り上げるのは相当な仕事だったはずです。地質・地政学の両面で条件が揃い、そこに徹底した情報公開による地元の信頼形成が加わって、半世紀以上どの国も答えを出せなかった問題に最初の解を示した。
世界の状況を見渡すと、スウェーデンは処分場の建設に着手し、フランス、スイス、カナダなども手続きを進めています。一方、米国はネバダ州ユッカマウンテン計画が政治的に頓挫しました。ロシアが検討してきた永久凍土(ツンドラ)地帯は、その凍土自体が融解しつつあり前提が崩れています。中国がどこに造るのかも注視すべき論点でしょう。
では日本はどうか。北海道の寿都町・神恵内村などで文献調査が進み、原発立地地域でも動きがありますが、私は次の概要調査の段階で北海道知事が反対を表明し、そこで止まる可能性が高いと見ています。原子力を利用する以上、誰かがどこかで1000年、1万年の単位で引き受けなければならない。フィンランドの成功要因は岩盤の硬さだけでなく、「情報を全て開示し、住民が納得するまで時間をかけた」というプロセスにあります。技術ではなく合意形成の設計こそが、日本に決定的に欠けている部分だと私は考えます。
スペースXが上場後初の決算、850億円の赤字──「テスラ統合」観測が抱えるガバナンスの論点
米スペースXが8月4日発表した2026年4〜6月期決算は、売上高が前年同期比92%増の78億1400万ドル(約1兆2300億円)、最終損益は5億4100万ドル(約850億円)の赤字となりました。6月に世界で過去最大の新規株式公開を実施した後、初の決算発表です。衛星通信サービス「スターリンク」の契約者は前年からほぼ倍増の1200万契約に達し、通信事業の売上高は66%増の42億9100万ドル、営業利益は79%増と好調でしたが、AIモデルの開発やデータセンター投資、大型宇宙船スターシップの研究開発費が損益を圧迫しました。
稼ぎ頭は明確にスターリンクです。衛星通信という参入障壁の高いインフラを押さえ、個人・法人・政府のすべてで契約を伸ばしている。一方、AI事業とロケット事業は投資段階で赤字を垂れ流しており、通信の利益で埋めている構図です。設備投資も急増しており、上場時の高い評価を維持できるかは、この投資が数年内に収益化するかにかかっています。
私が注視しているのは、テスラとの統合観測です。マスク氏は10年前には両社を合併する理由はほとんどないと述べていましたが、今年に入って関係者との協議が報じられ、市場では「するかどうか」ではなく「いつか」が論点になりつつあります。私はこれに懐疑的です。スペースXの企業価値は、衛星通信という高収益インフラへの期待で成り立っています。そこに、中国EV勢との価格競争に晒され成長が鈍化した自動車事業を取り込めば、評価は下方に引き直されるおそれが大きい。しかもスペースXの議決権は事実上マスク氏一人に集中しており、経営判断を外から牽制する仕組みが乏しい。テスラ側の巨額の業績連動報酬が「支配権の変更」で発動しうるとの指摘もあり、少数株主の利益との整合性は丁寧な説明を要する論点です。日本にもスペースX株を買った個人投資家が相当数いますが、事業の魅力とガバナンスのリスクは分けて評価すべきだと私は考えます。
アストラゼネカとBMSの統合協議が破談──世界最大の製薬会社は誕生しなかった
英紙フィナンシャル・タイムズは8月2日、英製薬大手アストラゼネカが米ブリストル・マイヤーズ スクイブ(BMS)との合併に向けた協議を進めていると報じました。実現すれば時価総額4000億ドル規模、売上高で世界最大級の製薬グループが誕生するとみられていました。ところが同紙は8月11日、この協議が打ち切られたと報道。アストラゼネカがBMS株を割増価格で買い取る株式交換案で8月中旬の発表を目指していたものの、報道翌日の8月3日に同社取締役会が協議の打ち切りを決めたとされています。
両社はともにがん領域に強みを持ち、研究開発や販売でのシナジーが見込める一方、事業の重複も大きく、大規模な再編と各国競争当局の審査が避けられない案件でした。医薬品業界は現在、イーライリリーが収益・時価総額ともに首位を走り、メルク、ファイザー、アッヴィ、ジョンソン・エンド・ジョンソンが続く構図です。この2社が一つになれば、その序列を一気に塗り替えることになったはずです。
注目すべきは市場の反応でした。合併協議の報道が出た直後、アストラゼネカ株は9%近く下落し、数日で200億ドル以上の時価総額が失われました。つまり投資家は、この統合を価値創造ではなく価値破壊と判定したわけです。製薬のメガマージャーは、規模の経済よりも研究開発パイプラインの重複整理と統合コストが先に効いてくることが多く、過去の事例でも成功例は多くありません。取締役会が土壇場で引き返したのは、この市場のシグナルを読んだ結果でしょう。私は、規模を追う前に開発力の質を問うという判断は、経営として妥当だったと見ています。なお日本勢では武田薬品が世界トップ10入りを目標に掲げてきましたが、依然として15位前後にとどまっています。規模の競争で追いつくのは現実的ではなく、日本の製薬企業は特定領域での圧倒的な優位を築く戦略にこそ活路があると私は考えます。
オーストラリアでEV比率が21.7%に、BYDがトヨタに243台差──「日本車の牙城」が崩れ始めた
日経新聞がまとめた調査によると、2025年の世界のEVの平均価格がHV(ハイブリッド車)の価格を下回ったことが分かりました。車載電池の価格下落と、中国メーカーによる低価格EVの大量生産・輸出拡大が要因で、特に東南アジアや南米市場でこの傾向が顕著だとしています。さらに同紙は8月14日、オーストラリアで日本車の優位が揺らいでいると報じました。豪州の新車販売に占めるEV比率は7月に21.7%まで拡大し、6月のBYDの販売台数は約1万9000台で、23年連続首位のトヨタとの差をわずか243台にまで縮めています。燃料価格の高騰に加え、中国車の割安な価格と短い納期、そして輸入EVに関税を課さない豪州の政策が背景にあります。
豪州は長年、日本車が圧倒的なシェアを握ってきた市場です。6、7年前には韓国の現代自動車と起亜が伸びてきた局面がありましたが、今回の相手は中国のEVであり、性格が違います。価格と納期という、日本メーカーが得意としてきた土俵そのもので押されている。私は以前ゴールドコーストを訪れた際、街を走る車の顔ぶれが明らかに変わっていることをこの場でご報告しましたが、それが今、統計と報道の形になって出てきました。
この構図は豪州だけの話ではありません。米国、カナダ、欧州でも同じ力学が働きうる。日本勢はハイブリッドで踏みとどまり、いまのところ収益は堅調ですが、それは「EVが高い」という前提の上に立った優位でした。その前提が崩れた以上、猶予はそう長くありません。しかも日本勢はEV化への転換で中国勢にも欧州勢にも遅れをとっており、市場が本格的にEVへ振れたときには苦しい立場に立たされます。「日本車が余裕をもって世界の首位にいる時代」は終わりつつあるという前提で、次の一手を設計すべき局面だと私は考えます。
韓国・台湾の輸出額が初めて日本を上回る──「最終製品を出せない国」の構造問題
日経新聞の調査によると、2026年1〜6月の輸出額で韓国と台湾がそろって初めて日本を上回りました。韓国は4963億ドル(約78兆5000億円)、台湾は4166億ドル(約65兆9000億円)に対し、日本は3844億ドル(約60兆8000億円)。日本の輸出も前年同期比で1割近く増えましたが、韓台はそれぞれ5割近い伸びを記録して差を広げました。AI向け半導体特需を受けて急伸した韓台に対し、日本は半導体関連の素材・製造装置に強みが限られ、恩恵に差が出た形です。集積回路の輸出額を比べると、韓国が1490億ドル、台湾が1330億ドルで各国の輸出総額の約3割を占めるのに対し、日本は212億ドルで全体の約5%にとどまります。
名前を挙げれば、TSMC、サムスン電子、SKハイニックスという数社が国全体の輸出を押し上げているということです。日本は東京エレクトロンや信越化学のように、装置や素材で世界的に不可欠な地位を持つ企業を擁していますが、世界が今カネを払っている「最終製品としての先端半導体」は供給できていない。かつて世界の輸出チャンピオンだった国が、絶対額で韓国と台湾に抜かれたという事実は重く受け止めるべきです。なお、日本の数字がドル換算で目減りしている円安要因もありますが、それも含めて国力の反映だと考えるべきでしょう。
同じ構図は化粧品でも起きています。日経新聞は8月6日、韓国の化粧品産業が水平分業モデルで躍進していると報じました。開発・生産を担うODM企業と、企画・販売に特化する企業が役割を分担し、コスマックスやコルマーといったODM大手が商品開発から量産までを最短3カ月で回す体制を整備。新興ブランドが次々と新商品を投入できる循環をつくり、2025年の韓国の化粧品輸出額は米国を抜いて世界2位(首位はフランス)となりました。これは製造業のTSMCモデルを化粧品に持ち込んだものと言ってよく、資生堂やアモーレパシフィックのような垂直統合型の一気通貫モデルとは発想が根本的に違います。素材は良いものを使いながら、企画の数を増やして市場に当てにいく。半導体でも化粧品でも、産業構造を組み替えた側が勝っている。この共通点にこそ、日本が向き合うべき論点があると私は考えます。
出生数が11年ぶりに前年を上回る──「丙午」を気にしない社会になった意味
厚生労働省が毎月発表する人口動態統計(外国人を含む速報値)によると、2026年1〜5月の出生数の合計は28万2222人で、前年の同じ期間(28万979人)を0.4%上回りました。この期間で前年を上回るのは2015年以来11年ぶりで、婚姻数が2年連続で増加したことなどが背景にあるとみられます。
私はこの数字を、少し意外な思いで見ています。というのも、2026年は60年ぶりの「丙午(ひのえうま)」の年にあたるからです。前回の1966年には、丙午生まれの女性にまつわる迷信を避けようとする動きから、出生数が前年比で25%以上も落ち込むという極端な現象が起きました。ところが今回は、そうした落ち込みがまったく見られない。「女性が強いのは当たり前ではないか」という感覚が社会に定着し、60年前の迷信が事実上効力を失ったということです。日本社会も変わったのだと、私は率直に評価したいと思います。
もっとも、これで少子化が反転したと考えるのは早計です。第一子出産時の母親の平均年齢は31歳前後で高止まりし、出生数の中心も25〜29歳から30代へ移行しています。加えて、この速報値は日本に暮らす外国人を含む数字です。在留外国人が400万人を超える規模になった現在、日本人同士の出生動向だけを取り出せば、また違った像が見えてくる可能性があります。数字が下げ止まった要因を精緻に分解しなければ、有効な政策は設計できません。婚姻数の増加という好材料が出ているうちに、住宅、雇用、保育の各領域で結婚と出産の障害を取り除く施策を集中的に打つ。その機会は、そう長くは続かないと私は見ています。
—この記事は2026年8月16日にBBTchで放映された大前研一ライブの内容を一部抜粋し編集しています。



