
日銀の追加利上げ局面とFRBウォーシュ新議長──金利急騰と円安リスクの板挟み
10年物国債の利回りが5月18日、一時2.8%とおよそ29年ぶりの高水準となりました。日銀の植田総裁は「早いスピードで上昇している」との認識を示し、国債市場の動向を政府と連携しながら注視する考えを表明しました。一方、米国ではFRB元理事のケビン・ウォーシュ氏が5月22日、新議長に就任しました(上院承認は5月13日、賛成54・反対45)。前任のパウエル氏は5月15日に任期満了。ウォーシュ氏は就任式で「改革志向のFRBを率いる」と述べ、インフレ抑制への決意を強調しました。
植田総裁の顔には「次回は必ず金利を上げるぞ」と書いてあります。通常は0.25%ですが、今度は0.5%くらい上げるのではないかと私は見ています。問題は米国の動向です。トランプ氏は「下げろ下げろ」とパウエル氏に迫ってきましたが、中東情勢の緊迫化でインフレ懸念が強まり、米国も金利を上げざるを得ない局面に来ています。米国が再び利上げに転じれば、円で持つよりドルで持つほうが利回りが良くなり、円からドルへ資金を移す動きが加速します。
そうなると円安が進み、輸入物価がさらに上がる。日本経済はかなり苦しくなります。だからこそ、日銀はここで日米の金利差を埋めるために、0.5%程度の利上げを明確に打ち出す必要があると私は考えています。中途半端な対応のままでは、国債が暴落して打つ手がなくなる。新議長のウォーシュ氏は、歴代FRB議長の中でも飛び抜けて資産家で、トランプ政権に見出されて議長になった人物ですが、市場からは「必ずしもトランプの言いなりにはならない」と見られています。インフレ退治をかなりアグレッシブに進めるのではないかと、私は予想しています。
私立大学250校削減と経団連の科学技術立国提言──ずれ続ける教育論議の本質
財政制度等審議会の分科会は4月23日、2040年までに私立大学を少なくとも250校削減する目標を示しました。18歳人口が2024年比で3割減少する見通しを踏まえ、同じ割合で大学を減らし、大学数の適正化と教育の質向上を図るという考えです。一方、経団連は5月11日、科学技術立国へ向けた提言をまとめ、技術者を増やすため高等専門学校(高専)を新設するほか、スイスのような職業人材育成モデルを構築すべきだと指摘しました。
率直に言って、みんなポイントがずれています。少子高齢化で生徒が減れば、教員はかなり余ってくるはずです。本来なら、その余力を生かして個別指導を手厚くし、一人ひとりが望む技術を身につけさせるべきなのに、先生の側にそれができない。なぜなら、日本の大学教員は大学・大学院で研究をやってきただけで、指導力の訓練をほとんど受けていないからです。ここに根本的な問題があります。さらに公的支出の水準も低い。OECDの中でも日本の教育への公費支出はGDP比で低く、学費の3分の2を本人や奨学金で賄わなければならない構造です。
私が最大の問題だと考えているのは、文系偏重です。高校2年で理系と文系に分けるのは世界でも日本だけで、受験が楽な文系に3分の2以上が進む。これでAI時代の人材が育つはずがありません。解決の方向性は二つあります。一つは理系を増やすこと。もう一つは外国人留学生を大量に受け入れ、彼らを指導する過程で教員自身を鍛え直すことです。米国を見れば、台湾系、ユダヤ系、イスラエルから来た人材が大学を支え、イーロン・マスク氏のように南アフリカから来た人物がイノベーションを起こしている。多様な人材なくしてイノベーションは起こりません。日本の教育は、文部科学省も含めて根本から発想を変える必要があります。
マイナンバーカード義務化の提言──生体認証なき制度は「ゼロからやり直す」しかない
自民党の政務調査会・政調審議会は5月19日、政府のデジタル政策に関する提言を了承しました。マイナンバーカード取得の義務化や、カード保有を前提とした行政サービス・民間利用の拡大などを盛り込んだものです。4月末時点のカード保有枚数は約1億300万枚、人口に対する保有比率は83%に達していますが、プライバシー侵害や情報漏洩リスクを懸念する声は依然根強いのが現状です。
はっきり言えば、現行のマイナンバーカードは制度設計に大きな問題を抱えています。最大の弱点は、生体認証がないことです。インドは14億人の国民を「アドハー(Aadhaar)」で管理し、10本の指紋と虹彩による生体認証を使っています。これがあるから、政府は全国民に直接お金を送ることも、AさんからBさんへ送金することもできる。ところが日本のマイナンバーは住基ネットから出てきた仕組みで、各地方自治体ごとにバラバラのものを後から統合しようとした経緯があります。だからこそ「消えた年金問題」のようなことが起き、いざ給付金を配ろうとしても効率的な配り方が定まらないのです。
カードを取得しても「取られたら怖い」と家に置いたままにする人が多く、実際には機能していません。健康保険証の代わりにマイナンバーをと言いながら、今も従来の保険証の代わりとなるものを送ってきて、結局そちらで済んでしまう。私の見立てでは、この制度は一度全部ご破算にして、生体認証を組み込んだ形でゼロから作り直さない限り、不正利用の懸念は消えず、国民の信頼も得られません。「保有率83%」という数字を掲げて義務化を進めても、制度の根幹に欠陥がある以上、本質的な解決にはなりません。
いすゞがUDトラックスを吸収合併──国内トラック「4社体制」の終焉
いすゞ自動車は5月13日、完全子会社のUDトラックスを2027年度内に吸収合併すると発表しました。UDの法人格は消滅し、ブランドとしては存続します。両社の販売拠点を統合し、国内のトラック整備網を手厚くする狙いです。これにより、長年続いた国内トラック4社体制(いすゞ・日野・三菱ふそう・UD)は、「いすゞ・UD連合」と、2026年4月に経営統合して持株会社ARCHION(アーチオン)となった「日野・三菱ふそう連合」の2強体制へと再編されます。
日本のトラックメーカーはかつて、いすゞ、日野、三菱ふそう、UD(旧・日産ディーゼル)の4社体制でした。三菱ふそうは三菱自動車のリコール隠し問題で分社化され、ダイムラー傘下に入った経緯があります。今回、いすゞがUDを吸収し、日野(トヨタ系)と三菱ふそう(ダイムラー系)が一緒になることで、構図が一気に塗り替わりました。
この再編で私が注目しているのは2トン車の行方です。世間の注目は4トン車や10トン車、バスに集まりがちですが、実は2トン車が極めて重要なのです。台数が多く、配送やゴミ収集に使われる。東京のゴミ収集車はほとんどがいすゞです。一方、三菱ふそうは「キャンター」という2トン車の領域で強い。自治体によっては2トン車が地域インフラを支える基幹車種で、数も多く売りやすい。新しい2強体制の中で、いすゞの2トン車と三菱ふそうのキャンターがどう競い合うかは、地味に見えて自治体向けビジネスを大きく左右します。脱炭素や自動運転への巨額投資が必要な時代に、4社が個別に生き残るのは現実的ではなく、この再編は必然だったと私は見ています。
森ビル15年ぶり社長交代、向後新社長へ──六本木五丁目西プロジェクトが次の大仕事
森ビルは5月20日、向後康弘取締役常務執行役員が6月の定時株主総会を経て社長に就任する人事を発表しました。向後氏はこれまで虎ノ門ヒルズや麻布台ヒルズの再開発事業などに携わってきました。同社は虎ノ門ヒルズや麻布台ヒルズなどの大規模再開発が軌道に乗り、営業利益も過去最高を更新しており、新体制で成長戦略を加速させる考えです。15年ぶりのトップ交代で、辻慎吾社長は代表権のない会長に就きます。さらに森ビルは住友不動産と共同で、東京都港区の大規模再開発(約10万平方メートル、2棟のタワーと人工の森を整備)に香港の高級ホテル「ローズウッド」を誘致すると発表しました。東京都内では初進出です。
森ビルは、創業家の兄弟が分かれた歴史を持つ会社です。森章氏は森トラストとしてホテル事業に力を入れ、森稔氏が率いた森ビルが六本木ヒルズや虎ノ門ヒルズといった大規模開発を担ってきました。森稔氏の没後、辻慎吾氏が15年にわたって社長として経営を担い、今回その辻氏とともにプロジェクトを進めてきた向後氏が後を継ぐことになります。
向後新社長の大きな仕事は、六本木五丁目西プロジェクトです。森稔氏は、三井のミッドタウンがある外苑東通りに進出することを長年の悲願としていました。六本木ヒルズのある場所から外苑東通りまでの土地を取得し、ロアビルや手前の駐車場まで押さえて準備を進めていた。新しい図面を見ると、高さの異なる2棟の巨大ビルが計画されており、六本木ヒルズ(私たちは六本木6丁目6番地にちなんで「66ビル」と呼んでいました)よりも大きなビルになりそうです。私は森稔氏とヴィーナスフォートの経営を一緒にやっていた縁があり、彼がいつもアイデアやモデルを見せてくれたのをよく覚えています。森稔氏は数十年先まで構想を描いていた人で、この外苑東通りへの展開は、彼が考えていた最後の仕上げと言えます。それを向後新社長が実現する役回りになります。
米中首脳会談で習近平が高市首相・頼清徳総統を名指し批判──日米同盟に楔
5月14日に行われた米中首脳会談で、中国の習近平国家主席が高市早苗首相と台湾の頼清徳総統の2人を名指しし、「両氏が地域の平和を脅かしている」と主張していたことが分かりました。習氏は両氏を支援しないようトランプ大統領に迫ったとされますが、トランプ氏はこれに同調せず、「高市氏は批判されるような指導者ではない」と擁護したと、日米外交筋が明らかにしています。会談後、トランプ氏は高市氏に電話で内容を共有しました。英紙フィナンシャル・タイムズによれば、習氏は日本の「再軍備化」を批判し、防衛費増額を協議した際に口調が激しくなり、米当局者を驚かせたといいます。
地域の平和を一番脅かしているのは、むしろ中国自身ではないでしょうか。報じられているところでは、習近平は高市首相を「新型軍国主義」になぞらえるような形で批判したとされます。昨年11月の高市首相の台湾有事に関する国会答弁に中国が反発して以降、米中首脳が対面で会談したのはこれが初めてでした。習近平の狙いは、「独立勢力」と敵視する頼清徳氏とあわせて高市首相を非難することで、日米同盟にくさびを打ち込むことにあったとみられます。
ただ、トランプ氏が習近平の主張に同調しなかったというのは、私はおそらく事実だと見ています。理由はその後の動きです。トランプ氏は台湾の頼清徳総統について「彼と話す、私は誰とでも話す」と語り、武器売却を中国との交渉材料にする考えを示しました。これに中国外務省は「断固反対する」と猛反発しています。トランプ氏は中国が考える「台湾は中国の一部」という立場をそもそも理解していない。だから米国の国家元首が台湾の総統と直接話すことが中国にとってどれほど許しがたいことか、わかっていないのです。歴史と地政学への理解の浅さが、外交の足元を不安定にしています。
プーチン訪中と中露共同声明──日本の「再軍備」を批判する筋違い
ロシアのプーチン大統領が中国を訪問し、5月20日に北京で習近平国家主席と会談しました。両首脳はエネルギーや貿易、教育分野など40件の協力で合意。共同声明では「世界が分裂と弱肉強食のジャングルの法則に回帰する危険性がある」とし、米国を念頭に覇権主義や強圧的な政策を批判しました。あわせて、日本の再軍備路線を「脅威」だと名指ししました。
これは筋違いも甚だしい話です。自分たちこそ軍備をどんどん拡張しているではないか、という話です。日本は憲法を守って再軍備をしていない。むしろ「日本は憲法を破って再軍備している」と中国は主張するわけですが、日本の憲法について中国がとやかく言う問題ではありません。「余計なお世話だ」と一発かましてくれるといいのですが、日本政府はその辺が弱い。
この中露接近を放置しておくと、ろくなことにならないと私は考えています。エネルギーで結びついた中露が、米国を共通の敵として共同声明を出し、ついでに日本を「脅威」と名指しする。これは単なる外交辞令ではなく、東アジアの安全保障環境を中露が主導して規定しようとする動きの一環です。日本は、中国の不当な批判には毅然と反論しつつ、米国との同盟を軸に、冷静かつしたたかに対応する必要があります。黙って受け流すだけでは、相手の土俵で押し込まれてしまいます。
SpaceX史上最大IPO──時価総額318兆円、日本の全証券取引所に匹敵する規模
米SpaceXは5月20日、6月12日に予定するナスダック上場の目論見書(S-1)を公表しました。ゴールドマン・サックスなど5社が共同主幹事を務め、日本を含む米国内外で公募を実施します。初めて公開された財務状況では、2025年12月期の最終損益が約7800億円の赤字であることが判明しました。一方、IPOの調達額は約12兆円、評価額(時価総額)は約2兆ドル(約318兆円)とみられ、サウジアラムコを上回る史上最大のIPOとなる見通しです。創業者のイーロン・マスク氏は議決権の85%超を確保し、自身の経営権を盤石にする体制を整えています。
時価総額318兆円というのは、すさまじい数字です。NVIDIA、アルファベット、そしてこのSpaceX、さらに上場が見込まれるOpenAI。こうした巨大企業を見ていくと、考えさせられることがあります。日本の証券取引所に上場している会社の時価総額の総計が約8.18兆ドル。NVIDIAとSpaceXのたった2社を足すだけで、日本の全上場企業の合計を上回ってしまうのです。
ここで私が強調したいのは、「アメリカは世界にいじめられて弱くなっている」というトランプ氏の物語が、いかに事実と異なるかということです。トランプ氏は「だから関税だ」と言いますが、冗談ではない。世界最大級の時価総額を持つ企業はほとんどが米国企業であり、AIと宇宙と通信を束ねるSpaceXのような会社が史上最大のIPOを実現しようとしている。最終損益が7800億円の赤字であっても、これだけの資金を調達してロケットを次々と打ち上げ、宇宙空間にAIサーバーを並べる構想まで描いている。アメリカが弱いどころか、圧倒的に強い。この現実を直視せずに「保護主義で米国を守る」という発想がいかに的外れか、SpaceXのIPOがはっきりと示しています。
Anthropic「Claude Mythos」が脆弱性1万件発見、カルパシー氏が移籍──AIの攻防が新段階へ
米Anthropicは5月22日、AIモデル「Claude Mythos(クロード・ミトス)」を利用した企業で、危険度の高いソフトウェアの脆弱性が1万件以上見つかったと発表しました。Mythosは現在一般非公開で、米国のIT企業など約50社に限定提供されています。同社は企業に対し修正対応を急ぐよう求めました。同じ時期に、米OpenAIの共同創業者であるアンドレイ・カルパシー氏がAnthropicに入社したことも判明。同氏はXに「今後数年間は大規模言語モデルの最前線において特に重要な時期になる」と投稿しています。一方、トランプ大統領は5月21日、最先端AIの安全対策に関する大統領令への署名を延期したと発表しました。
Mythosがあっという間にソフトウェアの弱点を1万件以上も見つけたというのは、すさまじいことです。わずか50社にしか開放していない段階でこれです。逆に言えば、これがハッカーの手に渡ったときに何が起こるか。それを考えると恐ろしい。だからこそ、Mythosはコントロールされた環境の中で使ってもらわなければ危ない。AIによるサイバー攻撃は、ランサムウェア(身代金要求型ウイルス)の脅威とも直結します。国内でもランサムウェア被害で身代金を支払った企業の約6割が、支払ってもデータを復元できなかったという調査結果が出ています。
そうした中で、トランプ氏がAI安全対策の大統領令署名を延期したのは問題です。「中国や各国をリードする妨げになることはしたくない」という理由ですが、何とかしてくれないと困ります。AIの安全性を開発企業が自主的にチェックして良ければOKというやり方では、第三者の検証が働きません。政治の側にその技術的判断を下す能力があるとも思えない。だからこそ、独立したしっかりした検証組織を作る必要があります。産業振興と規制緩和に前のめりになる前に、国民や企業をサイバーリスクからどう守るのか、そちらにこそ力を入れてほしいと私は考えます。カルパシー氏のようなトップ人材がAnthropicに集まり、AIの能力が急速に高まっているからこそ、その制御と安全保障の枠組みづくりが急務なのです。
—この記事は2026年5月24日にBBTchで放映された大前研一ライブの内容を一部抜粋し編集しています。






