
CNN創業者テッド・ターナー氏の死去、そしてパラマウントによるワーナー買収──「アトランタの自由」が遠ざかる
米CNN創業者のテッド・ターナー氏が5月6日、フロリダ州の自宅で死去しました。87歳。1938年にオハイオ州シンシナティで生まれ、父親から引き継いだ広告事業を足がかりに1970年にアトランタの放送局を買収、1980年6月1日には世界初の24時間ニュース専門局「ケーブル・ニュース・ネットワーク(CNN)」を立ち上げました。湾岸戦争のバグダッドからの生中継、ベルリンの壁崩壊の生中継など、メディアの歴史を塗り替えた人物です。同じ週、米ワーナー・ブラザース・ディスカバリー(WBD)は4月23日の臨時株主総会でパラマウント・スカイダンスによる買収提案を承認しました。買収額は1100億ドル、約17兆円規模。9月末までの完了を目指す巨大再編です。
ターナー氏のCNNが残した影響力は、計り知れないものがあります。アメリカ三大ネットワーク(ABC・CBS・NBC)から離れたアトランタを拠点に、24時間ニュースを流し続ける。このスタンスがあったからこそ、CNNは戦地から大砲の音まで届けることができた。クリスティアン・アマンプール記者やラリー・キング氏といった伝説的な顔ぶれが視聴者を引き寄せ、各国の現地語で放送するというグローバル運営も、ターナー氏の自由奔放さの上に成り立っていました。私もラリー・キング氏の番組に出演したことがありますが、あの独立性の手触りは今も忘れません。環境保護や核兵器廃絶への寄付、ジェーン・フォンダ氏との結婚と離婚、国連への巨額寄付。「メディア界の異端児」と呼ばれた彼の自由奔放な行動様式そのものが、CNNの編集スタンスを規定していたと言ってよい。
問題は、その「独立資本」がもはや残っていないという事実です。WBDはパラマウント・スカイダンスに買収される。同社CEOは米オラクル創業者ラリー・エリソン氏の息子であるデビッド・エリソン氏。トランプ大統領の影響力がメディアに直接及びかねない構図が、一気に強まりました。アトランタで言いたいことを言うというCNNの気風が守られるかどうか。私は強い懸念を持っています。ターナー氏の遺産が、制度として、編集権として残るかどうかは、これからの数年で問われることになります。
UAEがOPEC・OPECプラスを脱退──エネルギー秩序の地殻変動と日本への含意
アラブ首長国連邦(UAE)は2026年4月28日に国営メディアを通じ、5月1日付で石油輸出国機構(OPEC)およびOPECプラスから脱退すると発表しました。UAEはOPEC加盟12カ国のうち第4位の生産量を持ち、サウジアラビア主導の協調減産と長く距離をとってきた経緯があります。アブダビ国営石油会社(ADNOC)は2027年までに日量500万バレルの生産能力拡張を目指しており、自国の戦略を優先する姿勢を鮮明にしました。直接の引き金は、ホルムズ海峡情勢で原油供給が混乱する局面において、サウジが事前通告なくアメリカ軍に対し空軍基地の使用や領空通過を許可しないと通知した、湾岸内部の亀裂です。
このニュースの本質は、原油の需給バランス論ではなく「カルテル統治の終わり」です。実際の生産量で見れば、世界1位は米国、2位はサウジ、3位はロシア。OPEC加盟国の中ではイラン、イラク、UAEなどが主要産油国に位置し、UAEがここから抜けた以上、「OPECで一枚岩」という前提自体が崩れます。カタール(2019年)、エクアドル(2020年)、アンゴラ(2024年)と続いた離脱の系譜の総決算と言ってよい局面です。
日本にとっては、必ずしも悪い話ではないと私は見ています。これまではサウジを通じてOPECと対峙する必要がありましたが、これからはUAE、カタール、アブダビと個別に交渉できる。LNGはカタール、原油はアブダビと、相手と用件を選んで条件を詰める余地が広がります。日本の中東におけるエネルギー外交は、「OPEC全体との対峙」から「個別案件型」へと舵を切るべきです。これは日本企業にとってはむしろチャンスでもあります。
セブン&アイが北米コンビニ645店閉鎖・設備投資3200億円──上場前の磨き上げに入る
セブン&アイ・ホールディングスは4月23日、北米コンビニ事業の構造改革を加速する方針を打ち出しました。2027年2月期に全体の5%にあたる645の不採算店舗を閉鎖する一方、設備投資を前期比5割増の3200億円に増やし、1300店舗の新規出店と7000店舗の改装を進めるという計画です。米子会社セブン-イレブン・インクの上場時期は「最短で27年度」へ延期されたばかり(4月9日発表)。それまでに収益力を引き上げる、まさに上場前の磨き上げ局面に入ったといえます。
セブン&アイの戦略は、こう読み解くべきです。同社はカナダのアリマンタシォン・クシュタール(ACT)から買収提案を受け、それを退けた経緯があります。その時に株主から突き付けられた論点は「アメリカを切り離せ」「企業価値を引き上げろ」というものでした。海外コンビニ事業の2025年2月期営業利益は2162億円(前期比28.3%減)。北米事業は売上規模では国内コンビニを圧倒的に上回るにもかかわらず、利益では国内コンビニ(営業利益2000億円弱)と肩を並べる程度です。要するに、「規模はでかいが収益性が低い」というのが米国事業の正体です。
構造改革で企業価値を引き上げてから米国子会社を上場し、株主への説明責任を果たす。戦略自体は理にかなっています。ただし、米国コンビニ市場ではクシュタールやサークルKがしぶとく、ガソリン売上に依存する旧来モデルからの脱却も道半ばです。「7000店の改装」を本当に消費者体験の差別化につなげられるかどうか。上場前の3年が、セブン&アイにとっての正念場になると私は見ています。
ホンダ、カナダEV工場「無期限凍結」と韓国4輪撤退──戦略の迷走と長期政権の弊害
ホンダは2024年4月、カナダ・オンタリオ州アリストンに150億カナダドル(約1兆7000億円)を投じてEV専用工場と車載電池工場を建設すると発表しました。年間生産能力は最大24万台、2028年稼働を目指していました。ところが2025年5月に稼働を2年延期、そして2026年5月、関係者によれば計画を「無期限で凍結」する方針を固めたと報じられています。米国のEV需要が伸び悩み、米オハイオ州の旗艦EV「0シリーズ」やソニー・ホンダモビリティの「アフィーラ」の開発も中止。EV戦略全体で最大2.5兆円の損失計上見通しで、2026年3月期決算は最大6900億円の最終赤字となる見込みです。一方、4月23日には韓国市場での4輪事業から2026年末で撤退し、2輪事業のみを残すことを発表しました。
ホンダの戦略には、いくつもの疑問があります。第一に、カナダはホンダがしっかり実績を積んできた市場です。そこへ1.7兆円を投じてEV工場を作ると宣言した直後に、まずは2年延期、そして無期限凍結というのでは、現地政府やサプライヤー、そして社員にも顔向けできません。「計画の撤回ではなく凍結」という言い回しは経営の責任を回避する典型的なレトリックです。第二に、韓国市場の4輪撤退は、現地販売規模が年間2000台を下回るという現実から見ればやむを得ない判断ですが、韓国の2輪市場では24年連続1位を取り続けてきた事業基盤を考えると、4輪戦略の失敗は明らかです。ヒョンデやキアが世界市場で攻勢をかけている時に「お互い様」では済まされません。
もう一つ私が問題だと考えているのは、これだけ戦略が揺れているにもかかわらず、経営陣の責任が問われない社内風土です。長期政権が続き、社内で異を唱える人がいない。これでは迷走を止めようがありません。本田技研工業はもともとエンジニアリングのDNAで世界に挑戦してきた企業です。今のホンダに必要なのは、ガバナンスの透明化と、創業の原点に立ち戻る経営の覚悟ではないかと、私は思います。
アップル15年ぶりCEO交代──ハードウェアエンジニア出身のターナス氏に託すAI戦略
米アップルは4月20日、ティム・クックCEOが9月1日付で退任し、ハードウェアエンジニアリング担当シニアバイスプレジデントのジョン・ターナス氏が次期CEOに昇格する人事を発表しました。クック氏は2011年のスティーブ・ジョブズ氏の後任就任以来、ウォッチや動画配信、金融サービスへと事業を拡大し、時価総額を約3500億ドルから4兆ドル超へと10倍以上に押し上げてきた経営者です。年間売上高も2011年度の1080億ドルから2025年度には4160億ドル超へとほぼ4倍に拡大しました。退任後はエグゼクティブ・チェアマン(執行会長)として残り、各国の政策当局者との対話などに引き続き関わります。
この交代を、私は単なる世代交代ではなく「アップルが何を強みと見定めたか」のメッセージとして読み解いています。クック氏はサプライチェーンと財務管理の達人で、巨大企業を盤石にする運営手腕を見せました。しかし生成AIの時代に入って、アップルのAI戦略は明らかに周回遅れ。一方、ターナス氏は25年以上アップルに在籍し、iPad全世代やAirPods、Apple Vision Proなど主要製品の開発を率いてきたエンジニア出身です。スティーブ・ジョブズ時代の「プロダクトデザインのアップル」への回帰を狙った人事と読むのが自然です。
ただし、ターナス氏に問われる課題は明確です。サービス部門は確かに伸びているが、ウェアラブル(Apple Vision Proを含む)は伸び悩み、AI生成領域では存在感が乏しい。私が見たいのは、iPhoneという稼ぎ頭の「次」をターナス氏が提示できるかどうかです。iPhoneを軸にした巨大経済圏を守りつつ、新しいハードウェアのカテゴリーをどう立ち上げるか。今夏のクック・ターナス引き継ぎ期間に示される準備が、ターナス時代に実を結ぶかどうかが見どころです。
Anthropic-SpaceX提携と「年率80倍成長」──AIインフラ競争が宇宙へ広がる兆し
米Anthropicは5月6日、米SpaceXとの大型計算インフラ提携を発表しました。SpaceXが米テネシー州メンフィスで運営するAIデータセンター「Colossus 1」の全計算容量を、Anthropicが1か月以内に利用可能にするという内容です。容量は300メガワット超、NVIDIA GPU 22万基以上。Anthropicのダリオ・アモデイCEOは、当初想定していた10倍規模の成長をはるかに上回り、2026年第1四半期の売上高と利用量が年率換算で80倍のペースに膨らんだという見通しを示しました。年間経常収益(ARR)は2025年末の90億ドルから2026年4月時点で300億ドル(約4兆5000億円)に拡大しています。Anthropicは並行して、Amazon(最大5GW)、Google・Broadcom(5GW)、Microsoft・NVIDIA、Fluidstackなどとも巨額契約を重ねており、複数年にわたる計算インフラの分散調達戦略を進めています。
私はこの提携を、二つの観点で重要だと見ています。一つは「年率換算80倍」という数字の異常さです。様々な業界の急成長企業を見てきましたが、年率80倍は産業史上ほとんど聞いたことがありません。AIエージェントが企業内に一気に入り込み、コーディング支援「Claude Code」を筆頭に推論需要が爆発的に増えたことが背景にあります。
もう一つは、SpaceXとの提携に潜む「宇宙空間データセンター構想」です。地上のデータセンターは、電力・用地・冷却水のすべてが限界に近づきつつあります。イーロン・マスク氏は以前から、衛星軌道上にデータセンターを置き、太陽光で電力を賄い、宇宙空間で自然冷却するという構想を温めてきました。Anthropicとの今回の提携にはこの軌道上計算容量の共同開発も視野に入っているとされており、AIインフラの舞台が宇宙へと広がる予兆を感じます。同時にIMFは、こうしたAIインフラの集中が、金融機関への同時サイバー攻撃時にシステミックリスクとなる可能性があると警鐘を鳴らしました。問題提起だけで解決策を示さないのは官僚の発想そのもので物足りませんが、警告自体は受け止めるべきです。原子力に代わってAIが抑止力になるという論調も含めて、AIをめぐる議論はすでに「経済」から「安全保障」の領域に踏み込んでいます。
経産省「2040年に文系80万人余剰」──文部科学省と教育構造への根本的な問い
経済産業省は3月、2040年の就業構造推計(改訂版)を公表しました。AI・ロボットの普及により事務職が約440万人余剰になる一方、AI・ロボット利活用人材が約340万人、現場人材が約260万人、大卒・院卒の理系人材が約120万人不足するという内容で、最も衝撃的だったのが「大卒・院卒の文系人材が約80万人余剰」(大卒61万人+院卒15万人)という推計です。並行して日経新聞がまとめた2026年度の企業の採用計画調査では、中途採用比率が初めて50.3%と過半数を超えました。
この問題の根本は、経済産業省ではなく、文部科学省にあります。高校2年生で文系・理系を分けるという仕組みを残している国は、いまや世界で日本だけです。しかも7割が文系を選ぶ。理由は「受験が楽だから」。これでAI時代の人材が育つはずがありません。経産省が「80万人余ります」と先に発表するのではなく、文部科学省と人材育成のグランドデザインを擦り合わせるのが筋ですが、それが行われていない。経産省と文科省の縦割りの責任が、若い世代の進路選択にしわ寄せされているのです。文科省を解体するくらいの覚悟がなければ、日本の教育構造は変わりません。
また、中途採用比率の50%超えという数字は、企業が新卒一括採用の限界に気づき始めたサインと受け止めるべきです。私が経営者だった頃にも中途採用を中心に行いましたが、最も伸びるのは28歳から32歳のあいだに一度サラリーマンの悲哀を経験した人材です。一度別の組織で揉まれた人を採るほうが、組織は確実に強くなる。新卒一括採用は日本特有の制度であり、世界標準ではない。このことを企業も大学も認識すべき時期に来ています。
加賀屋解体・ニセコ世界28位・茅野「8Peaks living」──観光地に必要なのは「街」
観光・地方創生に関する3つのニュースが重なりました。能登半島地震で被災した和倉温泉の加賀屋(石川県七尾市)は2026年4月から公費解体に着手、工期は5年の見込みです。営業再開時期は2026年度下期予定の一部から段階的に進める計画。英国サヴィルズの「The Ski Report-Winter 2025-26」では、北海道ニセコの不動産価格が一坪702万円で世界の高級スキーリゾートランキング28位、1位は米アスペンの2089万円/坪、2位はフランスのヴァル・ディゼール(1934万円/坪)、3位はスイスのグシュタード(1827万円/坪)と発表されました。さらに長野県茅野市では、JR茅野駅直結のベルビア1階に複合交流拠点「8Peaks living(エイトピークス・リビング)」が4月25日にオープンしました。
私はこの3つのニュースを、「日本の観光地は街を作らない限り、本物のリゾートにはならない」という一つのテーマで括っています。和倉温泉の加賀屋は36年連続日本一を誇り、「おもてなし」という言葉を広めた存在ですが、私は以前から疑問を持っていました。建物が縦横につながりすぎて、宿泊客が「表」に出なくなってしまった。温泉街は本来、浴衣で町をそぞろ歩く外の風景があってこそのものです。加賀屋の中だけで完結する旅は便利でも、「街がなくなる」というトレードオフを抱えていました。再開にあたっては、施設の復元よりも先に、和倉温泉の街並み全体をどう設計するかを考えるべきです。
ニセコにも同じ構造があります。世界ランキング28位という数字は世界水準では「割安」とも読めますが、私はむしろ「街がない田舎」だと評価しています。サンモリッツ、サンクトアントン、レヒ、ウィスラーといった世界の超一流スキーリゾートには、夜になると客が下に降りてきて朝方まで賑わう街があります。ニセコにあるのはマンションと外資ホテルだけで、街そのものの厚みが乏しい。「割安だから買い」ではなく、「街を作らない限り、本物のリゾートにはならない」というのが私の見立てです。茅野駅前の「8Peaks living」は名称こそ目を引きますが、観光地の街づくりは駅前の小さな交流拠点で完結する話ではありません。地方創生は、施設単位ではなく街全体をどう設計するかという視点なしには成功しません。日本の観光業の課題は、戦後の高度成長期に作られた「箱モノ型観光地」の発想から抜け出せていないことにあると私は考えます。
原発人材育成の壁──事故が起きるたびに「ゼロ」になる入学者
政府が新エネルギー基本計画で原発比率の引き上げを打ち出したことを受け、原発設備大手が動画教材やVR(仮想現実)を活用した人材育成に注力しているという報道がありました。東日本大震災以降、事業縮小で原子力技術者が著しく不足しているという背景があります。
この問題は、簡単な施策で解決できる話ではありません。私が米マサチューセッツ工科大学(MIT)の原子力工学科に在籍した1968年から1970年にかけては、入学した年の同期は130人いました。それが、1979年3月の3マイル島原発事故が起きた後、新入生はゼロになります。私の恩師であるノーマン・C・ラスムッセン教授がMIT原子力工学科の学部長(Head)を務めていたのは1975年から1981年。その時期、私は卒業後に母校から呼ばれて訪問しましたが、学生は13人しかいませんでした。しかも全員がアフリカからの国費留学生で、アメリカ人はゼロでした。事故が起きると入学者はゼロになる、これは原子力工学の宿命です。
福島第一原発事故は、3マイル島よりもはるかに深刻な事象でした。「原子力をやっています」と言うと「放射線の匂いがする」と若い人に避けられる。デートもままならない。「夢」を語れない学問に学生は集まりません。日本の原発業界は今、数千人規模の技術者を必要としているのに、過去のピーク時でも国内には5〜600人しかいなかった。私の処方箋はシンプルです。「原子力工学」という看板を捨て、「環境工学」あるいは「廃炉・除染工学」といった新領域として再構築する。その中で核燃料管理や放射線管理を扱い、地球規模の課題に取り組む文脈に位置づけ直す必要があります。「原発をやろう」と直接呼びかけるだけでは、若い世代は集まりません。教育の枠組みそのものを変える発想が要ります。
—この記事は2026年5月10日にBBTchで放映された大前研一ライブの内容を一部抜粋し編集しています。






