
イラン核施設への空爆、その戦略的意味 ~米国は「外交」から「物理的抑止」へと戦略を切り替えた~
2025年6月21日、アメリカはイランの核施設3カ所を空爆したと発表しました。フォルドゥなどの主要ウラン濃縮施設に対して、B-2爆撃機から特殊兵器が投下され、同施設は使用不能になったと報じられています。これは単なる象徴的攻撃ではなく、核開発の中枢を破壊するという、明確な意図を伴った軍事行動です。
トランプ政権がなぜこのタイミングで行動を起こしたのか。その背景には、イランによるIAEA査察拒否や核兵器級のウラン濃縮が進んでいたことが挙げられます。アメリカは外交的交渉ではもはや抑止が不可能と判断し、軍事的に既成事実を作る方針へと転じたのです。
この一連の行動は、単なる先制攻撃ではなく、「今後、核開発を進めれば同様の結末を迎える」という明確なメッセージです。国際社会はこの軍事行動の是非に目を奪われがちですが、本質は「非対称的な抑止力」の提示にあります。これはアメリカの新しい戦略アプローチであり、同時にイランとの対話フェーズの終焉を告げる一撃でもあります。
ステルス戦略の象徴、B-2爆撃機の威力~見えない“飛翔体”が戦争の主導権を握る時代へ~
今回の攻撃で使われたとされるB-2爆撃機は、現在のアメリカ空軍の中でも最も高価で、最も戦略的な兵器の一つです。その最大の特徴は「レーダーに映らない」というステルス性にあり、敵国に気づかれずに侵入し、正確な攻撃を加えることが可能です。今回のように、防空網をかいくぐって核施設を直接爆撃する作戦では、その能力が極めて重要となります。
B-2は核兵器の搭載も可能で、冷戦期の遺産を昇華させた「見えない抑止力」として機能しています。今回の出撃に際しては、意図的に「グアムに向かっている」と情報をリークしたとも報じられ、心理戦の一環として利用されています。
このような高機能機の存在は、現代戦の性質を根本から変えています。軍事力とは単なる武力ではなく、「存在を知られずに使える」ことこそが戦略的価値なのです。B-2はまさにその象徴であり、今後も要人暗殺や施設攻撃など、局地的ながら影響力の大きい作戦での使用が続くでしょう。
ニューヨーク・タイムズが報じた“使用不能”の衝撃~戦場だけでなく、報道空間でも優位をとる米国の情報戦略~
アメリカによる空爆後、ニューヨーク・タイムズ紙は、攻撃対象となったフォルドゥ施設が「使用不能になった」と報じました。このような情報は、攻撃の物理的効果だけでなく、戦略的効果を強化するための重要な「演出」であるとも言えます。情報戦は今や、実際の戦闘行為と並ぶ、もしくはそれ以上に重視される戦術となっています。
特にこの報道が米政府関係者による“リーク”であった場合、イランに対する警告だけでなく、国内外の世論に対しても「成功した作戦」であることを印象付ける役割を担います。現代の戦争は、爆撃だけで終わるものではなく、その後の「ナラティブ=語り口」をいかにコントロールするかで勝敗が決まります。
イランにとっては、実害だけでなく、「核開発能力を喪失した国家」として国際社会に映ることが最大の打撃でしょう。今後、米国がこのような報道をいかに制御し、情報戦を展開していくかが注目されます。
バンカーバスター実戦投入が示す“最後通牒”~地下深くにあっても、隠れきれない時代が来た~
今回の攻撃で使用されたとされる「バンカーバスター」は、地下深くにある要塞や核施設を破壊するために開発された爆弾です。従来の空爆では到達できない地中構造物を狙うため、特殊な貫通力と爆発力を備えています。この兵器の実戦投入は、アメリカが「通常兵器では破壊不能な標的にも攻撃できる」ことを実証したといえるでしょう。
フォルドゥのような核施設は、イランにとって最後の砦です。そこに対してバンカーバスターを用いたという事実は、アメリカが「守られていると思うな」という強烈なメッセージを発していることを意味します。防御に頼った抑止論は、もはや通用しないという現実を突きつけられているのです。
このように、技術の進化は戦略の常識を変えていきます。地下に隠すという概念すら、無意味になりつつある現在、各国は「見えないところに隠せば安全」という発想を根本から見直す必要があります。
核の瀬戸際外交が崩れた日~交渉の余地を奪う、先制破壊のリアルポリティクス~
これまでイランの核開発問題は、「瀬戸際外交」の典型例とされてきました。つまり、核兵器保有に限りなく近い状態まで進めることで、制裁解除や外交的譲歩を引き出すという手法です。しかし今回、アメリカが核施設に対して直接空爆を行ったことで、この「駆け引き」の前提が崩れました。
フォルドゥのような重要施設を破壊するという行為は、もはや警告の域を超えています。アメリカは、外交交渉による解決を放棄し、軍事力による既成事実化を選んだのです。これはイランにとって大きな戦略的損失であり、今後の核交渉のカードを著しく減少させることになります。
また、この行動は他の潜在的核保有国にとっても重要なメッセージです。すなわち、「瀬戸際」で止めたつもりでも、米国は容赦しないという新たなルールの提示です。外交の限界と軍事の再優先化──時代は、再び「実力行使」に回帰しつつあります。
グアム情報はフェイクか?情報戦のリアル~敵の予測を狂わせることが、勝利を引き寄せる~
今回の空爆では、B-2爆撃機が「グアムに向かった」とする情報が事前に出回っていました。しかし、結果としてその機体は中東のイラン上空に現れ、フォルドゥを爆撃しています。つまり、これは典型的な「軍事的偽装」=情報戦の一環であり、米軍の作戦遂行能力の高さを示しています。
現代の戦争は、兵器だけでなく「情報」で決まります。敵に誤認させ、先制攻撃や迎撃の準備を遅らせることができれば、それだけで作戦成功の確率が格段に上がります。B-2のようなステルス機と、偽装情報が組み合わされると、相手はもはや動きの予測ができなくなるのです。
今回の「グアム偽装」は、単なる偶然ではなく、計画的な心理戦の一部でしょう。敵を欺くことは、軍事の基本ですが、その手法はより巧妙に、より不可視なかたちで進化しています。いまや「どこに向かっているのか分からない」こと自体が、最大の戦略価値になっているのです。
選挙が戦争を呼ぶ?米内政と外交の不可分性~「安全保障」と「支持率」がリンクする構造的現象~
アメリカでは、大統領選を控えた時期に軍事行動が増えるというジンクスがあります。現政権が「強いリーダー像」を演出するため、国民の目を外交に向けさせるという典型的な内政戦略です。今回のイラン空爆も、トランプ政権の支持率と連動した可能性が否定できません。
特に外交・安全保障分野で成果を出すと、選挙では高評価を受けやすくなります。「敵国を叩いた」「国家を守った」という構図が作られるからです。これは共和・民主どちらの政権でも共通して見られる現象であり、冷戦期以降、たびたび実証されてきました。
もちろん、それがすべて選挙目的とは言い切れません。しかし「外交判断が国内政治に影響される」ことは、民主主義国家の宿命です。戦争は往々にして、外交ではなく「国内世論」をターゲットに行われる──それが現代のリアリズムなのです。
日本はこの“火薬庫”にどう向き合うべきか~中東有事は対岸の火事ではなく、我が国の経済リスクである~
今回の米イ衝突を、日本は対岸の火事と見なしてはいけません。エネルギーの中東依存度が高い日本にとって、ホルムズ海峡周辺の不安定化は、直ちに経済的打撃をもたらすからです。フォルドゥが破壊されたこと以上に、「いつでも中東が揺らぐ」という事実のほうが深刻です。
さらに日本は、憲法上の制約と対米同盟のはざまで、非常に複雑な立場にあります。自国の防衛に集中するあまり、外交のフレームが極端に狭くなっているのが現状です。こうした中、国際秩序が変動する局面において、日本がどのような「存在感」を示せるのかが問われています。
中東リスクが高まるたびに、経済は動揺し、資源価格は跳ね上がります。したがって日本の戦略としては、①エネルギーの多角化、②シーレーン防衛へのコミット、③外交的プレゼンスの強化、この三本柱が急務となります。今こそ、経済安全保障の視座から外交政策を再設計すべき時です。
—この記事は2025年6月22日にBBTchで放映された大前研一ライブの内容を一部抜粋し編集しています。