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特別公開「日米貿易交渉 40年の歴史とトランプ関税」

TOP大前研一ニュースの視点blog特別公開「日米貿易交渉 40年の歴史とトランプ関税」

特別公開「日米貿易交渉 40年の歴史とトランプ関税」

2025.05.28
2025年
特別公開「日米貿易交渉 40年の歴史とトランプ関税」

日米貿易交渉の長い歴史:繊維から始まった攻防―17年続いた繊維摩擦と産業移転の教訓―

日米貿易戦争の始まりは繊維でした。1955年から1972年まで17年にわたり「日米繊維交渉」が行われましたが、交渉がようやくまとまった頃には、すでに日本の繊維産業は韓国や台湾へ移転が進み、日本からの輸出が減少していました。産業は、安価な労働力を求めて次々に他国へ移転する性質を持っています。戦後、日本で隆盛を誇った繊維工場も、同じプロセスでアジア各地に移っていったのです。

アメリカは過剰な輸入を制限しようとして数量規制や関税を課し、日本側に何年もわたる苦しい交渉を強いてきました。しかし最終的には、アメリカが自国繊維産業を守りきることはできませんでした。交渉が終結するまでの歳月が長すぎ、他国への移転を招いた結果、守るべき産業の競争力を結局回復できなかったのです。以降も日米間では、繊維を皮切りに様々な業種で類似のパターンが繰り返されていきます。

日本のカラーテレビ輸出とアメリカの規制―米国内生産に踏み切っても救われなかった米家電―

繊維の次に大きく取り上げられたのがカラーテレビでした。日本のテレビメーカーがアメリカ市場で急速にシェアを伸ばし、RCAやゼニスなど米国ブランドは苦境に陥ります。アメリカ政府は数量規制や追加関税をちらつかせ、日本企業にアメリカ国内での生産を促しました。ところが日本企業が実際に米国内に工場を構えても、米国家電メーカーはすでにメキシコなどへ生産拠点を移しており、国内生産を維持しませんでした。

結果として米企業はカラーテレビ分野で競争力を回復することなく、韓国勢やさらに低賃金の国々へと競争が移っていきます。いざ日本に規制をかけて市場を“守ろう”としても、そのころには米国メーカーが撤退しているという皮肉な構造でした。テレビ業界も繊維同様、アメリカの通商戦略は事実上実を結ばず、後に家電分野は韓国・中国が主役となっていきます。

オレンジ・牛肉・落花生・サクランボ:農産物摩擦―農産物開放も米国産が入らず、別国が恩恵を受ける矛盾―

繊維と家電の次には牛肉・オレンジ交渉が続き、時に「オレンジ牛肉交渉」と呼ばれて一括りにされるほどでした。日本が輸入枠を解放しても、実際にはオーストラリア産の牛肉が多く流入し、アメリカが期待したほどには米国産がシェアを取れませんでした。同様に、落花生やサクランボにも同じ構図がみられ、アメリカの農産物が日本市場を“奪回”しても、より安価な第三国産に押されるケースが目立ちます。

アメリカ政府は市場を開くこと自体が目的化し、「アメリカ産を買わせる」というアフターフォローを怠ってきた歴史があります。実際、米国通商代表部(USTR)などが数量枠や関税を交渉でこじ開けても、その後にどれだけ自国産品が競争力を発揮できるのかは別問題でした。輸入先が多国籍化する中、日本は安くて品質の良いところから買い付けるので、アメリカ産が必ずしも利益を得られなかったのが実状です。

鉄鋼・自動車・半導体:民間調整が生んだ結果―トリガープライスや現地生産、そして日本国内産業の空洞化―

鉄鋼分野では政府主体の交渉を回避し、日米の民間企業同士による「トリガープライス」設定で折り合いをつけました。これによりアメリカ側の価格急落を避けた一方、新日本製鉄など日本企業はやがて別の国々との競争にさらされ、アメリカ鉄鋼産業の復活にも繋がらなかったといえます。

自動車では日本企業がアメリカ国内で大規模に生産拠点を構え、現地雇用を生むほどに進出。部品やサプライチェーンも米国南部やメキシコに整備し、現在は年間400万台を超える規模を誇ります。それでも米国自動車メーカーの国際競争力回復には繋がらず、鉄鋼や半導体も同様でした。半導体に至っては、日本企業が20%の外国調達比率を認めて韓国メーカーに技術移転を進めた結果、韓国勢が急激に台頭するという皮肉な結末を迎えています。

アメリカの「関税」という古い武器―モンローやマッキンリー大統領の先例とブロック経済の惨禍―

米国史を辿ると、保護主義の関税政策は過去何度も行われてきました。19世紀のモンロー大統領や、20世紀初頭のマッキンリー大統領は高関税を掲げ、「アメリカ国内を守る」発想でブロック経済化を招きました。しかし、第二次世界大戦の原因の一端ともされるように、世界経済を閉鎖的にして衝突を誘発する結果となっています。

トランプ前大統領が掲げた「関税による産業復活」論は、こうした歴史を踏まえれば極めて成功可能性が低い戦略です。過去の実例では、アメリカが関税で締め出しを図った産業は結局競争力を回復できず、世界シェアを他国に奪われて終わっています。21世紀において再び同じ手段を使っても、産業構造がさらにグローバル化した現代ではなおさら非現実的といえます。

ヨーロッパ型の競争戦略:ブランド化と高付加価値―国境を開くEUで培われた生き残りの術―

一方、ヨーロッパではEU発足により国境がなくなり、各国企業は低賃金国に負けない道として「高付加価値化」を追求してきました。例えばイタリアでは高級スポーツカー(フェラーリ、ランボルギーニなど)やブランド食材(パルミジャーノ、プロシュート)など、コモディティから離れた領域に集中。オランダやデンマークも高度な技術とブランド力で農産物や畜産製品を輸出大国へと成長させています。

これらの例が示すのは、賃金が高いなら高いなりに、ブランド価値や製品の付加価値を引き上げることで競争力を維持する方向性です。関税で一時的に守るのではなく、グレードアップや差別化を通じて価格を上乗せする戦略が鍵となります。米国企業がこの方向でイノベーションに成功している例はITなど21世紀型産業には多いものの、伝統的製造業では成果が見られません。

アメリカの強み:イノベーション産業と世界的人材集積―マグニフィセントセブンの勝利とトランプの歴史認識不足―

21世紀のIT・AI分野では、アメリカが圧倒的なアドバンテージを持っています。株式時価総額トップ10社のうち大半がアメリカ企業であり、ユニコーンやデカコーンと呼ばれる急成長スタートアップも続々と誕生。大学や研究機関への世界中の優秀な人材流入があり、イノベーションの源泉は一極集中しています。

にもかかわらず、トランプ前大統領が唱える「製造業の国内回帰」は、過去の高関税政策と同じ轍を踏む可能性が高いとみられます。アメリカはすでに成熟したイノベーション先進国であり、本来は世界最強の産業を持っているはずです。それでもなお「失われた古い産業」を復興しようとする発想は、アメリカ国内だけでなく世界経済秩序にも混乱をもたらし、すでに高賃金化した米国内での雇用拡大やコスト低減が成功する見込みは薄いと言わざるを得ません。

日本が学ぶべき姿勢:歴史と交渉経験から見た「対米戦略」―米を巡る農業問題と、正しい論理での説得―

日本は過去40年以上にわたり、アメリカの要求に「柳のように」対応し、繊維や家電、半導体、自動車など各分野で現地生産や数量規制、技術移転を余儀なくされました。しかし、その結果アメリカ産業が競争力を取り戻した事例はありません。日本は常にアメリカからの圧力に屈するのみでなく、歴史的経緯や人口差など論理的な説得材料も持っています。

実際には農業分野におけるコメの重要性や政治的デリケートさも踏まえ、「なぜ米だけは譲れないか」を誤った“国益”論ではなく、正確な弱点と経緯を示して理解を求める交渉が必要です。アメリカとの交渉においては、これまでの成功例(企業同士の民間連携など)と失敗例(半導体の20%外国調達など)を思い起こすことが欠かせません。日本政府と企業は、歴史を知らないまま個別の免除に走るのではなく、全体観に基づいた交渉ロジックを再構築すべきです。

以上が今回のニュースの視点です。長年の貿易戦争の歴史は、アメリカの高関税政策が必ずしも米産業を蘇らせないことを示唆しています。日本側もただ受け身で対応するだけでなく、人口比やサプライチェーン、イノベーション産業の現実を冷静に示して相手を説得し、国際経済の安定へ向けた主張を行うことが求められるでしょう。

——この記事は、2025年5月1日に、昨今の状況を受けて特別に収録した動画「日米貿易交渉 40年の歴史とトランプ関税 」の内容を一部抜粋し、編集したものです。講演内容を全編視聴されたい方は、以下のリンクよりご視聴いただけます。

 

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