
東京都議選の本質とは何か~「お灸」では終わらない政治的流動性~
今回の東京都議会選挙では、都民ファーストの会が31議席を獲得し、第一党に返り咲きました。一方、自民党は21議席にとどまり、過去最低の結果となりました。マスコミはこれを「自民党への厳しい審判」と表現しましたが、私はそのように単純化することには慎重です。というのも、都民ファーストと自民党の間での票の移動は一種の「行ったり来たり」に過ぎず、今回は都民ファースト側に一時的に風が吹いただけのことと捉えています。
千代田区の選挙結果はその象徴です。私が応援していた候補者は落選し、代わりにトップ当選したのはSNSフォロワー30万人という知名度だけで立候補した無名の人物でした。千代田区における地域活動の実績もなく、有権者にとっても何をしてきたか分からないような人物が当選する現実は、選挙の本質が候補者の政策や活動にあるのではなく、「印象」と「タイミング」によって左右されていることを示しています。
また、国民民主党や参政党は初の議席を獲得した一方で、公明党も落選者を出すなど、これまでの「全員当選」神話に陰りが見えました。共産党は依然として東京での支持基盤を維持しており、都政における伝統的な政治力学の影響力も健在です。
都議選は国政選挙とは性格が異なり、政党ではなく個人が重視される傾向があります。しかし、その「個人」も本質的な実力というよりは、スローガンやネット上の影響力が左右する側面が強まっており、実態との乖離が進んでいると感じます。例えば「いつも一生懸命」としか語らない候補が長年当選し続けていることも、そうした構造を物語っています。
ですから、今回の結果をもって自民党への「審判」と言い切るのは短絡的であり、都議選特有の流動性と、候補者の顔ぶれや選挙手法の変化を踏まえた冷静な分析が求められると私は考えます。
トランプの「暴挙」に見えた戦略的成果~イラン核開発に対する一撃の意味~
私はトランプ大統領を普段から評価しているわけではありません。しかし、今回ばかりは彼の決断を評価せざるを得ませんでした。イランの核開発が、濃縮度60%にまで達し、核爆弾に必要な90%目前に迫っていたことは極めて重大です。国際原子力機関(IAEA)の監視をかいくぐり、9発分とも言われる高濃縮ウランを蓄積していたという事実は、国際社会にとって明確な脅威です。
このような状況で、トランプ氏はB-2爆撃機を用いてイランの核関連施設を攻撃しました。形式的には国際法違反であり、アメリカ議会の承認もありませんでしたが、私はこの一撃が「暴挙」ではなく「抑止」として機能したと考えます。イランは長年、核合意を破り続けており、北朝鮮と同様、外交的交渉が機能しない国です。だからこそ、説得ではなく、明確な行動が必要だったのです。
トランプ氏の決断は、結果的にハメネイ体制に大きな動揺を与えました。イラン指導部は後継者指名すら見送るほどに危機感を強め、革命防衛隊のトップが殺害される中、自らの命も狙われる可能性を実感したのでしょう。このように、核武装を進める独裁国家に対し、強硬手段が一定の抑止力を持ちうるという教訓を今回の出来事は示しています。
もちろん、力による外交が常に最善とは限りません。しかし、国際合意を破り続ける体制に対して、国際社会が指をくわえて見ているだけでは何も変わりません。私は、今回の作戦が、イランの核開発を事実上不可能にし、中東の安定に一歩近づけたと考えています。
停戦の裏に潜むトランプ劇場~カタールを通じた外交演出の舞台裏~
今回のイランとイスラエルの停戦には、トランプ氏ならではの「演出力」が色濃く現れています。23日、トランプ氏は自身のSNSで突然「完全かつ全面的な停戦に合意した」と発表し、翌日には停戦が発効したと公表しました。その裏では、カタールのムハンマド首相に仲介を依頼し、イランの同意を取り付けるという周到な舞台が用意されていたのです。
象徴的だったのは、イランがカタールの米軍基地にミサイルを撃ち込むという「報復劇」です。事前にアメリカとカタールに通告されていたこの攻撃により、民間人や米兵の被害はゼロ。いわば「やらせ」に近い報復でしたが、イラン側はメンツを保つ形で引き下がり、さらなる戦闘拡大は回避されました。私はこの一連の流れを「外交ショー」と見ていますが、それでも戦争を防いだという事実は否定できません。
停戦の演出において、トランプ氏はテレビプロデューサー時代の経験を最大限に生かしました。イスラエルによる11日間の先制攻撃の後、最後にB-2爆撃機で「お前はクビだ(You’re fired)」とでも言うように、短期決戦で仕上げた点は、彼らしい決定的な演出です。暴力と外交を絶妙に織り交ぜた“トランプ劇場”の完成形と言えるでしょう。
こうした一見過激なアプローチに賛否はあるものの、現実としてイランの暴走は止まりました。戦争の裏にある政治的駆け引きと、演出効果が戦略に転化する構造を、今回の停戦は浮き彫りにしたと私は見ています。
バンカーバスターと韓国の備え~北朝鮮をにらんだ軍事技術の進化~
イランへの攻撃に使用されたアメリカのB-2爆撃機は、極秘裏に飛行し、地下60mに届くバンカーバスターを投下しました。しかし、私がより注目したのは、韓国が独自に開発した地対地型の超高速バンカーバスターです。朝鮮日報日本語版によると、マッハ12で飛行し、地下100mに到達する威力を持ち、北朝鮮の地下施設に対する有力な抑止手段となり得るとのことです。
韓国はこの兵器を、10年以上前から独自開発しており、年間70発の生産能力を有しています。対象が地理的に近い北朝鮮であることから、射程距離も適しており、いざとなればすぐに使用可能な態勢が整っているとのことです。この備えの周到さには、私は驚きを隠せませんでした。
韓国の技術は、単に軍事力の誇示ではなく、隣国の脅威に備えた現実的かつ自主的な防衛戦略の一環として評価できます。北朝鮮の地下核施設への対抗手段として、抑止力を高める意味でも非常に意義深いものです。
私は、このような兵器開発が単なる軍拡競争に終わらず、「使わせないための武器」として機能する未来的防衛のあり方を体現していると感じています。日本にとっても、こうした近隣国の取り組みから学ぶべき点は多いはずです。
ハメネイ体制の終焉とイランの将来~宗教支配からの転換はあるか~
今回のB-2爆撃により、イランのハメネイ体制は決定的なダメージを受けました。最高指導者であるハメネイ氏は、すでに85歳。革命防衛隊のトップが殺害された中、自身も命の危険を察知し、後継者に息子を指名することすら避けたとされています。私はこの状況を、宗教独裁の終焉の兆しと捉えています。
実際、イラン国内には高い教育水準と欧米的な価値観を持つ市民が多数存在します。かつて親日的だったパーレビ国王時代の記憶も根強く残り、日本文化への愛着は今なお深い。「おしん」の視聴率が95%を超えたという話はその象徴です。
私は、このような文化的下地があるからこそ、強権体制の崩壊が新たな国づくりへの契機になると考えています。現体制下で抑圧されてきた国民の声が、選挙などを通じて政治に反映される社会へと、ゆるやかに移行する可能性があるのです。
もちろん、すぐに完全な民主化が実現するわけではありません。しかし、ハメネイ後のイランが、欧米や日本との建設的な関係を再構築し、中東地域の安定に貢献する存在へと変化することは、十分に現実的なシナリオだと私は考えています。
ノーベル平和賞を狙うトランプの次の一手~ガザ停戦とウクライナ戦争への布石~
トランプ氏が停戦仲介に動いたのは、単なる中東政策の一環ではありません。私はその裏に、ノーベル平和賞への強い執念を感じ取っています。イスラエルとイランの停戦をまとめた次は、パレスチナとガザ、そしてウクライナとロシアの和平と、舞台を次々に移しながら“得点”を積み重ねようとしているように見えます。
実際、トランプ氏はNATO首脳との会議中、自ら「ノーベル平和賞って知ってるか?」と口にし、NATOのルッテ事務総長は「あなたほど思い切った指導者はいない」とまで賛辞を送りました。この一連のやり取りは、彼が“世界の救世主”を演じる新たな舞台に乗り込もうとしている証拠です。
私が懸念するのは、その「平和」への手法です。イスラエルやイランに対して武力を背景に交渉を迫り、場合によっては空爆を辞さない姿勢は、ある意味「暴力的な平和主義」と言えるでしょう。しかし、その強硬さが現実的な成果を生み出していることも否定できません。
ガザ、ウクライナ、そしておそらくは台湾や北朝鮮。トランプ氏の視野に入る次なる舞台がどこであれ、彼の手法は世界秩序に大きな影響を与えることになります。私は彼の方法をすべて肯定するつもりはありませんが、その実行力と演出力が、ある種の「現実主義外交」を動かしていることは確かです。
—この記事は2025年6月29日にBBTchで放映された大前研一ライブの内容を一部抜粋し編集しています。






