▼2024年米大統領選 トランプ氏が選挙人312人獲得
言論の自由が失われる国になってしまうのか
5日に投開票された米大統領選で、各州と首都ワシントンに割り当てられた538人の選挙人のうち、トランプ氏が312人、ハリス氏が226人を獲得したことが分かりました。また同時に実施された連邦議会選で共和党が下院の多数派となることが13日に確実となり、これによりトランプ次期大統領が政策を実現しやすい体制が整うことになります。
今回の選挙では、トランプ氏が得票数でもハリス氏を上回りました。従来、民主党が得票数で上回ることが多く、これは異例の結果です。この背景には、バイデン氏の引退が遅すぎたことや、ハリス氏が正式な予備選を経ずに突然登場したことが影響しています。バイデン氏が予備選を勝ち抜いた後、ハリス氏が候補となって瞬間的な人気は得ましたが、長くは続きませんでした。一方、トランプ氏はこの4年間を通じて地盤固めを行った結果、アメリカは異常な国へと進むことになります。
トランプ氏は、激戦州とされる7つのスイングステートの全てを制しました。この完勝により、トランプ氏は前回とは打って変わって、選挙システムに異議を唱えることなく勝利を受け入れています。ハリス氏も敗北を認め、来年1月にはトランプ政権が再び発足します。
今回の選挙結果の背景には、アメリカ国内の経済的な階層変化が影響している部分があります。超富裕層(上位0.1%)の資産の伸びはそれほど大きくないのに対して、上位9%、さらには上位40%の層が大きく資産を増やしています。一方で、残り50%の層では資産がほとんど伸びておらず、生活水準も改善されていません。
つまり超富裕層よりも、より広い層の人たちが金持ちになっています。この状況をうまく利用すれば、バイデン氏は上位9%や上位40%層の支持を得られた可能性があったのです。ところがバイデン氏もトランプ氏も焦点を低所得層に当て、「貧乏人のために戦っている」というメッセージを発信する戦略を取りました。
この残り50%の層は、「生活は4年前のほうがよかった」と感じていました。そこでトランプ氏は「俺の政権時代のほうがよかっただろう?」「あの頃に戻ろう」と投げ掛け、賛同を得たのです。一方、バイデン氏は残り50%の層以外、つまり共和党の支持基盤を狙うべきでしたが、誤って低所得層に訴求するも、既にこの層はトランプ氏の支持基盤となっており、トランプに押し切られた形です。今回の結果は、民主党の完全な戦略ミスだと言わざるを得ません。
またトランプ氏は「次の選挙には出馬しない」と言いながらも、「必要なら出る」という曖昧な姿勢を示していますが、アメリカ合衆国憲法修正第22条により、3選は禁止されています。しかし歴史を振り返ると、フランクリン・ルーズベルト氏が第二次世界大戦中に3選、さらには4選を果たした例外があります。ただし、その4選後、ルーズベルト氏は戦争のさなかに急死し、その後を継いだのがトルーマン氏でした。
関連する質問1
「アメリカ大統領選ではトランプ前大統領が勝利しましたが、学長はトランプ氏を支持していないとお見受けします。トランプ氏のほうが減税策投入等により、米経済には追い風であり、中国経済悪化により世界経済への影響が不安視される中、日本経済にとってもプラスに働くという考え方もあるようです。学長のお考えをお聞かせください」
そう簡単な話ではありませんね。まず中国経済については、これからも低迷が続くと予測されますが、アメリカが中国に対して強硬な態度を取ったとしても、それが世界経済全体に大きな影響を与えるかというと、そうではないと思います。
トランプ氏の主張や政策を見ると、関税を引き上げることで中国経済を打撃し、アメリカ国内の製造業を復活させようとしていますが、これが成功する可能性は非常に低いです。実際、前期の政権でも同様の政策を行いましたが、結果的にアメリカの製造業が復活することはありませんでした。関税をかけることで短期的には「中国をいじめている」ように見えますが、実際にはアメリカの消費者に負担がかかるだけです。
例えば、関税が100%に設定された場合、アメリカ国民は輸入品に対してその分、高い価格を支払わざるを得なくなります。つまり、結果的にアメリカ国内での消費コストが増大し、国民が損をするだけです。関税によって得をするのは米政府であり、その政策を掲げるトランプ氏自身です。この点をトランプ氏は巧みに中国への制裁として見せかけていますが、実態はアメリカの消費者が犠牲になっているわけです。
また、中国はサプライチェーンの一翼を担う重要な国であり、この役割は簡単には置き換えられません。中国の経済がどれだけ問題を抱えても、供給ネットワークにおける中国の存在感は依然として大きいのです。そのため、トランプ氏の政策が中国を完全に排除できるとは考えられません。
関連する質問2
「米国大統領選挙の結果について、先週の大前学長のコメントを伺い、選挙制度の限界や制約を感じました。各党での候補者の選抜過程含め、制度面の工夫の余地がありそうです。もし米国の選挙制度を自由に変えられるとすれば、どういった点に着目されて変更されるでしょうか」
私なら、予備選の期間を短縮します。現行では2月から7月、8月にかけて半年以上をかけて進行しますが、この長さは現代の効率性を重視する社会にはそぐわないものです。
次に、選挙人制度の廃止です。この制度はもともと交通や通信が不便だった時代に作られ、選挙人が代理で投票するという非常に古い仕組みで、現在の直接投票が可能なインターネット時代には時代遅れです。実際に今回の選挙人はまだ投票しておらず、投票は12月です。現在の選挙人制度では州ごとに違う制度となっており、不公平感が生じる要因にもなっています。
またアメリカの場合、やはり貧困層に焦点を当てた発言が支持を集めやすい傾向があります。しかし実際には「貧乏人」と思われている層には、例えば年収1000万円を越える組合員なども含まれ、真に困窮している層は意外に少ないのです。移民や難民が職を奪ったという主張もありますが、現実には移民や難民がいたからこそ成り立つ業界も多く存在します。例えばレストランやホテルといったサービス業では、彼らの労働が欠かせません。「移民を追い返して壁を強化する」「ジョー・バイデン氏が受け入れた移民を即座に送り返す」といった主張は、一見格好よく見えますが実態を伴いません。
現在のアメリカの失業率は歴史的に見ても非常に低い水準にあり、「職を奪われた」という印象を与える主張が受け入れられている状況には疑問を抱かざるを得ません。仮に移民を全員追い返すといった政策を実行しても、アメリカは中国のようにはなれません。中国が得意とする生産分野の仕事はアメリカ人はやりたがらず、その需要を満たす労働力が移民によって支えられているからです。このような実態を理解していない政治家と投票者が見事に調和した結果が、今回の選挙で見られた「錯覚」により、トランプ氏のような過去にスキャンダルを抱えた人物の再選です。
アメリカの制度は、根本的な改革が必要なのです。アメリカには多くの優れた知識人や専門家がいますが、トランプ氏のような人物の存在によって自由な発言がしづらい風潮が広がっています。ローレンス・サマーズ氏のような賢者が、もっと自由に意見を述べるべきですが、アメリカが言論の自由の国として機能していない状況が今、起こっています。
▼米トランプ次期大統領 アルゼンチン・ミレイ大統領と会談
大統領選後の会談には、意味がない?
米トランプ次期大統領は14日、フロリダ州のパームビーチのトランプ氏の邸宅で、アルゼンチン・ミレイ代表と会談しました。トランプ氏が大統領選後、外国の首脳と対面で会うのは初めてで、トランプ氏はミレイ氏について「あなたは素晴らしい仕事をした、アルゼンチンを再び偉大な国にした」とたたえました。
実際、ミレイ氏は選挙期間中に「メイク・アルゼンチン・グレート・アゲイン(MAGA)」をスローガンに掲げて勝利し、これはトランプ氏の「メイク・アメリカ・グレート・アゲイン」を模倣したとされています。この共通点がトランプ氏にとって親近感を抱かせたのか、彼を「弟子」のように見なして私邸に招待したとも言われています。
一方で、韓国のユン・ソンニョル大統領には15分の電話会談の時間を割いたものの、石破氏が会談を希望した際には5分程度で終わらされてしまったという話があります。さらに石破氏に対しては、向こうから電話を切られるといった冷淡な対応だったようです。石破氏は眠っていたんでしょうかね(笑)
ちなみに安倍元首相は2016年の選挙直後、トランプタワーでトランプ氏と非公式の会談を実現しました。この背景には、トランプタワーに入居していた日本料理店のオーナーの尽力があったとされています。トランプ氏がその料理店を気に入っており、そのオーナーとも親しかったそうです。石破氏は5分の電話会談でしたが、トランプ氏と話しても、大した成果は得られないと思います。
▼米次期国防長官 次期国防長官にピート・ヘグセス氏を指名
同じ運命を背負った人物を、自分に重ねて評価
米トランプ次期大統領は12日、次期国防長官にFOXニュースの司会者、ピート・ヘグセス氏を指名すると発表しました。ヘグセス氏は元陸軍州兵で、アフガニスタンやイラクの海軍基地で勤務した経験があり、トランプ氏は「ピートはタフで賢明で、アメリカ第一の真の信奉者」と説明しました。
ヘグセス氏は過去、性的暴行で捜査を受けていたという報道がされており、この指名については問題視される可能性があります。トランプ氏と同じ“犯罪人”だから、自分と同じ運命を背負っているのも気に入って、国防長官に指名をしたのでしょうか。トランプ氏が「タフで賢明」という言葉を使う背景には、自分自身を重ねて評価している側面があるのかもしれません。さらに、フロリダ州選出のルビオ氏を国務長官に指名する意向のようですが、これらの人事について、私はあきれてものが言えません。今後もこういった動きは続くと思います。
▼米次期国家情報長官 「日本の再軍備は本当に良い考えだろうか」
歴史認識に大いに問題あり、適任性に不安
米トランプ次期政権で、国家情報長官に抜てきされたギャバード元民主党下院議員が、昨年Xの投稿で「太平洋侵略を思い起こすと、現在の日本の再軍備は本当にいい考えだろうか」と述べ、日米が再び戦わないよう注意しなければならないとの考えを示していたことが分かりました。
この発言は、80年前の真珠湾攻撃を引き合いに出し、日本がアメリカに歯向かわないようにする必要性を主張するものですが、戦後のアメリカが長年にわたり日本の軍事的影響力を抑制してきた歴史的背景を十分に理解しているとは言い難い内容です。また、ギャバード氏はウクライナ侵攻に関連してロシアを擁護する姿勢を示していたことも指摘されており、国家情報長官としての適任性に疑問を抱かせます。
国家情報長官は、アメリカのインテリジェンス・コミュニティ全体を統括し、9.11の同時多発テロを契機に分散していた情報機関を統合する目的で設立された、極めて重要な役職です。これまでこのポジションには、軍事分野を含む専門家が任命されるのが通例でした。しかし今回の人事は、従来の基準を大きく逸脱しており、トランプ氏の人事戦略に対して懸念を抱く声が高まっています。
関連質問
「トランプ次期大統領が主要ポストの人事を始めています。過激な発言をするイーロン・マスク氏が政府効率化省トップ、未成年女性と性的関係を持った疑惑のあるマット・ゲーツ氏が司法長官、ウクライナ支援に懐疑的なマルコ・ルビオ氏が国務長官、ワクチン接種に否定的な姿勢のロバート・ケネディ・ジュニア氏が保健福祉長官と、選出に疑問の残る人が多くいます。この人選や、アメリカの先行きについてどう思いますか」
確かに、非常にトランプ氏らしい人事だと思います。これまで自らが発言してきた内容や主張を、そのまま代弁してくれる人物を選んでいるようです。極端な話、トランプ氏が寝ている間でも、彼の政策やメッセージがそのまま維持されるような布陣です。
例えば、トランプ氏は新型コロナを軽視する発言をしていましたが、実際には彼自身もワクチン接種を受けるに至りました。それにもかかわらず、ロバート・ケネディ・ジュニア氏のようにワクチンに否定的な人物を保健福祉長官に据えるという人事には、やはり首をかしげざるを得ません。これが影響してか、一部の製薬会社の株価が下がっている現状も見られます。司法長官に指名されたマット・ゲーツ氏や、国務長官に挙げられるマルコ・ルビオ氏にしても同様です。トランプ氏が自身の政策や主張を支持し、忠実に実行する姿勢を持つ人物を選んでいることが明白です。いわば、トランプ氏の理念を拡大したような人事と言えるでしょう。
過去の政権では、トランプ氏がコントロールしきれなかった「まともな」人材を起用したこともありました。例えば、ある国防長官については、トランプ氏は核についてのマニュアルが理解できないから危険だと、不適切な判断をしないようにダミーの核ボタンを渡していたという話もあります。当時はプロフェッショナルが要職を担っていたため、バランスが取れていた部分もありましたが、今回の人事ではそうしたプロフェッショナルが見当たりません。つまり、今回はトランプ氏自身を拡張したような「トランプ的」人材をそろえることで、彼にとっては一貫性と効率性を重視した人事なのでしょう。
▼米教育省 米教育省の廃止を求めるトランプ氏
廃止の支持を得られるかは不透明
CNNのニュースサイトは13日、「米教育省の廃止求めるトランプ氏、それが意味するものは」と題する記事を掲載しました。これはトランプ次期大統領が選挙期間中、教育省がアメリカ人家族の日常生活に介入し過ぎているとし、その廃止を公約に掲げてきたと紹介。しかし同省が支援する低所得世帯の子どもの財政支援プログラムは、党派に関わらず議員の間で人気が高く、共和党が上下両院を抑えても、議会で廃止の支持を得られるかは不透明としています。
教育省を廃止するとは、すごい話です。家族の生活に介入し過ぎだ、介入なんて必要ない、勝手にさせておけという主張であり、トランプ氏のような人物がアメリカで増えるのではないかと私は思いますね。アメリカの大学では、親が卒業生だったり、大学に寄付をすることで、子供の入学が有利になることもあるので、トランプ氏自身も、ウォートン・スクールへの進学時には親の財政支援を受けた可能性があるでしょうし、自分の娘についても同様だった可能性も考えられます。経済的に恵まれた家庭は勝手気ままにやっているのだから、そのような家庭には教育省による介入は過剰だと主張していたわけです。
トランプ氏は、自分の主張を徹底的に実行してくれる人物を内閣にそろえようとしています。前期政権では、彼がコントロールできない人物を選任した反省があるようです。しかし今回の人選がどのような影響を及ぼすかについては、初期の段階でつまずく可能性もあるのは否めません。そして他国がこの状況をどう受け止め、どのように対応していくべきかについても疑問が残ります。石破氏が焦って会いに行くことにどれだけの価値があるのか、むしろ冷静に展開を見守るべきかもしれません。
—この記事は2024年11月17日にBBTchで放映された大前研一ライブの内容を一部抜粋し編集しています。