▼2024年米大統領 トランプ前大統領が勝利
スリーピー・ジョーが、今後4年間の試練を招いた
米大統領選の投開票が5日行われ、共和党のトランプ前大統領が当選に必要な270以上の選挙人を獲得し、勝利しました。トランプ氏はラストベルトや前回は民主党が勝利した州なども含めた激戦州七つで勝利したもので、トランプ氏はフロリダ州パームビーチで勝利宣言を行い、「米国はわれわれに前例のない強力な権限を与えた」と語りました。
トランプ氏が選挙結果を認めないと大騒ぎになった前回と比べ、今回の勝利は圧倒的でした。今回は民主党側もあっさりと敗北を認めて、ハリス氏は敗北宣言を行い、バイデン氏もこれに同調しました。今回、トランプ氏は当選に必要な選挙人270人を大きく上回る312人を獲得し、得票数に大きな差はなかったものの、選挙人の「勝者総取り」の制度によって大差がつきました。
州ごとの結果を見てみると、中央部がトランプ氏の共和党、アラスカを除く両岸の大部分がハリス氏の民主党となり、米国内の地域分断を浮き彫りにしています。これまで共和党は富裕層が支持基盤で、民主党は労働者層を支持層としてきましたが、今回の結果ではこの傾向が完全に逆転しました。都市部の州、例えばイリノイ州などでは民主党の強さが見られたものの、中央部の多くの州では共和党が支持を得た結果となりました。
今回の選挙における人種や性別ごとの投票行動によると、白人男性の60%、白人女性の53%がトランプ氏を支持した一方、黒人男性の77%、黒人女性の91%がハリス氏を支持するなど、人種による支持層がはっきりと分かれました。ラテン系は男性の多くがトランプ氏を、女性の多くがハリス氏を支持しました。その他の男女では、ハリス氏が若干の有利となりました。
上下院の選挙結果では、上院では共和党が53議席、民主党が46議席を獲得し、1議席は未確定ですが、共和党が過半数を制しました。下院でも共和党が212議席、民主党が200議席を獲得しており、今後、共和党が過半数を制するだろうと思われます。最終的には、大統領、上院、下院の全てが共和党という「トリプルレッド」となり、バイデン氏にとっては大きな敗北となりました。
今回の大敗北は、トランプ氏が揶揄した「スリーピー・ジョー」ことバイデン氏の判断ミスに起因する部分が大きいとされています。バイデン氏は民主党の公認候補として大会に臨みましたが、その後の選挙戦でのパフォーマンスが振るわず、民主党内での求心力も低下したと言われています。バイデン氏がより早く引退の意向を示し、民主党の大会で若く魅力ある候補が選ばれていれば、結果は違っていたかもしれません。例えば、オカシオ=コルテス氏など若手の有望候補が登場する機会もあったかもしれませんが、それが実現しなかったためにハリス氏が大統領候補となり、党の勢いを保てなかったと言えます。
今回の結果を受け、トランプ氏が再び4年間大統領職を務めることになりました。トランプ氏が選ばれたことは世界的にも大災害であり、これはバイデン氏が招いたことなのです。バイデン氏が2020年に大統領に選ばれたときは78歳で、トランプ氏も今78歳を迎えています。最後は「スリーピー・ドナルド・トランプ」となる可能性もあるのではないかと、私は期待しています(笑)
▼米トランプ次期政権 首席補佐官にスーザン・ワイルズ氏を起用
影武者による、未知数の力に期待
米国大統領選挙で勝利したトランプ氏は7日、次期政権の大統領首席補佐官に、トランプ陣営で選挙対策本部長を務めたスーザン・ワイルズ氏を起用すると発表しました。首席補佐官に女性が起用されるのは初めてで、トランプ氏はワイルズ氏について、「タフで頭がよく革新的な人物で、広く尊敬されている、米国を再び偉大にするために働いてくれるだろう」と語りました。
ワイルズ氏はこれまで選挙戦略を練る「影武者」として非常に高い評判を得ており、今回の選挙でもその手腕が大いに発揮されたようです。今後は首席補佐官として表舞台に立つことになりますが、この役職は各省の長官や政府機関との調整役を担うため、非常に難易度の高いポジションです。そのため、首席補佐官は長く務め続けることが難しいとされています。
ワイルズ氏がリーダーシップを発揮し、各長官や政府要職者との協力関係をどこまでうまく築いていけるかは未知数ですが、選挙での大勝を経たトランプ陣営として、まずはワイルズ氏の功績をたたえる意味合いもあるのでしょう。
▼米次期副大統領 ウシャ・バンス氏が初のインド系セカンドレディーに
次期セカンドレディーは、近年注目を集めるインド系出身
米国大統領選でJ・D・バンス上院議員が次期副大統領候補となりましたが、その妻で弁護士のウシャ・バンス氏が初のインド系セカンドレディーになる見通しとなりました。ウジャ氏はインド系の両親の下、カリフォルニア州サンディエゴで生まれ、イェール大学大学院で法務博士号を取得、連邦最高裁で保守派のロバーツ長官の助手を務めた後、現在は弁護士として活躍しています。
近年、米国や英国など、世界的にインド系の人々の活躍が注目を集めています。今回の大統領選で敗れたカマラ・ハリス氏も母方がインド系であり、元国連大使のニッキー・ヘイリー氏や、実業家のビベク・ラマスワミ氏もインド系として知られています。そして今回、J・D・バンス氏の配偶者であるウシャ・バンス氏もインド系移民の両親のもとに生まれ、イェール大学卒業後はケンブリッジ大学で修士号を取得するなどの経歴を持ちます。
一方で、バンス氏は外国人に対して批判的な発言を行うことが多く、侮辱的な発言も含まれています。このような発言を続けながら、インド系の妻であるウシャ氏を持つことに一部で矛盾を感じる声もありますが、彼女の存在を特別視しているのか、あるいは外国人を侮辱する意図が最初からないのかもしれません。ウシャ氏は、そうした中で次期セカンドレディーとしての役割を担うことになります。
▼米ボーイング 会社提案の労働協約案承認
無謀なストライキの回避は、今後も容易ではない?
米ボーイングの労働組合は4日、4年間で38%の賃上げなどを盛り込んだ労働協約を承認しました。これにより、およそ2カ月続いたストライキが終結し、生産を順次再開することになりますが、賃上げで人件費は年間およそ1500億円増加すると見られ、欧州エアバスとの競争力の差が開く可能性もあります。
過去にストライキを起こしたGMや今回のボーイングの結果を見ると、このようなストライキを解決するには要求を大幅に受け入れるしかないのかと、私は信じられない思いです。ボーイングは、フル生産でも10年分に相当する5000機の注文残を抱えている中でストライキが続き、最終的には労働者の要求をほぼ全面的に受け入れ、さらに一時金として185万円の支払いを決定しました。
米国で発生したストライキの動向を見てみると、発生件数や参加した労働者数が増えたピークはトランプ前大統領の在任時期に当たります。このため、仮にトランプ氏が再び政権を取ったとしても、ストライキが抑制される可能性は低いと考えられます。実際、トランプ氏は過去の労使交渉において早期の妥結を経営側に強く促した経緯があり、今後も同様の方針を取る可能性が高いでしょう。
ボーイングは、世界の商用大型航空機を製造する2大企業の一つとして、欧州のエアバスと競争を続けています。他の選択肢としては、やや小型の機体であればブラジルや中国が製造できますが、中国製130人乗りの機体は米国の型式証明を取得していないので、採用はできません。このため、商用大型機市場は当面ボーイングとエアバスの二社体制が続く見通しです。こうした状況の中で、ボーイングはストライキを行ったということです。
▼欧州ステランティス 米オハイオ州工場で従業員1100人削減
市場対策に手が回らず、合理化施策へ
自動車大手の欧州ステランティスは7日、米オハイオ州の自動車組み立て工場で、従業員1100人を削減すると発表しました。また、これまで2シフト制としていた生産体制を1シフト制に切り替える方針で、米国での販売不振を受け、在庫の圧縮を進めるということです。
ステランティスの主要ブランドは、欧州ではプジョー、米国ではクライスラーが挙げられますが、クライスラーの主力車種は実質的にジープが中心です。しかし、現在の市場においてジープや4輪駆動車は19世紀のような、やや時代遅れの印象を与えることもあり、販売が低迷しています。そのため、業績不振に伴い従業員の削減を進めようとしています。
以前はイタリア系カナダ人経営者の指揮のもと、安定的な経営が続いていましたが、現在はフランス主体の経営体制に移行したからなのか、このような課題への対応に苦慮しているようです。フランスのルノーも日産と提携していましたが、カルロス・ゴーン氏の問題も影響して業績は低迷しています。また、プジョーシトロエングループも業績改善に追われ、米国市場への再建には手が回っていません。このため、米国では従業員数を約半分に削減し、2シフト制を1シフト制に縮小するという判断に至り、それほどまでに米国での自動車販売は落ち込んでいると言えます。
▼米金利政策 0.25%の追加利下げを決定
「4年前に戻そう」の具体策は期待できず
FRBは7日、0.25%の追加利下げを実施し、金利の誘導目標を4.5%から4.75%とする方針を決定しました。利下げは前回の9月から2回連続で、米国景気の原則に備え、金融引き締めを緩和するほか、米国大統領選の影響は短期的にはないと判断したということです。
この決定には、パウエル氏がトランプ氏に干渉されたくないという強い意思が見えます。パウエル氏は、大統領がFRBの独立性に干渉すべきではないとの立場を取っており、法的にもその独立性が担保されています。トランプ氏からの干渉を回避するために、今回も先んじて金利を引き下げたとも見られます。
米国の物価上昇率を振り返ると分かりますが、今回の大統領選におけるバイデン氏が敗北した要因は、大きな意味で言うとインフレです。特に生活が苦しくなった低所得層の支持が、従来であれば支持層ではなかった共和党への流出につながりました。トランプ氏は4年前の状況と現在の生活を比較する形で訴え、「4年前のほうが生活は楽だっただろう?」と主張しました。このメッセージが、低所得層の有権者に響いたのです。
トランプ氏の任期中は、世界はコロナ禍に見舞われ、経済活動などは後回しとなってた時代であり、物価上昇がなかったのはトランプ氏のおかげではありません。しかもトランプ氏は当時、コロナは「風邪のように消えていく」と楽観的な発言をし、批判を浴びていました。一方、バイデン氏の敗因は、魅力のなさはもちろんですが、一番の理由は低所得層の生活が苦しくなったことです。そこを突いたトランプ氏のメッセージ、「4年前に戻そう」は、非常に分かりやすいものですが、何か経済的な具体策があるようには思えません。彼が低所得層の支持を集めたのは、巧みなレトリックの結果に過ぎません。
—この記事は2024年11月10日にBBTchで放映された大前研一ライブの内容を一部抜粋し編集しています。