
日本の成長を左右する「移民エコノミー」:受け入れ前提の国家設計に舵を切れるか
大前氏は、日本が国力を維持・回復するためには計画的な外国人受け入れが不可欠だと強調します。少子高齢化で労働人口が細り、自然増だけでは成長基盤を支えられません。毎年30万人規模の受け入れを掲げ、語学・社会制度の集中研修を無償提供し、一定の適応水準に達した人に永住権(グリーンカード相当)を付与する──この「投資としての移民政策」が要諦です。同時に、犯罪など不適合ケースへの厳格な送還も明確にし、安心と寛容の線引きを示します。排外的なスローガン先行では国内の不安心理は一時的に鎮まっても、長期の生産性と税基盤はやせ細ります。ドイツやスウェーデンの制度から学び、日本版の包括的オンボーディング(語学・就労・生活支援)を制度化すべきです。移民は「コスト」ではなく将来キャッシュフローを生む「資産」である──国としての会計発想の転換が問われています。
高市内閣の船出と連立の現実:右派色のマネジメントと政権運営の綱渡り
高市氏の首相就任は歴史的意義がある一方、連立与党は少数で、政権運営は難所が続きます。今回の布陣は茂木派の比重が高く、新人閣僚も多いため「身体検査の遅延リスク」から不祥事発火で支持率急落の懸念が残ります。右派的メッセージは国内支持を集めやすい半面、対中韓関係の硬直化を招きやすく、就任直後の“ご祝儀相場”的高支持は長続きしません。与党内コンセンサス運営、連立パートナーとの政策調整、野党との限定的合意形成の三段構えが不可欠です。政治の安定は企業活動の前提です。外交では「言葉を収める勇気」、内政では「優先順位と工程表」を明確にし、短期の話題づくりより制度設計の実装力で評価を取りにいくべきです。初動の空気感に依存せず、地に足のついたガバナンスを示せるかが成否を分けます。
安保三文書の前倒し改定:装備輸出とインテリジェンス再編の現実解
連立合意に盛り込まれた安保三文書の前倒し改定は、日本の防衛産業・技術基盤に直結します。長射程能力、護衛艦・潜水艦の在り方、そして装備移転ルールの緩和は、同盟国との相互運用性と国内サプライチェーンの再構築を促します。同時に、情報庁の創設・機能集約は抑止の“見えない背骨”です。とはいえ、専守防衛の憲法的制約、核・原子力推進艦の是非、輸出管理の信頼性担保など、社会的合意が欠かせません。企業サイドは、デュアルユース技術の出口管理、サイバー・情報保全、人材クリアランス制度への適応を急ぐ必要があります。安保は“国家の産業政策”でもあります。規範・透明性・説明責任を備えた制度設計に踏み込み、内外投資家からのレピュテーションリスクを織り込んだうえで、国益と市場原理の接点を丁寧に探ることが重要です。
「責任ある積極財政」という言葉の罠:トラス危機の教訓と国債市場の冷徹さ
物価高対策や減税は耳触りが良い一方、「責任ある積極財政」は概念矛盾になりがちです。日本の債務残高はGDP比で世界最悪水準、金利上昇局面では国債費が雪だるま式に膨らみ、財政の裁量余地を奪います。英国トラス政権が市場の信用を一瞬で失った事例は、「政策の一貫性」「財源の具体性」「第三者検証」の三条件が欠けた途端に金利・通貨・株式が同時多発的に反乱することを示しました。日本が取るべきは、選別的・期限付き・ターゲット明確な支援の徹底と、社会保障・防衛・成長投資の三領域で歳出ルールとKPIを公開することです。成長物語が乏しいままバラマキに傾けば、長期金利の“微差上振れ”が複利で財政を圧迫します。市場は説明より整合性を見ます。財政は「スロー・イズ・スムース、スムース・イズ・ファスト」で臨むべきです。
再エネが石炭を逆転した世界で:日本の電力ミックスは“両利き”へ
世界の電源で再生可能エネルギー比率が石炭を上回る潮流は、日本企業の調達・価格戦略を揺さぶります。太陽光と風力の大量導入局面では、特定時間帯に電力スポット価格がゼロ近傍まで沈む現象が起こり、系統制約や出力抑制が常態化します。日本は原子力の再稼働がなお限定的で、バックアップとしてLNG・石炭への依存が残るのが現実です。脱炭素と供給安定の両立には、送電網の強化、蓄電(定置・EV/V2G)、需要側の柔軟性(DR)、PPAの拡充、そして価格シグナルに連動した生産計画が不可欠です。経営の打ち手は「電力の時間価値」を読み解くこと。昼間の安価電力を取り込むプロセス設計、蓄電による裁定、炭素コストを織り込んだ原価管理に踏み込むことで、コスト競争力と脱炭素の同時達成が見えてきます。
相次ぐランサムウェア被害の実相:払わない原則と“復旧力”をKPIに
大手流通・製造・メディアまで広範に被害が広がる中、ランサムウェア対策は「侵入を完全に防ぐ」発想から「事業継続を止めない」設計へと軸足を移すべき局面です。支払いは新たな犯行を誘発するため原則論として否定されます。ゆえに、経営KPIはRTO/RPO(復旧時間・復旧点)、BCPの多層化、セグメント化・ゼロトラスト、特権ID管理、オフライン・イミュータブルバックアップ、復旧訓練の“反復回数”に置くべきです。取引先・委託先を含むサプライチェーン監査、ランブックの自動化、広報・法務・警察との連携手順までを“秒単位”で整備し、支払わずに復旧できる組織筋力を平時に作ることが肝要です。サイバーは経営課題です。CFOは保険と自己復旧力の最適バランス、CIO/CISOは攻撃前提設計への全社移行を主導すべきです。
BYD×イオンが描く軽EVの衝撃:日本の“小さなモビリティ市場”で起こる大競争
BYDが日本向け軽EVを投入し、イオンと販路連携する構図は、国内モビリティ市場の重力を変える可能性があります。軽規格に特化した車台、OTA前提のソフトウェア、商業施設内での“体験起点販売”は、これまでのディーラー依存モデルを侵食します。課題は残存価値と中古流通、充電インフラ、冬季航続、補助金後の実質負担ですが、フリート・カーシェア・地方商業圏から浸透する筋道は現実的です。国内メーカーにとっては、軽の電動化で利益確保が難しい構造が露呈します。勝ち筋は、電池調達の共同化、サブスク/残クレの金融設計、商業施設・自治体との面展開、OTA×サービスの継続収益化です。消費者接点を“買い物動線”へ埋め込むBYDの戦略は、まさに新しい黒船です。日本勢は「製品」だけでなく「販売体験と保有体験」の刷新で迎撃すべきです。
コンビニ三強の地殻変動:ローソンの健闘と“日販の壁”
ローソンの増収増益はフライドチキンやパンなど即食の磨き込み、販促の当たりで弾みがつきました。店舗あたり日販はついに60万円台へ。もっとも、セブン‐イレブンの商材力とサプライ網は依然厚く、日販70万円台との“1日10万円差”は簡単に埋まりません。勝負の焦点は、(1)中食カテゴリのリニューアル速度、(2)値ごろ×健康志向の両立、(3)アプリ/データ活用の個客MD、(4)ラストワンマイルの共同化・置き配、(5)人時生産性を上げる店内オペ自動化です。即食・即配・即決済が融合する市場で、「棚」ではなく「時短価値」を売れるかが鍵になります。ローソンの伸長は競争の健全化を示しますが、シェアゲームの本丸は粗利ミックスと固定費吸収。三強の差は“1円の積み上げ方”に宿ります。
—この記事は2025年10月26日にBBTchで放映された大前研一ライブの内容を一部抜粋し編集しています。






