
戦後80年の「直視」と教訓― 石破書簡が示したリベラリズムと民主主義の再点検
石破氏の書簡は、戦後50・60・70年談話の継承を前提にしつつ、無謀な戦争へ突き進んだ原因を「憲法・議会・メディア」の制度的欠陥として冷静に分析しました。大日本帝国憲法の統治構造が戦争の開始・終結を天皇大権に収斂させ、議会と世論の歯止めを機能不全にしたという指摘は重要です。さらに、満州事変以降のメディアの扇動性や「神国」ナラティブが理性を麻痺させた点も、現在の情報空間でこそ反芻すべき論点です。過去を直視する勇気、異論に耳を傾ける寛容さという“本来のリベラリズム”を再興できるか。私は、政治・行政・教育の三位一体で歴史リテラシーとメディアリテラシーを強化することが、次の80年に向けた最優先課題だと考えます。
連立解消の真因― 「第二次麻生内閣」的人事がもたらした信頼の崩落
公明党の連立離脱表明は、企業団体献金規制での不調和だけではありません。高市新体制が国会議員票重視で誕生した経緯と、その後の「麻生派厚遇」人事が、政治とカネへの姿勢を曖昧にし、同盟相手の求心力を奪ったことが決定打でした。裏金問題に対する明確な断罪と刷新を先送りした結果、連立の大義—クリーンな行政と安定—は説得力を喪失。自民はかつての細川連立発足時の轍を踏みかねません。私は、まず資金フローの全面開示、処分基準の数値化、利害関係者の透明化を直ちに断行すべきだと提言します。調整力に乏しいトップの下では、制度で正すしかありません。
日本企業を巡るTOB最前線― 八木彝(Yageo)による芝浦電子の買収が映す「割安ニッポン」
芝浦電子へのTOB成立見通しは、日本の高技術部品企業が低PBRで放置されがちな現実を突きつけます。温度センサーの強みに“はまる”水平補完、価格引き上げでの態度転換、そして当局審査の逡巡—すべてが教えるのは、技術は国内に、資本は海外に流れる構図です。日本側に打つ手はあります。①コーポレートガバナンス強化でPBR是正、②産業政策の選択と集中、③「戦略的買収阻止」ではなく“価値の見える化”と“共同成長”の設計です。私は、政府・市場・企業の三者が資本効率と研究開発の両立指標(R&D ROI×PBR)で合意ベンチマークを持つべきだと考えます。
三菱重工の選択と集中― ロジスネクスト売却は防衛・エネルギー中核への回帰か
フォークリフト大手ロジスネクスト売却は、三菱重工が限られた経営資源をガスタービンや防衛へ再配分する判断です。国内にはトヨタ自動織機という強力プレーヤー、グローバルではリンデ等がひしめき、収益性は相対的に見劣りします。非中核の切り離しは妥当ですが、重要なのは「売った後」。①売却益の負債圧縮と成長投資の比率、②エアコン等重複事業の整理、③防衛でのサプライチェーン脆弱性対策が勝負を分けます。私は、売却益の少なくとも半分を“次世代エネルギー×防衛のデュアルユースR&D”に振り向け、残余で調達網の国産化・多元化を急ぐべきだと見ます。
フィジカルAIの賭け― ソフトバンクのABBロボット買収に潜む経営実装リスク
ABBのロボティクス事業取得は、AIを実世界で動かす“フィジカルAI”の中核を押さえる試みです。しかし、ソフトウェア主導の同社がハード工学・グローバル製造オペレーションを統合し、継続的な製品改善サイクルを回せるかは不確実です。課題は三つ。①後継者不在リスクを補う専門経営チームの即応配置、②AIスタック(モデル・推論基盤)とロボットOSの緊密連携、③欧州拠点の文化・ガバナンス適合です。私は、買収後2年で「AI搭載ロボの量産マイルストーン×故障率・稼働率KPI」を公開し、資本物語を“実装の成果”で裏付けることが不可欠だと考えます。
ガバナンス崩れの連鎖― ニデックの「意見不表明」とムーディーズ見直しの衝撃
監査人の意見不表明は、上場企業にとって最も重いシグナルの一つです。名経営者のカリスマの下で、悪情報が上に上がらない「報連相の断絶」が生じると、数字は一時的に良く見えても、やがて信用は毀損します。私は、①トップ直轄の独立CFOライン、②監査等委員会の実効性強化、③海外子会社の内部統制統一(ERP・在庫・収益認識の標準化)を早急に整えるべきだと見ます。株価は真空を嫌います。事実関係の迅速な開示、是正計画の日付入りロードマップ、第三者検証の三点セットで「不確実性ディスカウント」を外すことが再起の第一歩です。
生成AIマネーの臨界点― NVIDIA巨額投資、Sora2、ヘクトコーン台頭が示す次局面
NVIDIAの大型投資報道、OpenAIのSora2、評価額10兆円級ヘクトコーンの続出は、計算資本の寡占と“動画×物理法則”の表現力向上が同時進行していることを示します。一方で、学習データのオプトアウト論争や著作権処理は本格フェーズに入りました。私は、日本発で勝つ道として、①企業内データの合意型学習(契約起点のクリーンデータ)、②動画・製造・ロボティクスの産業合成、③推論効率化(低消費電力×オンデバイス)への特化を提案します。資金は“巨大DC”に吸われがちですが、競争優位は“産業実装の深さ”に宿ります。資本ではなく現場で勝つ設計が要諦です。
国家インフラの夢と現実― メッシーナ海峡大橋が映す「安保×経済」の新しい論理
シチリアと本土を結ぶ世界最長級吊り橋計画は、これまで環境影響や技術難度で頓挫してきましたが、NATOの国防費枠に土木を組み込む発想転換で再浮上しました。長大スパン、超高塔、特級ケーブル—技術的挑戦は巨大利益と背中合わせです。私は、三つの観点で評価します。①安保回廊としての機動力強化、②地域統合による物流・観光の複合効果、③建設・維持のコストと地政学リスクの釣り合い。夢だけでも、採算だけでも動かないのがインフラです。段階的スコープ(鉄道優先→道路併設)と民間資金の段階投入で、“実現可能性”に寄せる設計が現実解だと考えます。
—この記事は2025年10月12日にBBTchで放映された大前研一ライブの内容を一部抜粋し編集しています。



