
JALの断酒違反と企業文化の立て直し―「規程遵守」から「プロとしての禁酒文化」へ
日本航空の機長が滞在中の飲酒禁止規程に違反し、アルコール検査機の日付改ざんまで行った件は、懲戒解雇という結果自体は妥当といえます。ただ、問題の核心は個人のモラルに矮小化できません。過去にも飲酒関連の不祥事が複数発生しており、同僚同士での“安心感”が規範を緩める温床になっていると見受けられます。航空の安全は信頼で成り立ちます。国際線では「日本出国時点で乗務者は一切飲まない」という明快な禁酒文化を打ち立て、時間基準(乗務〇時間前)ではなく行動基準(出国以降は全面禁酒)に転換すべきです。あわせて内部通報の実効性を高める“社内の警察機能”を常設・可視化し、検査機器の改ざん防止(ログの外部監査、デバイスの改竄耐性強化)を義務化することで、組織的再発防止に踏み込みます。
軽油価格カルテル疑惑と独禁法コンプライアンス―「万年課長の阿吽」から脱するための仕組み改革
ガソリンスタンド運営8社に対する公取委の強制調査は、価格協議(引き上げ幅の擦り合わせ)という典型的なカルテル疑惑です。運送事業のコストに直結する軽油価格での談合は、広範な物価と地域経済へ波及します。現場レベルの黙契に頼る商慣行は、出世と無縁の“永年担当者”に暗黙裡の役割を固定化させ、組織は不作為で容認しがちです。対策は三層で設計します。(1) 取引・見積・会合記録のデジタル監査と異常検知(価格変動の相関検出)(2) 役職ローテーションと職務分離で“慣れ”の温床を断つ(3) 独禁法研修を懲罰的ではなく“安全運転”として制度化。公取は機動的摘発だけでなく、業界横断の行動規範と再犯防止プログラムの常設化まで踏み込むべきです。
汎用樹脂統合:三井化学・出光興産・住友化学―コモディティで勝つのは「規模×脱炭素投資」
中国の増産でエチレンを中心に市況が悪化する中、国内3社の樹脂事業統合は“遅れてきた必然”です。エチレンやPVC向けの上流は差別化が難しいため、個社最適のままでは収益性が痩せます。統合の眼目は(1) 設備稼働率の最適化と原料調達の規模効果(2) 脱炭素・電化・サーキュラー(化学リサイクル、CCU)への大型投資の共同化(3) ダウ・サウジアラムコ級のグローバル競合を見据えたポートフォリオ再編です。短期は操業度×原単位改善で底上げ、中期は高機能材・再生材ブレンドのプレミアム価格形成が鍵になります。統合“後”のスピードが価値を決めます。統合PMIにESG-KPI(CO₂原単位、再生材比率、電力再エネ比)を直結させ、資本効率と環境対応を同時に引き上げるべきです。
経済同友会・代表幹事問題―倫理審査より先に求められる「自律的な統治判断」
新浪氏のサプリ入手に絡む捜査や私的スキャンダルが報じられる中、経済同友会が倫理審査会を設置しました。しかし、ガバナンスの本質は“委員会を設けること”ではなく、利害と評価軸を明確化した迅速な統治判断です。代表幹事職は対外的信用の源泉であり、出身企業からのリソース供給(事務局体制の実効性)も前提となります。出身企業での地位喪失は、職務執行能力にも影響します。危機管理の原則は(1) 事実認定の即時性(2) 利害関係からの独立(3) 組織の名誉と公益性の優先。最小限の事実で足りる判断は速やかに下し、詳細審査は役職交代後に継続する二段構えが望ましいと考えます。経済団体こそ、“説明責任とスピード”という民間ガバナンスの矜持を示す局面です。
大塚HDのIgA腎症新薬:パテントクリフ越えの試金石―「医療×グローバル」で再び成長軌道を描けるか
シベプレンリマブが予定通り承認・上市すれば、エビリファイ後の収益柱として期待がかかります。大塚は過去、特許切れの谷を事業ポートフォリオで乗り越え、時価総額を大きく伸ばしました。今回も成否の鍵は三つです。(1) 早期の適応拡大・地域展開(米欧日の同時並行)(2) リアルワールドデータによる価値実証と価格維持(3) 腎×免疫領域でのプラットフォーム化(併用療法、コンパニオン診断)です。一般消費者はポカリ等のOTCで大塚を想起しがちですが、利益の源泉は医療用医薬です。投資家視点では、ピーク売上のレンジとLOE(特許満了)カーブ、そして研究開発費の回収見通しが焦点となります。上市後3年の“実売”とエビデンス創出スピードが、次のS曲線を決めます。
横河電機の連続M&A―制御×データ×サービスで“計装の外”へ
横河電機が5年間で10社を買収し、ITコンサル、医薬、再エネまで裾野を広げています。狙いは、計装・制御の製品売りから、産業IoT/OTセキュリティ/アナリティクスを束ねる“ソリューション・リカーリング”への転地です。成功条件は(1) 買収先の技術・人材を死蔵させないPMI(プロダクト統合と営業動線の接続)(2) 分野横断の共通データ基盤と課金モデル設計(SaaS/Outcome型)(3) グローバル大手(ABB・Honeywell等)との競争で差別化できる領域特化です。小粒買収のシナジーは“束ね方”で決まります。顧客の設備ライフサイクル全体で価値を示し、停止時間削減・品質ばらつき低減など財務効果を可視化できれば、横河は一段上の収益構造へ移行できます。
ベネフィット・ワン×第一生命の販売力シナジー―「福利厚生×保険流通」でLTVを再定義する
親会社の交代を機に、第一生命の大規模営業網が地方の新規会員企業獲得を牽引し、新規契約は倍増しました。買収の肝は“社長ごと買う”人的継承と、保険チャネルの動員です。次の伸びしろは三点。(1) 団体保険・年金と福利厚生プラットフォームの統合提案(人事課題を一体解決)(2) 施設・旅行・ヘルスケアの在庫/需要マッチング高度化(可処分時間の最適化)(3) 会員データを用いたパーソナル・ベネフィットのレコメンド最適化です。生命保険を“万一の保障”から“生活価値の前倒し”へ転換できれば、解約率低下とARPU向上が同時に進みます。国内需要の天井感を破るには、アジア拠点との越境リゾート・ウェルビーイング連携まで視野に入れるべきです。
オラクル×OpenAIの超大型契約―データセンター資本の「桁」を変えるパラダイム
OpenAIが計算資源を多元調達する中、オラクルと約5年間・数十兆円規模の契約を結んだ事実は、AI需要がデータセンター投資と電力制約で決まる時代に入ったことを示します。焦点は(1) GPU供給網の分散と時間価値(早期キャパ確保の超過リターン)(2) DC立地の規制・電力価格・再エネ調達(PPA/自家発)の最適化(3) ソフトウェア大手が“ハード・電力”に踏み出す統合モデルです。オラクルはSaaS/DBの収益基盤に、IaaSの重装備を重ねて評価が再定義されつつあります。日本勢は電力単価・系統制約で出遅れがちですが、需要地直結型の小規模分散DC、余剰再エネの地産地消、港湾・産業団地での複合PPAなど“日本流の答え”を早く形にすべき局面です。AIの勝敗は“電力×ロジ”で決まります。
—この記事は2025年9月21日にBBTchで放映された大前研一ライブの内容を一部抜粋し編集しています。




