
「トランプ劇場」:書面なき合意の危うさ―EUとの15%関税合意の真相とは?―
トランプ大統領がEUとの「史上最大の合意」と強調した相互関税の15%引き下げは、内容が不透明なまま進行しています。医薬品の扱いや鉄鋼・アルミ関税の維持など、EUとアメリカの説明が食い違っています。日本や韓国との交渉同様、トランプ氏はあくまで劇場型の手法で成果を強調し、詳細を曖昧にしたまま合意を演出しています。これにより、今後「合意内容の食い違い」が再燃する可能性が高く、EU側でも書面化を求める声が強まりつつあります。トランプ政権の特徴である「瞬間最大風速の政治手法」が、同盟国との信頼関係に長期的な影響を及ぼすのではないかと懸念されます。
独自動車業界の焦燥―ドイツ車に課せられる25%の壁―
EUからアメリカへの輸出自動車の多くを占めるドイツ車にとって、25%の関税は大きな痛手です。フォルクスワーゲン社長が「まずは交渉妥結を」と訴えた背景には、特例措置を求めるドイツと、それを歓迎しない他EU諸国との溝があります。ドイツはアメリカ国内での現地生産実績を元に一部特例を求めましたが、これも退けられ、結局日本と同様に一律25%の課税対象となりました。このように、アメリカが個別の交渉を拒否し、強硬姿勢を貫く構図は、今後の多国間貿易体制に一石を投じる形となっています。ドイツとしては製造拠点の再編も視野に入れざるを得ない状況です。
インドへの強硬措置―関税と制裁が交錯する地政学リスク―
アメリカがインドからの輸入品に25%の関税を課す方針を示した背景には、ロシアからの原油・武器の輸入を続けるインドへの警告がありました。トランプ氏は、ロシアからの輸入が続く場合には「100%の関税も辞さない」と強い姿勢を見せています。インドにとって最大の輸出先はアメリカであり、経済的依存が高い一方で、中国やUAEとの輸入関係も強いため、バランス外交が一層難しくなっています。EUがロシア産のエネルギー輸入を減らす中で、インドやトルコがその代替となっている現状を踏まえると、今後さらなる圧力の可能性が高まります。トランプ流の経済制裁が、世界経済の不確実性を増大させています。
韓国への「投資と引き換え」のディール―52兆円の対米投資は果たして得策か?―
韓国はアメリカとの交渉で関税を25%から15%に引き下げる代わりに、52兆円規模の対米投資を約束しました。このスキームは、日本の80兆円投資と酷似しており、関税を「金で買う」構図となっています。投資先の決定権や利益配分もアメリカ側が主導するとされ、トランプ氏は「アメリカが9割持つ」と明言しています。韓国にとっては高額投資であるうえ、現地生産の比率も低く、不利な条件であることは否めません。トランプ流交渉術は、経済的主権を侵食しかねない内容であり、日本と韓国はいずれも書面化されていない合意に振り回されているのが実態です。
銅関税50%の衝撃―アメリカ製造業回帰の幻想―
アメリカは8月1日から銅管・銅線などの半製品に50%の関税を課す方針を打ち出しました。対象から鉱石は除外されたものの、製造業にとっては大きなコスト増です。問題は「半製品」の定義が曖昧で、銅線などが実質的に地金そのものであるため混乱を招いています。中国やコンゴ、チリが銅の主要供給国である中、アメリカ国内に製造工程を戻すという方針は、時代錯誤とも言える内容です。トランプ氏の発言には明確な根拠や詳細がなく、「150年前の発想」と揶揄される場面も。製造業回帰という名目が、結果として価格高騰や供給混乱を招くリスクも孕んでいます。
トランプ関税に対抗する世界―各国の自衛策とブロック経済の兆し―
日経新聞が報じたように、トランプ関税に対し各国は対米投資の絞り込みや中国との関係強化といった自衛策を講じています。ベトナムを通じた中国製品の「迂回輸出」や、中国企業のベトナム工場移転なども進行中です。一方、アメリカはベトナム経由の輸入にも40%の関税を課すとし、どのルートが適用対象かも不明瞭なままです。こうした政策がサプライチェーンを撹乱し、グローバル経済の分断を進めています。日本もまた、明確な対抗策を打ち出せておらず、「失われた30年」の再来を回避するためにも、産業構造の転換や内需拡大を急ぐ必要があります。
雇用統計で怒りの更迭劇―トランプ政権が抱える統計不信と独裁化の兆候―
7月のアメリカ雇用統計が予想を大きく下回ったことで、トランプ氏は労働統計局長を即時更迭しました。過去2ヶ月分の下方修正も含め、自身の経済政策への批判を回避するための行動とされています。こうした「気に入らない数字は排除する」という姿勢は、統計の信頼性を根底から揺るがします。政権による統計操作が常態化すれば、マーケットや政策判断にも深刻な影響が生じかねません。支持率も低下傾向にあり、トランプ氏の焦りと苛立ちが見て取れる一幕です。民主主義国家において、統計データは政権批判を乗り越えるための礎であり、その破壊は許されるものではありません。
膨らむ腐敗と疲弊する倫理感―「トランプ帝国」の拡張と有権者の麻痺―
フォーブスが報じたように、再選後のトランプ氏は海外事業を急拡大させ、かつて配慮していた利益相反を無視しています。トランプ・オーガニゼーションが主導するリゾートや不動産、暗号資産などへの関与は、「政治とビジネスの一体化」が進んでいる証左です。しかし、倫理スキャンダルが次々と報じられる中で、有権者の側が「またか」と受け流すようになっている現実も深刻です。民主主義国家において、政治家の倫理が軽視されることは、制度の形骸化を意味します。政治家による「インマイポケット」行為が常態化する前に、メディアや市民による監視の目を強める必要があります。
—この記事は2025年8月3日にBBTchで放映された大前研一ライブの内容を一部抜粋し編集しています。






