
教習所料金高騰──独占構造が若年層の免許取得を阻む
総務省「小売物価統計」によると、普通自動車免許の教習料金は2024年4月時点で平均33万5,078円と、2015年比で約15%上昇し、2005年の統計開始以降最高値を更新しました。業界団体は「指導員の高齢化による人件費増」を主因に挙げますが、教習所数が2000年代初頭の約1,400校から現在1,100校台へと2割減り、競争が働きにくくなった寡占化の影響がより大きいと見られます。生徒数はピーク時から3割減少しており、本来なら料金を下げて需要喚起すべき局面ですが、各校は値上げで売上を維持する「総量規制ビジネス」に移行しています。若年層では「車を持たない」ライフスタイルが主流化し、物流では2024年問題でドライバー不足が深刻です。国交省が検討中のオンライン学科の恒久化、大学単位互換による時短取得、企業向け団体訓練の拡充など、取得コストを引き下げる制度改革が不可欠です。免許取得率の低下は地方の移動困難を悪化させ、公共交通の維持にも跳ね返ります。寡占を前提にした価格転嫁に歯止めをかけ、ユーザー視点の規制緩和を急がなければなりません。
セブン銀行株を伊藤忠へ──金融切り離しでコンビニ事業に集中
セブン&アイ・ホールディングスは、保有するセブン銀行株の一部を伊藤忠商事へ売却し、議決権比率を連結対象外まで引き下げる方向で最終調整に入りました。これによりグループの利益柱は、国内・北米コンビニと海外CVSの三本に集約され、金融は持分法扱いとなります。セブン銀行のATMは全国に約2万8,000台、年間利用件数10億件を誇り、ATM受入手数料は連結営業利益の相当額を占めますが、銀行子会社としてのROEは直近では大きく低下しました。一方、ファミリーマートを擁する伊藤忠は系列ATM網を十分に構築できておらず、今回の資本参加で導入コストを圧縮する思惑です。コンビニ業界の国内市場は頭打ちで、人件費高騰も続きます。セブン&アイはヨーカ堂やそごう・西武の整理に続き、キャッシュリッチな金融事業も切り離すことで「純粋コンビニ専業」へモデルチェンジを完遂します。資本効率を高めたうえで、北米7-Eleven網のM&A加速とデジタル決済基盤の統合に資金を集中させる構えです。
トヨタ自動織機TOB計画──“宝の株”を守る逆買収
トヨタグループ発祥のトヨタ自動織機は、デンソーやアイシンなど関連7社の株式を総額約5.7兆円も保有する「持株会社」的立場にあります。しかし自社の時価総額は約4.3兆円にとどまり、保有株を時価で売却すれば買収資金を即時回収できる構造が生じています。海外ファンドによる敵対的買収リスクを回避するため、トヨタ自動車・デンソー連合は最大6兆円規模でTOBを実施し、自動織機を非上場化する方向で協議中と報じられました。織機の主力事業はフォークリフトと車載部品で、繊維機械の比率は1割未満ですが、歴史的経緯から親子上場が温存されてきました。IFRSでは保有株の含み益は連結PLに反映されず、PBR1倍割れの要因にもなります。今回の措置は資本市場の歪みを是正すると同時に、トヨタグループの防衛体制を強化する狙いです。他の親子上場企業も簿価と時価の差を可視化し、買収ファンドの標的とならないよう早急に対応策を講じる必要があります。
日産、本社ビル売却検討──リースバックでひねり出す再建資金
日産自動車は横浜みなとみらい地区にある本社ビル(延べ床面積10万m²超)を売却し、リースバックで継続利用する案を検討しています。売却額は1,000億円規模とされ、人員2万人削減・国内2工場閉鎖を含む再建計画の資金源とします。日産の2024年度営業利益は黒字を確保したものの、稼ぎ頭の北米で赤字に転落するなど苦境に陥ています。。EVシフトも遅れ、世界シェアしました。資産売却は短期的なキャッシュ確保には有効ですが、商品力とブランド価値のてこ入れが伴わなければ焼け石に水です。仏ルノーとのアライアンス見直しで得た自由度を生かし、2027年までに投入する19車種のEVとハイブリッドで収益構造を転換できるかが再建の成否を左右します。リストラクチャリングの痛みを株主や従業員に強いる以上、経営陣は「次の稼ぐ柱」を早期に提示する責任があります。
地下インフラ診断技術──“掘らずに点検”の実装競争が激化
産業技術総合研究所とクボタは、地表から電流を流し地下の電気抵抗を測定して水道管の腐食度合いを推定するシステムを2028年に商用化すると発表しました。既存の土壌データとAI解析を組み合わせることで、道路を掘削して目視確認する従来手法に比べ、点検コストを30分の1に削減できると試算します。老朽化した上下水道管は全国に約67万kmあり、更新費用は累計100兆円規模とされています。補修箇所をピンポイントで特定する技術は財政逼迫の自治体に必須です。ただし、民間では走行車両にレーダーや高感度センサーを積んで「道路のMRI」と呼ばれる可視化サービスを展開するベンダーや、衛星熱画像と気象データで異常兆候を検知するスタートアップなど競合が多数存在します。国土交通省は技術カタログの標準化と実証フィールドの開放を急ぎ、自治体が性能・コストを比較しやすい環境を整備すべきです。地下インフラのDXは、橋梁やトンネルの遠隔診断にも波及するため、日本の安全保障産業として育成価値が高い分野です。
ハンガリーに集結する中国EV・電池──EU域内生産で逆襲開始
中国BYDは4月の欧州28カ国EV販売で7,231台を記録し、テスラ(7,165台)を初めて抜きました。電池最大手CATLは香港で重複上場し約6,500億円を調達、その8割をハンガリー・デブレツェンの新工場に投じます。両社は関税回避と物流短縮を狙い、EU域内生産に本腰を入れました。ハンガリーは法人税9%と労務費の低さで投資誘致に成功し、既にスズキ、メルセデス、アウディなどが集積しています。中国勢が完成車と電池を一体投資すれば、サプライチェーンの垂直統合が進み、「東欧デトロイト」と化す可能性があります。EUは今年、中国製EVに対し最大38%の追加関税を検討していますが、域内生産には適用できません。結果としてドイツ系サプライヤーから技術と人材が流出するリスクが高まります。日本企業は欧州向け車載ビジネスを維持するため、ハンガリーやポーランドを含む新興クラスターでの合弁や技術供与の在り方を再検討する必要があります。
SMR補助金で米国が走る──データセンター需要を狙う“点電源”
米エネルギー省は3月、小型モジュール炉(SMR)の開発企業に最大11億ドル(約1,300億円)の補助を行うと発表しました。対象は出力5万~30万kWで、従来型100万kW級軽水炉の1/20~1/3規模です。プレハブ式モジュールを工場量産し、地下プールに沈める受動安全設計を採用するため、建設期間は4~5年に短縮でき、冷却停止時のメルトダウンリスクも小さいとされます。AIクラウド拡大で電力不足が懸念される米国では、テネシー川流域開発公社(TVA)がデータセンター向けにSMR7基を検討するなど導入機運が高まっています。国内でも三菱重工がPWR派生のiSMRを構想していますが、立地自治体の同意手続きがネックで実証の目途は立っていません。再エネと蓄電では供給が追いつかない用途が増えるなか、日本が原子力技術立国として残れるかどうかは、SMR試験炉をいち早く国内で動かせるかに懸かっています。
宇宙ごみ1.5万基時代──“デポジット制度”で除去ビジネスを加速
科学メディア「ナゾロジー」によると、地球周回軌道には稼働衛星6,700基と機能停止衛星8,200基が漂い、総数は約1万4,900基に達しています。スペースデブリが秒速7kmで衝突すれば、連鎖爆発的に破片が増える「ケスラーシンドローム」を引き起こし、通信・測位衛星の運用に重大な支障を来します。欧州宇宙機関は除去衛星を公費発注し、米FCCは5年以内の軌道離脱計画提出を義務化する方針です。日本は宇宙基本計画で「2030年ごろまでに商業除去サービス確立」を掲げるものの、打ち上げ主体への経済的インセンティブは未整備です。打ち上げ時に廃棄費用相当額を供託し、計画通りデブリを除去した場合に返還する「宇宙デポジット制度」を導入すれば、スタートアップの除去サービスに資金が流れ、国際競争力も高まります。宇宙空間の持続可能性は、気象監視や防衛通信を支える国家安全保障インフラであり、早急な制度設計と産業育成が求められます。
—この記事は2025年6月1日にBBTchで放映された大前研一ライブの内容を一部抜粋し編集しています。