
▼住友ゴム工業と世界のタイヤ市場の動向
住友ゴム工業のブランド再統一と背景
住友ゴム工業は、アメリカのグッドイヤーから欧米におけるダンロップブランドの商標権を約820億円で買い戻すと発表しました。実は住友ゴムは1900年代初頭、イギリス・ダンロップの極東工場として出発し、その後の買収や資本業務提携を経て、地域ごとに商標を使い分けながら販売してきた経緯があります。かつては「全世界でダンロップを展開」していたものの、阪神・淡路大震災で永田工場が焼失して生産が困難になったため、一部をグッドイヤーに買ってもらって調達を続ける形となっていました。
今回の再取得により、住友ゴムは再び「グローバルで統一したダンロップブランド」を展開できるようになります。阪神・淡路大震災から約30年を経て、当時一度手放した権利を取り戻したことは、同社の企業史において大きな転換点です。また住友ゴムはゴルフ用品など他事業でもダンロップブランドを活用しており、全世界でのブランド統一化によりマーケティングや開発戦略を一元化できるメリットが期待されています。
世界のタイヤ市場シェアと寡占化
タイヤ業界は、ブリヂストン(日本)とミシュラン(フランス)の2強を筆頭に、グッドイヤー(アメリカ)、コンチネンタル(ドイツ)、ピレリ(イタリア)など上位数社でおよそ6割を占める寡占市場です。住友ゴムや横浜ゴム(日本)、韓国のハンコックなどがシェアを追いかける構図となっています。かつて世界ナンバーワンだったグッドイヤーは現在3位前後に位置しており、ブリヂストンはファイアストンの買収に成功するなど大規模M&Aで存在感を高めてきました。
自動車の電動化(EV)や自動運転技術の進歩により、タイヤに求められる機能は多様化しており、高度な研究開発競争が激化しています。今後はスマートタイヤ(センサー搭載)や環境対応技術がますます重要になり、各社のグローバル戦略が寡占構造を維持・変化させるカギを握るといえます。
タイヤメーカーのグローバル化と自動車メーカーへの追随
タイヤメーカーが世界的に事業を展開する背景には、「自動車メーカーへの追随」が大きく関わっています。新車装着用タイヤ(OE)の開発には数年かかり、メーカーごとに求められる乗り心地や摩擦性能などに合わせて共同開発を行うため、自然とタイヤメーカーもグローバルに拠点を持たざるを得ません。たとえば三菱自動車と横浜ゴムとのように車種ごとにパートナー関係を築くケースが多く、こうした提携を通して補修用タイヤ(RE)市場の売上も拡大する仕組みになっています。
住友ゴムも日本や北米、欧州などの主要地域に生産・販売拠点を持ち、阪神・淡路大震災後の工場復興や今回のブランド再統一をテコに、タイヤ事業をさらに強化していく方針です。
▼西友と外資系小売の動向
西友売却検討と業界再編
アメリカの投資ファンドKKRが傘下のスーパー大手「西友」を売却する方針を検討していると報じられました。かつて世界最大手のウォルマートが西友を完全子会社化しましたが、日本の商慣習や流通構造とのミスマッチもあって業績改善は思うほど進まず、KKRと楽天が出資する形に移行していた経緯があります。現在、西友株の85%を保有するKKRは、ファンドとしての投資期間を踏まえ、イオンやパン・パシフィック・インターナショナルなどの買収希望先に売却を模索しています。
西友は「西武百貨店」から「西友ストア」として独立し、無印良品やファミリーマートなどを派生させるなど、日本の流通業界史において大きな足跡を残してきました。2002年にウォルマートが資本参加し、2008年には完全子会社化に至ったものの、ウォルマート流のEDLP(Everyday Low Price)戦略などは日本市場に完全にはフィットせず、再編の波に翻弄され続けているといえます。
外資系小売企業の日本攻略とコストコの成功例
欧米の大手小売り企業は、過去にもイギリスのテスコやフランスのカルフールが日本に進出しましたが、いずれも撤退を余儀なくされました。一方で、コストコだけは会員制モデルにより「会費収入で利益を確保し、商品は原価に近い価格で提供する」戦略を実施し、日本各地で成功事例を積み重ねています。「コストコだけが日本に来てうまくいっている」と評価される理由の一つは、独特のビジネスモデルや会員組織による固定収益が大きいからです。
ウォルマートをはじめ海外小売りが日本市場で成功しきれなかった要因としては、消費者の細やかなニーズや既存流通網との競合、商慣習への対応の難しさなどが挙げられます。西友の売却先次第では、国内スーパー業界の再編が一段と進む可能性があり、今後の動向が注目されています。
▼マレーシア情勢と経済特区構想
マレーシアの大物財界人逝去とマハティール元首相の時代
マレーシアでは、ダイム・ザイヌディン元財務大臣と通信事業などで成功を収めたアナンダ・クリシュナン氏が、昨年11月に相次いで86歳で亡くなりました。両氏はマハティール元首相(現在99歳)を長年支えた“ブミプトラ政策世代”として知られ、国営企業の民営化や通信・衛星事業の立ち上げを通じてマレーシアの経済発展に大きく貢献しました。
私がマハティール元首相のアドバイザーを18年間務めたエピソードや、アナンダ・クリシュナン氏の「温泉掘削技術を日本で学んだ後、母国で石油を当てた」こと、さらにフィリピンのマカティにコールセンターを立ち上げ、アメリカ市場からの問い合わせをうまく処理した話などが紹介されています。インド系マレーシア人であるクリシュナン氏は卓越したビジネスセンスを発揮し、国内屈指の富豪に成長しました。
両名の死去によりマレーシア経済の一つの時代が終わったとされ、マハティール時代を象徴するリーダーたちが徐々に表舞台から退いていく転換点となっています。
マレーシア・シンガポール間の経済特区構想
マレーシアのアンワル首相とシンガポールのローレンス・ウォン首相は、国境を接するジョホール州南部に経済特区を設ける合意を交わしました。主要都市ジョホールバルやイスカンダル・プテリなど、約3,600平方キロメートルを対象とした大規模プロジェクトで、税制優遇やインフラ整備によって海外企業を誘致し、雇用創出を図る方針です。
歴史的にマレーシアとシンガポールは、水資源や国境管理をめぐって不信感が強かったものの、近年はお互いの経済発展を支えるパートナーとして協力路線を重視しはじめています。シンガポールにとっては国土の狭さを補完する“拡張エリア”としてのジョホール州が魅力であり、マレーシアから見れば投資と雇用機会の創出が見込めるウィンウィンの関係です。かつてマハティール氏とシンガポールのリー・クアンユー氏が互いを激しく嫌っていた話や、不信関係が続いていた歴史が強調されていましたが、新しい指導者同士が協調ムードをつくりつつあります。
三菱UFJ銀行の貸金庫盗難事件
三菱UFJ銀行では、元行員が貸金庫から顧客の金塊などを盗んだ疑いで逮捕され、被害総額が14億円超、被害顧客がおよそ70人という大規模な事件に発展しました。同銀行は頭取や役員5人の報酬を3か月間減額する処分を発表し、金融庁へ報告書を提出しましたが、「役員報酬の減額では済まされない問題ではないか」という厳しい指摘がありました。
従来の「合鍵」を用いた貸金庫運用は時代錯誤的であり、本来ならば生体認証やAI監視などを導入すべきとの意見も出ています。貸金庫は“銀行が安全を担保するサービス”というイメージが強いだけに、今回の事件が明るみに出たことで、銀行内部のガバナンスやセキュリティ体制に対する信頼が大きく揺らいだといえるでしょう。
フジテレビとタレントトラブル
フジテレビの社員がタレントの中居正広さんと女性とのトラブルに関与したと報じられ、同局は長らく事案を公にしないまま1年以上が経過しました。湊社長は「女性のプライバシー保護を優先していた」と説明しましたが、「株式会社として収益に重大な影響を及ぼす案件は開示義務がある」、「電波事業者としての公共責任も極めて大きい」という批判が述べられています。
総務省による放送免許の管理や上場企業としてのコーポレートガバナンスなど、フジテレビは二重の責任を負う立場です。第三者委員会を設置することが表明されていますが、「そもそも第三者委員会の問題ではなく、会社として電波事業者の資格があるかどうかを問われるレベルだ」という強い意見が示されていました。今後、フジテレビの経営責任や再発防止策の具体的な内容が注目されます。
車載OSの覇権争い
日経新聞がアメリカのS&Pグローバルのデータを元に分析したところ、車載情報系OS(カーナビや音楽など)でグーグルのアンドロイドが2024年に67%を占める見通しとなりました。スマートフォン市場とは異なり、車載OSではアップルの存在感が小さいうえ、トヨタなどが推進するLinuxベースのOSもまだ普及度が低い状況です。「グーグルの無人運転に関するビッグデータが圧倒的である」ことがアンドロイド優位の一因として挙げられています。
中国勢はファーウェイやシャオミなどが独自OSを開発しているものの、グローバル市場ではアンドロイドの優位がしばらく続く可能性が高いとみられます。自動車そのものがソフトウェアやデータで差別化される時代となる中、車載OSの主導権を握ることは自動車産業の未来を左右する重要なテーマです。
—この記事は2025年1月20日にBBTchで放映された大前研一ライブの内容を一部抜粋し編集しています。