
イーメタンが拓く脱炭素の未来――都市ガス業界が賭ける次世代燃料
都市ガス大手がこぞってe-メタン(イーメタン)の調達先確保に動き始めました。e-メタンとは、CO2と水素を合成して作るメタンで、再生可能エネルギー由来の電力で製造すれば「カーボンニュートラルなガス」とみなされる次世代燃料の一つです。政府は2030年までに都市ガス供給量の約1%をe-メタンにするよう義務付ける検討を進めており、業界にとっては避けられない転換点が近づいています。
私がこのニュースを見て感じるのは、「1%」という数字の持つ象徴的な重みです。現実的なインパクトとしてはわずかであっても、義務化によって業界全体が動き、技術・調達・インフラの整備が一気に進むという構造変化を引き起こす可能性があります。ゴミから燃料を作るSAF(持続可能な航空燃料)への義務付けをヨーロッパが進めているように、規制がイノベーションの呼び水になるケースは少なくありません。
ただし、手放しで賞賛できるわけでもありません。e-メタンの製造コストはまだ高く、再エネ由来の水素を大量調達する体制も整っていない。「1%の義務化」が単なるノルマ達成に終わるか、産業構造の変革の起点になるかは、企業が本気でコスト競争力を追求するかどうかにかかっています。
脱炭素の文脈では、特定の技術に偏った「義務化」が非効率を生む危険性もあります。e-メタン一択ではなく、水素直接利用や電化との組み合わせを視野に入れた柔軟なエネルギーポートフォリオが求められます。今はまだ「種まき」の段階ですが、2030年に向けた動きをしっかり注視しておく必要があります。
高島屋・700億円の特別損失が示す「不動産百貨店モデル」の限界
高島屋が2026年2月期の連結純損益見通しを、従来の130億円の黒字から一転して105億円の赤字へと大幅に下方修正しました。理由は2028年満期のユーロ円建て転換社債(CB)を自社で買い戻して償却するための712億円の特別損失です。投資家が社債を株式に転換して株式が希薄化するのを事前に防ぐ「攻めの損失計上」と報道され、本業の儲けを示す営業利益の予想は修正されていませんが、私はもう少し懐疑的に見ています。
高島屋は「半分が不動産会社」と言っても過言ではない企業です。新宿では敷地を開発して高島屋タイムズスクエアとして貸し出し、名古屋駅前でも一人勝ち状態が続いてきた。不動産収益で稼ぎながら百貨店を運営するこのビジネスモデルは、長年にわたり安定した収益の柱でしたが、「高島屋モデル」の稼ぐ力そのものが、かつてほどの力強さを失いつつある可能性があります。
百貨店という業態が構造的に苦しい時代に、不動産モデルで補完してきた高島屋でさえも、いよいよビジネスモデルの本格的な再設計が必要な局面に来ているのかもしれません。「攻めの損失計上」という言葉を額面通りに受け取るのではなく、背景にある収益構造の変化を冷静に読む必要があります。
ニデック・会計不正の深層――カリスマ経営者と「絶対君主病」の怖さ
ニデックの第三者委員会報告書が公表され、複数拠点での棚卸資産の過大評価や費用計上の先送りが認定されました。そして背景に「創業者・永守重信氏による業績目標達成への過度なプレッシャーがあった」と指摘されています。最大2500億円規模の減損損失という、その規模の大きさに改めて驚かされます。
しかし、私はこの報告書の結論の立て方に違和感を覚えます。永守さんへの批判に終始し、彼の功績と問題を混同しているように見えるからです。永守氏がいなければ、ニデックはここまでの規模にはなり得なかった。M&Aを繰り返しながらモーター事業を世界トップに育てた経営手腕は本物です。その点は公正に評価しなければなりません。
問題の本質は「永守氏個人の人間性」ではなく、「絶対君主を生み出した組織構造」にあります。トップが強力であればあるほど、周囲はイエスマンで固まり、内部からの異議申し立てが機能しなくなる。これはカトキチのうどん事業でもスルガ銀行でも見られたパターンです。そして今、トランプ大統領を見れば同じ構図が国家レベルで展開されていることがわかります。
今後の日本企業に必要なのは、カリスマ創業者を排除することではなく、カリスマ経営者でも「一時停止」をかけられる独立した牽制機構を整備することです。社外取締役がイエスマン化していては意味がありません。会社の中で「それはおかしい」と声を上げられる雰囲気と仕組みこそ、真のコーポレートガバナンスです。
スペースワン3度目の失敗――「新しい知見」だけでは次に進めない
宇宙スタートアップのスペースワンが小型ロケット「カイロス3号機」の打ち上げに失敗しました。2024年の初号機・2号機に続く3度目の失敗です。スペースワンの関係者は「新しい知見を蓄積できた。4回目に挑戦したい」と前向きなコメントを出していますが、私はそれだけでは不十分だと思っています。
失敗は確かに学習の機会です。しかし「学習した」と言えるためには、何が問題だったかを明確にし、その分析を第三者が検証できる形で開示しなければなりません。「社内で知見を蓄積した」では、日本の宇宙開発全体が前進したことにはなりません。
私が思い出すのは、福島第一原発事故の分析です。私自身も分析に関わりましたが、あれだけ明確な原因と改善提案があったにもかかわらず、15年経った今も提案の多くが実行されていません。担当者がどんどん変わるため、組織の中に教訓が根付かないのです。スペースワンが同じ轍を踏まないか、心配しています。
もう一つ指摘したいのは、技術的なノウハウの問題です。SpaceXやRocket Labが圧倒的な成功率を誇る中、日本の宇宙開発は「自前主義」にこだわりすぎているのではないでしょうか。世界から優秀な人材とノウハウを取り込むことを、もっと積極的に考えるべきです。挑戦する姿勢は尊重しますが、同じ失敗を繰り返していては、資源の無駄遣いになってしまいます。
外国人の土地取得規制――「買う側」から「買われる側」になった日本の矛盾
政府が外国人による土地取得ルールを検討する有識者会議を設置し、安全保障上の観点から規制の必要性を議論し始めました。確かに自衛隊基地周辺などへの外資参入は慎重であるべきという議論はわかります。しかし私は、この問題には大きな「非対称性」があると感じています。
40年ほど前、日本が世界中の不動産を買い漁っていた時代を私はよく覚えています。ハワイのホテルはほぼ日本資本に買い占められ、ニューヨークのロックフェラーセンターは三菱が買収し、ロンドンの中心部も日本資本が次々と取得していました。あの頃、規制をかけられた側の国々が「日本に買われるのは安全保障上の問題だ」と声を上げても、日本側は「自由主義経済だから問題ない」と言っていたはずです。
日本が「買う側」として世界に展開していた時代の記憶を持つ世代として、この問題には強い違和感を覚えます。
核のゴミ・南鳥島への申し入れ――「絶海の孤島」は救世主になるか
赤沢経済産業大臣が、高レベル放射性廃棄物の最終処分場の選定候補として、東京都小笠原村の南鳥島での文献調査実施を申し入れると発表しました。文献調査に応じると20億円、次の概要調査では70億円が交付される仕組みです。人口2800人の小笠原村にとっては、一人当たり71万円から約250万円相当のお金が入ってくる計算になります。
私はこのアイデア、実はそれほど悪くないと思っています。南鳥島は太平洋プレートの上に位置しており、火山地帯でもなく、地質的な安定性という観点からは一定の評価ができます。しかも現地には常住人口がほとんどなく、本土から1300キロ以上離れているという地理的条件も、最終処分場としての現実的な候補として考えうるものです。
ただし、日本全体の問題として見た場合、最終処分場の問題がこれほど長引いているのは、政治的な合意形成のメカニズムが機能していないからです。世界でも最終処分場を確定しているのはフィンランドだけという現実は、この問題がいかに困難かを示しています。アメリカでさえあれだけ広大な国土を持ちながら決まっていません。
今回の北海道や佐賀のケースと同様、「調査は受け入れるが最終的にはノーと言える」という構造になっており、地方交付金目的の「とりあえず調査」で終わる可能性も否定できません。それでも、地質的に合理性のある場所に対して正面から議論を始めることは、問題解決への第一歩として評価したいと思います。
旧統一教会・解散命令確定――40年遅れた当然の結末
東京高裁が旧統一教会(世界平和統一家庭連合)への解散命令を支持する判断を下し、宗教法人としての解散が確定しました。教団の資産約1000億円が被害者への弁済などに充てられる見通しで、一つの大きな区切りを迎えたことになります。
私の率直な感想は「40年遅れた」というものです。この教団は戦後の歴史的経緯から日本への「恨み」を抱き、日本から資金をむしり取ることを組織的に行い、送金された資金の多くが韓国本部に渡っていました。その実態は以前から知られていたにもかかわらず、自民党との選挙協力関係が長年にわたって見て見ぬふりを続けさせてきた。その責任は重いです。
特に問題なのは、岸信介元首相から安倍晋三元首相まで続いた自民党との癒着の構造です。教団が選挙の票読みや運動員の提供を行い、自民党側がそれを利用してきた。この「共生関係」こそが、解散を遅らせ、被害者を増やし続けた根本原因です。高市早苗氏も関係があったとされており、今後の政治的な影響は注目されます。
韓国では法律的な根拠がなく解散に踏み切れていないという現実もあります。日本での解散は、韓国の一部の人々にとっては「よかった」と胸をなで下ろす出来事でもあるでしょう。今後は資産の弁済プロセスを着実に進めるとともに、こうした宗教的な詐欺的行為に対する法的・行政的な防止策を整備することが急務です。
英国住宅ローン会社破綻+ブラックストーン不安――リーマン再来の予兆か
英国の住宅ローン会社マーケット・ファイナンシャル・ソリューションズが破綻申請し、バークレイズなど多くの債権者の株価が急落しました。そのほぼ同時期に、米国のブラックストーンが運営する個人投資家向けプライベートクレジットファンドで解約請求が急増し、初めて資金の流出超過となったことが明らかになりました。
この二つのニュースが同じ週に出てきたことに、私は嫌なデジャブを感じています。リーマンショック前夜と酷似した構図だからです。サブプライムローンを細かく刻んでトリプルAの証券に組み替えて売り出し、それが弾けた時に金融システム全体を揺るがした、あの構造が再び顕在化しているのではないかという懸念です。
今回の問題の核心は「ノンバンク融資」です。銀行規制の外側にある融資の積み上がりが、担保の過大評価や内部統制の不備と組み合わさると、危機の連鎖が始まります。ブラックストーンのファンドからの資金流出は、投資家が「何かおかしい」と感じ始めたシグナルとも読めます。
世界最大級のファンドの一つであるブラックストーンがこのような状態になっているという事実は、市場参加者にとって無視できない警告信号です。リーマン時のような「低格付け債券の証券化による格付けロンダリング」的な要素がないか、規制当局と投資家が真剣に調査すべき段階に来ています。楽観的なコメントに流されず、しっかりとリスクを直視することが今求められています。
韓国・50代起業ブームが日本に突きつける問いかけ
韓国の統計で、IT・専門人材による起業数が100万社を超え、創業者の最多層が50代(35%)であることが明らかになりました。財閥・大企業が役員の若返りを進めた結果、40〜50代の優秀な人材が出世競争に見切りをつけ、次々と起業に乗り出しているというのです。
私はこれを非常に興味深く見ています。韓国では「ヘル・コリア(地獄の韓国)」という言葉が若者の間で広まっていますが、優秀な中年層は「地獄に行く前に自分で道を切り開こう」と動き始めています。しかも彼らは、財閥系企業でグローバルビジネスを経験し、世界に出て戦ってきた実績を持っている。その経験と技術力を持った人材が100万社以上の新興企業を立ち上げているとなると、韓国経済の底力を侮れません。
翻って日本はどうでしょうか。日本でも確かに起業は増えていますが、中心は20〜30代の若年層です。50代の「大企業OB起業家」はまだ少数派です。終身雇用の崩壊が叫ばれて久しいですが、実際には「定年まで何とか会社にしがみつく」という行動様式がまだ根強く残っている。これでは韓国の「50代起業家100万社」という分厚い中間層の起業エコシステムは生まれません。
起業の成功は数の論理でもあります。多く生まれれば多く成功事例が出て、それがさらなる起業を呼ぶ正のスパイラルが生まれます。日本においても、大企業で培った経験・人脈・技術を持つ50代が積極的に起業できる環境を整えることが、経済の再活性化に向けた有力な処方箋の一つになるはずです。
—この記事は2025年3月8日にBBTchで放映された大前研一ライブの内容を一部抜粋し編集しています。
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