
突発的な解散総選挙と「中道改革連合」の正体——高市人気への焦りと、言葉だけが踊る「生活者ファースト」の危うさ
今回の衆院選は、高市早苗氏の人気が陰る前に打って出た自民党の焦りの産物といえます。一方で、立憲民主党と公明党が組んだ「中道改革連合」が掲げる「生活者ファースト」という言葉には複雑な思いがあります。実はこの概念、私が1990年代から提唱し続けてきた「生活者主権」そのものなのです。
当時の日本は官僚主導の「提供者の論理」で動いており、私はそれを「生活者の論理」へ転換すべきだと訴え、著書もベストセラーとなりました。今になってその言葉が政治利用されることには、元祖として「パクられた」ような複雑な心境を隠せません。中道を標榜しながら、真の理念が見えない新党がどこまで有権者に響くのか。有権者は、単なるキャッチコピーではなく、背後にある具体的な政策の実行力を見極める必要があります。
山上被告への無期懲役判決と自民党の「負の遺産」——司法が下した決断と、浮き彫りになった旧統一教会との癒着構造
安倍元首相銃撃事件の山上哲也被告に対し、無期懲役の判決が下されました。裁判所は犯行を厳しく断罪しましたが、この事件が日本の社会、特に政治と宗教の闇を白日の下にさらしたことは無視できません。この事件がなければ、自民党と旧統一教会の数十年におよぶズブズブの関係がこれほどクリアに解明されることはなかったでしょう。
岸信介氏の時代から続くこの癒着は、自民党にとって選挙運動員を確保するための極めて実利的な構造でした。現在、教会の解散命令請求にまで至ったのは、山上被告の行動という「不幸な事件」がきっかけであるという皮肉な現実があります。私たちはこの事件を単なる刑事事件として終わらせるのではなく、宗教二世・三世の問題を含めた大きな社会課題として、引き続き注視していく必要があります。
消費税ゼロの甘い罠:経済効果と「健康被害」の相関——減税が招く財政赤字と、オーストラリアに学ぶ「肥満増」の教訓
衆院選の公約として各党が掲げる「食料品の消費税ゼロ」ですが、その経済効果は年間5000億円程度と、4兆8000億円もの減税額に対して極めて限定的です。それ以上に懸念すべきは、財源の議論が不在であること、そして意外な「副作用」です。
十数年前に食料品を非課税にしたオーストラリアの例を見ると、食料品が安くなった結果、過食が進み、肥満人口が劇的に増加しました。今やオーストラリアの街角は、かつてのアメリカのような肥満大国と化しています。安易なバラマキ的減税は、国の財政を悪化させるだけでなく、国民の健康寿命を縮めるリスクさえ孕んでいるのです。選挙目当ての「耳当たりの良い政策」に惑わされず、その裏にあるコストと社会的影響を冷静に分析すべきです。
柏崎刈羽原発の再稼働停止に見る「ブランク」の恐怖——十数年の停止がもたらす技術の錆びと、熟練オペレーター不在の危機
東京電力が柏崎刈羽原発6号機の再稼働に踏み切りましたが、電気系統の不具合で即座に停止に追い込まれました。これは、3.11以降の十数年という空白期間が、巨大システムにとっていかに致命的であるかを象徴しています。機械そのものの劣化だけでなく、現場の熟練オペレーターが育っていない、あるいは感覚を忘れていることが最大の問題です。
十数年眠っていたトラックの運転手に、いきなり高速道路を100キロで走れと言うようなものです。BWR(沸騰水型)原発の稼働経験が途絶えた東電にとって、再稼働は並大抵の努力では成し遂げられません。女川原発などの稼働経験者から学ぶなど、組織の壁を越えた知見の共有が不可欠です。東電は経営的にも事実上破綻しており、一度リセットして組織と人事を刷新し、プロフェッショナルな体制を再構築すべき時期に来ています。
インバウンド4000万人時代の到来と「こと消費」への転換——唯一の成長産業を50兆円規模へ育てるための視点
2025年の訪日外国人数は4270万人と過去最多を更新し、消費額も9兆5000億円に達しました。私は以前から「インバウンドは1億人まで行く」と断言してきましたが、まさにその一里塚に到達したと言えます。特に注目すべきは、欧米客の消費額が30万円を超えるなど、「モノ」から「コト」へと消費の質が変化している点です。
興味深いことに、ロシアや中国といった政治的に緊張関係にある国々の人々も、日本という国や文化そのものは高く評価しています。観光は最高の外交手段であり、経済の柱です。宿泊税の定率化などを通じて、インバウンドによる利益を確実に地域振興へ還元する仕組み作りも急務です。政府や一部の政党は「移民・難民」の文脈で排他的な議論をしがちですが、観光立国としてのインフラ整備こそが、人口減少社会における日本の生命線となるでしょう。
ソニーのテレビ事業切り離し:家電メーカーの終焉とコンテンツへの昇華——TCLとの合弁に見る「トリニトロン」世代の寂しさと、経営の合理性
ソニーがテレビ事業を中国TCLとの合弁会社に移管し、過半数の株を譲渡すると発表しました。かつて「トリニトロン」で世界を席巻したソニーを知る世代には寂しいニュースですが、経営判断としては極めて合理的です。もはやテレビ受像機そのものには技術的差異がなく、規模の経済を持つ中国勢には太刀打ちできません。
ソニーの強みは、今や映画、音楽、ゲームといった「コンテンツ」にあります。ハードウェアからエンターテインメント・コンテンツ会社へと完全に脱皮したソニーの時価総額が高いのは、この大胆なポートフォリオの入れ替えが市場に評価されているからです。シャープや東芝に続き、ソニーもテレビという象徴を切り離したことは、日本流「ものづくり」の時代の終焉と、新たな価値創造の時代の始まりを告げています。
日立建機の社名変更に物申す:ブランドの認知度という資産——「ランドクロス」への変更は、日立にとって長年の蓄積を捨てる暴挙か
日立建機が2027年に社名を「ランドクロス」に変更する方針を示しましたが、私はこれに大反対です。日立製作所というグループは、変圧器やインフラ設備など、素晴らしい技術を持ちながらも「一般の人の目に見えない」BtoBビジネスが主軸です。その中で、世界中の工事現場で「HITACHI」の文字を掲げる建機は、グループ最大のブランド・アンバサダーだったのです。
世界中の人々が日立の名前を目にする数少ない接点を自ら捨て、馴染みのない「ランドクロス」に変えることに何のメリットがあるのでしょうか。ブランドの認知度は時価総額にも直結する重要な資産です。日立ブランドの恩恵を軽視した今回の決定は、経営陣が「目に見えるブランドの価値」を正しく理解していない証左と言わざるを得ません。
トランプの「グリーンランド買収」と迷走する国際秩序——ペンギンのいない北極圏に旗を立てる、あまりに軽薄なパフォーマンス
トランプ大統領が、またもやグリーンランド買収をぶち上げ、世界を失笑させています。生成AIで作らせたと思われる、グリーンランドに星条旗を立てる画像には、北極圏には存在しないはずの「ペンギン」が描かれていました。この一点だけでも、彼の戦略がいかに思いつきで、事実に基づかないものであるかが露呈しています。
また、ノーベル平和賞をもらえない腹いせに「平和を考える義務を感じない」と発言したり、NATO諸国に対して「もっと金を払え」と脅したりする姿は、世界のリーダーとしての資質を疑わせるに十分です。一方で、トランプの保護主義を逆手に取り、EUと南米メルコスルがFTAに署名するなど、アメリカ抜きの新秩序が形成されつつあります。私たちは、トランプという「劇薬」がもたらす一時の混乱に一喜一憂せず、その裏で進む冷徹な国際社会の再編を見据えなければなりません。
—この記事は2025年1月25日にBBTchで放映された大前研一ライブの内容を一部抜粋し編集しています。






