
米国経済の「強さ」とインフレの火種——2026年、FRBの舵取りが世界を揺るがす
2026年の年明け、世界が注目したのはやはり米国経済の動向です。最新の雇用統計は市場予想を上回る結果となり、米国経済の底堅さ(レジリエンス)を改めて印象づけました。しかし、ここで安易に「ソフトランディング成功」と楽観視するのは危険です。雇用が強いということは、賃金上昇圧力が依然として高いことを意味し、それはすなわちインフレの火種が消えていないことを示唆しているからです。
FRB(連邦準備制度理事会)は、インフレ抑制と景気維持という極めて難しいバランスの上に立たされています。市場は早期の利下げを期待して株高を演出してきましたが、実体経済のデータは「金利はそう簡単には下がらない」という現実を突きつけています。もしインフレが再燃すれば、さらなる引き締めが必要となり、その時はじめて本当の意味での景気後退(ハードランディング)が訪れるかもしれません。
私たちが見るべきは、表面的な株価の上下ではなく、その背後にある「マネーの流れ」と「企業の稼ぐ力」の乖離です。高金利環境が常態化する中、借金に依存した成長モデルは限界を迎えています。米国市場の動向は、単なる対岸の火事ではなく、日本の金利政策や為替、ひいては私たちの生活コストに直結する重大事です。2026年は、この「金利のある世界」に企業も個人もどう適応できるかが問われる一年になるでしょう。
中東で連鎖する火薬庫——「見えない戦争」が世界のサプライチェーンを脅かす
中東情勢の緊迫化が止まりません。イスラエルとガザの衝突に端を発した火種は、イエメンのフーシ派による紅海での商船攻撃、さらにはイランやレバノンを巻き込んだ地域紛争へと拡大の様相を呈しています。これは単なる地域紛争ではなく、世界の物流とエネルギー供給網(サプライチェーン)に対する直接的な脅威です。
紅海はアジアと欧州を結ぶ大動脈であり、ここが機能不全に陥ることは、輸送コストの急騰と納期の遅延を意味します。すでに多くの海運会社が喜望峰周りのルートに変更を余儀なくされており、これは世界的なインフレ圧力を再び高める要因となります。また、ホルムズ海峡の封鎖という最悪のシナリオが現実味を帯びれば、エネルギー資源を中東に依存する日本経済は壊滅的な打撃を受けることになります。
しかし、日本の報道や政治の反応はあまりに鈍いと言わざるをえません。「遠い国の出来事」として処理し、平和ボケした議論に終始している間に、世界のリスクプレミアムは確実に上昇しています。企業経営者は、シーレーンが途絶するリスクを前提としたBCP(事業継続計画)の再構築を急ぐべきです。地政学的な断絶が進む世界において、調達先の多角化や在庫戦略の見直しは、もはや「コスト」ではなく生存のための「投資」と捉えるべきなのです。
中国、「日本化」への道——不動産バブル崩壊が招く長期デフレの深刻度
中国経済の減速が鮮明になっています。不動産バブルの崩壊は、単なる市況の悪化にとどまらず、地方政府の財政悪化や銀行の不良債権問題へと波及し、経済全体の活力を削いでいます。私が長年指摘してきた通り、中国はいま、かつての日本が歩んだ「バブル崩壊後の長期停滞」、いわゆる「日本化(Japanification)」の入り口に立っていると言えます。
特に深刻なのが若年層の失業問題です。大学を出ても職がない、将来に希望が持てないという閉塞感は、消費意欲を減退させ、「寝そべり族」に象徴されるような無気力感を生んでいます。内需が縮小すれば、中国政府は輸出主導で成長を維持しようとしますが、それは欧米との貿易摩擦をさらに激化させるだけです。EV(電気自動車)などの特定産業への過剰投資とダンピング輸出は、新たな火種となるでしょう。
日本企業にとって、中国はもはや「安価な生産拠点」でも「無限の巨大市場」でもありません。カントリーリスクを見極め、中国依存度を下げる「チャイナ・プラス・ワン」、あるいは「脱中国」の動きを加速させる必要があります。中国経済の停滞は、世界経済の成長エンジンの失速を意味します。私たちは、中国の成長を前提としたビジネスモデルを根本から見直すべき時期に来ているのです。
「欧州の病人」再び?——ドイツ経済の失速がEU全体に落とす暗い影
かつて欧州経済の牽引役であったドイツが、いま苦境に立たされています。安価なロシア産ガスに依存したエネルギー政策の破綻、そして最大の輸出先である中国経済の減速という「ダブルパンチ」が、ドイツの製造業を直撃しているからです。高いエネルギーコストは企業の競争力を奪い、主要産業である自動車産業もEVシフトの波に乗り遅れつつあります。
ドイツの現状は、日本にとっても他山の石となる強烈な教訓を含んでいます。「技術力さえあれば勝てる」「良いモノを作れば売れる」というかつての成功体験に固執し、デジタル化やエネルギー転換という構造変化への対応が遅れた結果が、現在のマイナス成長です。EU全体を見ても、環境規制の強化が企業の足かせとなり、イノベーションが生まれにくい土壌になっていることは否めません。
国家戦略としてのエネルギー政策、そして産業構造の転換がいかに重要か。ドイツの苦悩はそれを雄弁に物語っています。日本もまた、エネルギー自給率の低さと輸出依存という共通の課題を抱えています。「環境先進国」を自負してきたドイツの躓きを冷静に分析し、イデオロギーではなくリアリズムに基づいた経済・エネルギー政策へと転換しなければ、日本も同じ道を辿ることになるでしょう。
AIは「対話」から「行動」へ——CES 2026が示したテクノロジーの新たな地平
ラスベガスで開催されたCES 2026は、テクノロジーの進化が新たなフェーズに入ったことを明確に示しました。これまでの「生成AI」ブームが一巡し、AIが単にテキストや画像を生成するだけでなく、ロボットや自動車、家電と融合して物理的な「行動(アクション)」を起こす時代、いわゆる「AIエージェント」の時代が到来しています。
特に注目すべきはモビリティ分野です。自動車はもはや単なる移動手段ではなく、「走るスマートフォン」から「走るAIルーム」へと進化しました。車内でのエンターテインメント、健康管理、そして完全自動運転へのロードマップが具体化しつつあります。また、ヘルステックの分野でも、AIが個人の生体データをリアルタイムで解析し、未病の段階でケアを提案するサービスが標準化しそうです。
ここで問われるのは、日本企業の存在感です。かつてCESの主役だった日本の家電メーカーの影は薄く、代わって台頭しているのはスタートアップや異業種からの参入組です。技術を「製品」に落とし込むハードウェアの力はあっても、それを「体験」や「サービス」として統合するソフトウェアの構想力で遅れをとっています。AIを使いこなし、ユーザーにどんな新しい価値を提供できるか。日本企業は、過去の成功体験を捨て、ゼロベースでビジネスモデルを再定義する必要があります。
「政治とカネ」の泥沼から抜け出せない日本——漂流する国家ビジョン
日本の政治状況は、目を覆いたくなるような惨状です。「政治とカネ」の問題が再燃し、政権はその対応に追われるばかりで、本来議論すべき国家の長期ビジョンや構造改革案が全く出てきません。派閥の論理や内向きの権力闘争に明け暮れ、国民生活や経済の再生がおざなりにされている現状は、まさに「政治の機能不全」と言えます。
世界が激動し、各国のリーダーが国益をかけて外交や経済戦略を競っている中で、日本の首相が内政問題で手一杯になっていること自体が、大きな国益の損失です。少子高齢化、社会保障制度の崩壊、地方の衰退といった待ったなしの課題に対し、痛みを伴う改革を断行できるリーダーシップが全く見当たりません。「検討する」「注視する」といった言葉遊びを繰り返している間に、日本の国力は相対的に低下し続けています。
有権者である私たちにも責任があります。目先のバラマキ政策や耳障りの良いスローガンに踊らされ、本質的な解決策を提示しない政治家を選び続けてきた結果が、今の日本の姿です。もはや既存の政党や派閥に期待することはできません。しがらみのない、真に国家の将来を憂う新しいリーダーシップの台頭を促すためにも、私たち一人ひとりが政治に対するリテラシーを高め、厳しい目を向ける必要があります。
災害大国の現実と「公助」の限界——能登半島地震から学ぶべき備え
能登半島地震から時間が経過しましたが、被災地の復興は遅々として進んでいません。この現実は、日本の防災システムやインフラがいかに脆弱であるかを露呈しました。高齢化が進む地方において、道路や水道などのライフラインが寸断された際、復旧にこれほどの時間を要するという事実は、他の地方都市に住む人々にとっても他人事ではありません。
行政の対応、いわゆる「公助」には限界があります。財政難と人手不足の中で、すべての地域を網羅的に救済することは物理的に不可能になりつつあります。今回明らかになったのは、孤立集落への支援の難しさと、避難所環境の劣悪さです。これらは長年指摘されてきた課題ですが、抜本的な改善がなされないまま放置されてきました。
これからの防災は、「行政がなんとかしてくれる」という受動的な姿勢では命を守れません。地域コミュニティ単位での備蓄、避難経路の確保、そして何より、自分たちの地域のリスクを正しく理解する「自助」「共助」の仕組み作りが急務です。また、国としては、被災後の復旧だけでなく、人口減少地域におけるインフラ維持のあり方、コンパクトシティ化を含めた国土強靭化のグランドデザインを再考する時期に来ています。感傷的な支援だけでなく、冷徹な現実認識に基づいた復興計画が必要です。
組織に頼れない時代の到来——2026年、求められるのは「稼ぐ力」と「構想力」
2026年、私たちを取り巻く環境は、もはや「大企業に入れば安泰」という神話が完全に崩壊したことを示しています。ジョブ型雇用の浸透、AIによる業務の代替、そして企業の寿命の短命化。これらはすべて、会社という組織に依存して生きることが最大のリスクになることを意味しています。これからは、組織の看板ではなく、個人の名前とスキルで勝負する時代です。
求められる能力は二つあります。一つは、AIやテクノロジーを使いこなし、付加価値を生み出す「稼ぐ力」。もう一つは、答えのない問いに対して自分なりの解を導き出す「構想力」です。誰も正解を知らない変化の激しい時代において、マニュアル通りの仕事しかできない人材は淘汰されます。世界情勢を理解し、自分の頭で考え、行動できる人材だけが生き残れるのです。
学び直し(リスキリング)は、もはやオプションではなく義務です。しかし、それは単に資格を取ることではありません。世界のどこでも通用する普遍的な論理的思考力(ロジカルシンキング)や問題解決力を身につけることです。2026年を飛躍の年にできるかどうかは、あなた自身が「自分の人生の経営者」としての覚悟を持てるかどうかにかかっています。一歩を踏み出し、世界へ目を向けてください。
—この記事は2025年1月11日にBBTchで放映された大前研一ライブの内容を一部抜粋し編集しています。






