
Anthropicの買収が示すAI競争の新段階:実行能力を獲得するAIへ
Anthropicが、高速JavaScript処理技術を持つスタートアップを買収したという発表は、AI競争が「生成」から「実行」へと確実に移行していることを示しています。JavaScriptは現在、Webアプリケーションの多くを動かす基盤技術であり、その高速処理をAIが取り込むことによって、AIは文章を出力するだけでなく、実際にアプリケーションを操作したり、コードを実行したりする能力を高めていきます。私は、AIが高度化するにつれ、言語モデルの性能競争から、システム統合能力の競争へと移ると考えてきましたが、今回の買収はまさにその方向性を裏付けるものです。
今後、AIは“指示を理解して答える存在”から“指示を理解し、必要な作業を自動で実行する存在”へ変わっていきます。例えば、アプリケーションの修正や動作テスト、データ処理など、これまで人が行ってきた複雑な作業をAIが直接行うことが可能になります。JavaScriptを高速に扱えるということは、Web全体を操作するための「手足」を持つことに近く、AIが実務レベルの処理領域へ踏み込む基盤が整ったと言えます。
また、今回の動きは、AI各社がモデル性能だけでなく、周辺技術の統合や実行環境の最適化に焦点を移していることも示しています。モデルが優れているだけでは継続的な競争優位を持てず、実業務へどう適用できるか、どれだけ高速かつ正確に外部システムを動かせるかが問われています。私は、今後のAI企業の価値は「総合的なシステム統合能力」で決まっていくと見ています。
日本企業にとっても、この潮流は重要です。AIを単なる“使うためのツール”と捉えるか、それとも“業務全体を再構築する技術”と捉えるかで、企業の競争力は大きく変わります。AIがコードを実行する能力を獲得しつつある中、日本の企業や行政は、従来型のITシステムでは対応できない変化に直面することになります。私は、日本がこの転換期を見逃さず、積極的に技術を取り込みながら業務効率化を進める必要があると考えています。
米中対立下の半導体供給力不足:トランプ政権が直面する現実
トランプ政権は半導体を国家安全保障の中心に置き、中国への依存を減らすために国内生産を強力に推進しています。しかし、実際には米国内の人材不足が深刻で、企業は生産拡大を望まれても「人がいない」と率直に伝えています。特に12インチウェハーを扱う先端工場では、専門知識を持つ技術者が限られており、設備を導入してもフル稼働させることができない状況が続いています。私は、政策と現場のギャップがこの分野で大きなリスクになると考えています。
半導体製造は、設備投資だけで完結するものではなく、長期間の熟練が必要な産業です。そのため、短期間に国内回帰を迫っても、供給力を増やすことは容易ではありません。米国が推し進める生産回帰政策は方向性として理解できますが、現場の人材供給が伴わなければ、投資が十分に回収できず、サプライチェーン全体が不安定化する恐れがあります。
さらに、中国企業は米国の規制を巧みに回避しながら、タイやカンボジアなど、規制の影響を受けにくい国へ生産拠点を移しています。こうした動きは、米中対立の構図が単純な“国対国”ではなく、企業が規制と市場の隙間を縫う“したたかな対応”によって形成されていることを示しています。私は、中国企業のこうした柔軟性は評価すべき点であり、米国側の政策はそれを十分に織り込めていないように見えます。
半導体は世界経済の基盤であり、政策の影響を最も受けやすい産業です。トランプ政権は強い国内産業育成を掲げていますが、現実的な供給能力との乖離は無視できません。今後、米国の要求と企業の実行力のギャップが拡大すれば、国際的なサプライチェーン全体にさらなる混乱が生じる可能性があります。
インドの太陽光パネル国産化政策がもたらす産業拡大
インド政府は2019年から太陽光パネルの国産化を段階的に義務付け、輸入依存を減らす政策を進めてきました。その結果、国内スタートアップが大幅に増加し、太陽光関連産業が急速に成長しています。政府の補助金制度や国内需要の拡大が後押しし、インドの太陽光市場は世界でも有数の規模に達しつつあります。私は、この一連の政策がインドの産業基盤を強化し、国際競争力を高めていると見ています。
また、インドは人口が増え続けているため、今後もエネルギー需要が継続的に伸びる見込みです。この点で、再生可能エネルギーを国家戦略の中心に据えていることは極めて合理的です。国産化を進めることで、雇用の創出だけでなく、技術蓄積も国内に残すことができ、長期的な成長に寄与します。
日本企業もこの流れに関与し始めており、技術協力や共同開発の機会が増えています。日本の高効率セル技術や長寿命部材は、インド企業にとって競争力強化の重要な要素であり、補完関係は今後さらに深まる可能性があります。
インドは“第三の経済大国”としての存在感を高めており、再エネ分野はその象徴とも言えます。私は、インドがこの分野で世界的なプレーヤーへ成長することは、ほぼ間違いないと考えています。今後、国産化政策がさらに進めば、太陽光市場の構造は大きく変わり、日本企業にとっても戦略的な関与が求められる局面が増えていくはずです。
ASEANの台頭と脱中国サプライチェーンの加速
中国企業は米国の制裁や規制を避けるため、ASEAN諸国へ生産拠点を移す動きを強めています。タイやベトナムでは工場建設が相次ぎ、フィリピンではデジタル決済の普及が一気に進んでいます。フィリピンでは停電の多さがかつては課題でしたが、現在は経済成長とともに都市部のデジタル化が加速しており、社会インフラも徐々に整いつつあります。私は、この流れがASEAN全体の成長構造を大きく変えていると感じています。
ASEANはもはや「安価な生産地」ではなく、消費市場としても魅力を高めています。特に都市部では購買力が上昇し、デジタルサービスの需要が増加しています。また、人口構成も若いため、企業にとって長期的に投資する価値のある市場となっています。
中国企業によるASEAN移転は、米中国対立を背景にしているものの、企業側はコストや市場の成長性も見据えて行動しており、単なる政治回避ではありません。この柔軟性は企業競争力につながっています。私は、これらの国々が今後10年以上にわたり、世界のサプライチェーンの重要な要として機能すると考えています。
日本企業にとっても、ASEANシフトは大きな意味を持ちます。中国依存を減らしつつ、市場としての成長ポテンシャルを取り込むことができるため、生産と販売の両面で戦略的価値があります。日本企業は、ASEANを単なる生産拠点ではなく、“共創パートナー”として位置づける段階に入っていると言えるでしょう。
—この記事は2025年12月7日にBBTchで放映された大前研一ライブの内容を一部抜粋し編集しています。






