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タレントマネジメントの成功事例|アサヒグループが挑む次世代経営幹部育成

タレントマネジメントの成功事例|アサヒグループが挑む次世代経営幹部育成

アサヒグループは、約3万人の従業員と100カ国以上の事業展開を行うグローバル企業です。その日本・東アジアリージョンでタレントマネジメント改革を牽引しているのが、アサヒグループジャパン株式会社常務執行役員CPO(チーフ・ピープル・オフィサー)の黒川華恵様です。

本記事では、Aoba-BBT「次世代経営人財育成サミット」で語られた内容をベースに、アサヒグループがどのように「次世代経営幹部育成」に取り組んでいるのかを整理します。

日本企業に根強く残る「滅私奉公」的な働き方から、社員の潜在能力を最大限引き出すピープル戦略への転換。そのなかで、グループ全体のタレントマネジメントをどう設計・実装してきたのかを具体的に紐解きます。

まずは、IT・営業畑から人事キャリアに大きく舵を切り、GE、ジョンソン&ジョンソン、ウォルマートなどグローバル企業でCHROを歴任してきた黒川様のキャリアを簡単に紹介します。そのうえで、アサヒグループが抱えていた課題、タレントマネジメント改革のプロセス、得られた成果と今後の展望を解説していきます。

▼アサヒグループのタレントマネジメント成功ポイント

  • グループ横断で人財を可視化する「アナログ×共通言語」設計 
  • 経営陣が4時間本気で議論するタレントレビュー 
  • 囲い込みをやめ「投資としての異動」を実行 
  • 1年強で62件の戦略的異動・18件の役員人事に反映

タレントマネジメントについての前提説明

タレントマネジメントとは、単なる人財評価や配置の仕組みではなく、「企業の中長期的な価値創造を担う人財を、戦略的に選抜・育成・配置する」ための一連のマネジメントプロセスです。特に近年は、CEOや次世代経営幹部の後継者計画(サクセッションプラン)とセットで語られることが増えています。

グローバルでは、CEOやCXOなどのキーポジションの多くは、外部登用ではなく「内部昇格」で決定されるという調査結果が一般的です。裏を返せば、企業は数十年単位の時間軸で、若手期から将来の経営人財候補を見極め、経験・学習機会・配置を設計しているということになります。

一方で日本企業では、東証プライムクラスでも「CEO後継者計画をきちんと策定している企業はまだ半数程度」「タレントレビューなどの仕組みをほとんど導入していない企業も多い」といった二極化が進んでいるのが現状です。

アサヒグループジャパンは、こうした環境変化やガバナンス要請、そして自社グループのグローバル化を踏まえ、「グループ全体で経営人財を計画的に生み出す仕組み」を構築する必要性に直面していました。その中核となるコンセプトが、「社員の潜在能力を最大限に引き出し、その成長と組織の成長を両立させる」タレントマネジメントです。

「滅私奉公」からの脱却:日本独自のピープル戦略

黒川氏は、日本の社員のポテンシャルを「世界でも稀に見るほど高い」と評価します。その背景には、「お客様のために身を粉にして働く」「会社のために尽くす」という、いわゆる「滅私奉公」的な価値観があります。

このマインドセットは、日本企業が高度成長期以降、大きく発展するうえで確かに機能してきました。

しかし、環境変化が激しく、技術革新やグローバル競争が加速する時代において、「会社のためにひたすら頑張る」だけでは不十分です。

社員一人ひとりが「自分のキャリアを自分で描き、自ら学び・挑戦し・成長していく」ことが、結果的に組織能力の強化とイノベーションにつながる、という発想への転換が求められています。

アサヒグループジャパンのピープル戦略は、この価値観のシフトを前提に設計されています。
社員の潜在能力を最大限に引き出し、その力で事業のイノベーションを加速させる。そのために、

  • 経営人財育成
  • 能力開発(スキル・コンピテンシーの強化)
  • 企業文化(カルチャー)の醸成

という三つの柱を掲げ、グループグローバルとも整合性を持たせながら、日本・東アジアリージョンに最適化したタレントマネジメント基盤を整備しているのです。

アサヒグループが直面していた課題

1.「一国一城」の人財育成による弊害(サイロ化)

アサヒグループでは、各事業会社が長年にわたり独自の人財育成・人事制度を築いてきました。たとえば、ビール事業であればアサヒビール社、食品事業であれば別会社が、各自で「採用・育成・配置」を完結させる構造です。

これは「事業に強い人財」を育てるという点では非常に有効ですが、一方でグループ全体を俯瞰すると、

  • 事業会社ごとにタレント情報が閉じてしまう
  • 他事業やリージョンへの異動・登用の候補者が見えない
  • 「自社の優秀人財を手放したくない」という心理が働き、グループ横断の人財活用が進まない

といったサイロ化の弊害が生じていました。「一国一城の主」として事業責任者が人財を囲い込む構造は、グループ全体で見ると、経営人財プールの拡大を阻害する要因となっていたのです。

2.次世代経営リーダーのパイプライン枯渇

グローバルブランドを複数抱え、リージョン制を敷くまでに成長したアサヒグループにとって、「グループ全体を統合的にマネージできる経営人財」の確保は急務でした。しかし、各事業会社内でのキャリアパスを前提とした従来型の育成だけでは、

  • グローバル視点・リージョン視点を持つ人財が不足する
  • 複数事業をまたいだマネジメント経験を持つ人が少ない
  • 「社長候補」の候補者数が量的にも質的にも足りない

といった課題が顕在化していました。とくに「海外経験」「新規事業立ち上げ」「組織変革」といったタフな経験を積ませる機会が、計画的に設計されていなかった点が大きなボトルネックになっていたといえます。

3.グループ全体での人財可視化の欠如

もう一つの大きな課題は、「グループのどこに、どのようなタレントが存在しているのか」を統合的に把握できていなかった点です。
タレントマネジメントシステムも未整備で、ポテンシャルや強み・課題、キャリア志向や将来の可能性などを共通言語で整理できておらず、

  • 誰が「経営人財候補」なのか
  • その人に、次にどのような経験を積ませるべきか
  • どのポジションに、いつ・どのように登用するのが望ましいか

といった議論を、グループレベルで行うための土台がなかったのです。

タレントマネジメント改革の実践プロセス

Phase1:現状把握と「アナログ」な可視化

事業会社ごとのサイロ化という壁

改革の第一歩は、「各事業会社の中に埋もれている優秀人財を可視化すること」でした。
しかし、事業会社ごとに人事制度も文化も異なり、人財の評価軸やタレント情報の持ち方もバラバラです。そのため、いきなり高度なタレントマネジメントシステムを導入しても、運用が追いつかないという懸念がありました。

そこでアサヒグループジャパンでは、「完璧なシステムを整えてからスタートする」のではなく、「アナログでもよいのでまずは共通フォーマットで可視化する」というアプローチを取りました。重要だったのは、「スピードと実行」です。

PPTによるプロファイル作成

タレント情報の可視化に用いられたのは、意外にもパワーポイントのテンプレートでした。
各事業会社の人事・人事総務に協力を仰ぎ、以下のような情報を1枚のスライドにまとめた「タレントプロファイル」を作成させたのです。

  • 顔写真・氏名・所属・現ポジション
  • これまでの経験・キャリアのハイライト
  • 強み・弱み・ポテンシャルの評価(共通のポテンシャルモデルに基づく)
  • 将来担える可能性のあるポジション(例:ビール社長、ジャパンリージョン社長、ホールディングス社長)
  • 今後必要な経験やストレッチアサインメントの方向性

これにより、「グループ内のどこにどのような有望人財がいるのか」を、人事プロフェッショナルの目線で整理・可視化することができるようになりました。システムはまだ未整備でも、「共通言語」と「共通フォーマット」があれば、人財に関するまとまった議論が可能になる、という発想です。

Phase2:経営陣による「壁張り」レビュー会議

4時間の激論と意識変革

アサヒグループジャパンでは、2024年初頭に、タレントレビューのフルセッションを実施しました。事業会社の社長・役員など多忙な経営陣に対し、「4時間のブロックを確保してほしい」と依頼し、半ば強引に時間を確保したうえで、タレントプロファイルの議論に集中してもらったのです。

会議室の壁には、事業会社ごとに作成されたタレントプロファイルがずらりと貼られます。参加者は、その一枚一枚を見ながら、次のような観点で議論を行いました。

  • この人財の強み・伸びしろは何か
  • これまでどのような経験を積んできたか
  • 将来どのレベルのポジションを担える可能性があるか
  • そのために、次にどのようなアサインメントを与えるべきか

「組織都合の玉突き異動ではなく、人を中心に据えた議論」を4時間以上行ったことで、経営陣の意識にも大きな変化が生まれました。

経営陣自らが「詰まり」に気づく瞬間

タレントレビューを進めていくと、ある時点で必ず議論が「上層のポジションの詰まり」に行き着きます。
例えば、

  • 「この人は将来グループ社長まで行けるポテンシャルがある」
  • 「しかし、その上のレイヤーがポジション的に詰まっている」
  • 「10年後にそこに到達すると、年齢的には60歳を超えてしまう」

といった現実が、経営陣自身の口から語られるようになります。

ここで黒川氏や人事は、「では10年かかるところを5年に短縮するには、どんな経験を今のうちに積ませるべきでしょうか」「ビール社の中だけではなく、食品、海外、ホールディングスなど、どこに出してどんなアサインメントを与えるべきでしょうか」と、時間軸とキャリア設計の問いを投げかけます。

「優秀な人財を自社に囲い込む」のではなく、「グループ全体の将来を担う経営人財としてどう育てていくか」という視点を、経営陣自身に持ってもらう。このプロセスこそが、タレントレビューの最大の価値だといえます。

Phase3:戦略的異動(クロスボーダー)の実行

タレントレビューで見えてきたのは、「今のポジションにとどまっていても優秀ではあるが、それだけではグループ全体の経営を担うレベルには到達しない人財」が数多く存在している、という事実でした。

そこでアサヒグループジャパンでは、以下のような「クロスボーダーな戦略的異動」を、意図的に仕掛けていきます。

  • 事業会社間をまたぐ異動(ビール⇄食品など)
  • ジャパンから海外リージョンへの異動
  • ホールディングス機能やリージョンHQへの登用

これらの異動は、短期的には異動元の事業部門にとって痛みを伴う場合もありますが、長期的にはグループ全体のリーダーシップパイプラインを太くする「投資」として位置づけられています。

取り組みによって得られた成果と今後のロードマップ

定量的成果:動き出した組織

タレントマネジメント改革は、すでに具体的な成果として現れ始めています。
とくに、2024年初頭のタレントディスカッション以降、約1年強という短期間で、

1年強で62件のポジティブな異動

  • 戦略的な意味を持つ「ポジティブな異動」が、約62件発生
  • そのうち、役員人事に反映されたケースが18件
  • まだ配置転換まで至っていないが、今後の異動候補としてレビュー対象になっている人財が153名

といった数字が示す通り、「人を中心にした配置・登用」がグループ内で加速し始めています。

ここで重要なのは、「スライドやシートを作って終わりではなく、実際の異動・登用にまでつなげている」という点です。タレントレビューが単なる会議体で終わらず、具体的な人事施策として動き出したことで、経営陣や現場にも「タレントマネジメントの有効性」が実感され始めています。

今後の展望:全社員への展開

対象層の拡大(若手・女性)

これまでのタレントマネジメントは、主に「事業長クラス以上」など、上位層を対象にした取り組みが中心でした。しかし改革が軌道に乗るにつれ、

  • 「若手のハイポテンシャル人財」
  • 「女性のハイポテンシャル人財」

といった、より下位レイヤーまで対象を広げる議論が自然と生まれてきています。
各事業会社ではすでに、次世代マネージャー層や若手リーダー層を対象としたタレントレビューや選抜型育成プログラムが動き始めており、「リーダーシップパイプラインの早期形成」が次のテーマとなっています。

1万人のキャリア自律

アサヒグループジャパンだけでも、社員数は1万人以上。その大多数は、まだタレントレビューの場に名前が出てくるような位置にはいないかもしれません。

しかし黒川氏は、「新卒3〜4年目の社員が、アサヒグループ内での自分のキャリアに希望を持てる状態」を将来像として描いています。
タレントマネジメントを通じて、

  • 「自分の強みやポテンシャル」を理解できる
  • 「どのような経験を積めば、どういうキャリアの可能性が開けるのか」が見える
  • 「会社側も、自分の成長を真剣に考えてくれている」と感じられる

という状態をつくることが、1万人規模でのキャリア自律につながっていく。そのために、タレントレビューやサクセッションプランの仕組みを、今後さらに下位層へ展開していくことがロードマップとして掲げられています。

黒川華恵様(アサヒグループジャパン株式会社常務執行役員CPO) プロフィール


黒川華恵様
(アサヒグループジャパン株式会社常務執行役員CPO)


国内ITベンダーでキャリアをスタート後、基幹業務システムの技術営業・教育・コンサルティング業務に従事。英国留学を経てGEに入社。グローバル人事・組織開発・HRBPを歴任。

その後、ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社にて医療機器事業人事責任者、ウォルマート・ジャパン・ホールディングス株式会社/合同会社西友にて人事最高責任者(CHRO)、株式会社LIXILにてグローバルタレントマネジメントの責任者を務める。2023年よりアサヒグループジャパン入社、同年9月より現職。

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